104.勝利の糸口を掴め! いざ、《キュマイラ・Ⅳ》迎撃大作戦!!!③


「動力、及び命令を『発信』する側に関しては、ひとまず承知しました」


 重い沈黙を破り、リアルド教師が言う。


「では、『受信』する側はどうですか? 《箱船アーク》の側ではなく――言わば『端末』たる《キュマイラ・Ⅳ》の側で、受信器になるものを破壊できれば。あるいは、両者の間のやり取りを阻害できれば」


 リアルド教師の発案に、クロはやはりかぶりを振った。


「この場合に『受信機』と呼びうるものは、キュマイラ・Ⅳの細胞――生体の最小単位です。たとえ一片でも細胞が残る限り、霊素と命令の『受信』は続き、そこから自動的に再生が始まります」


 クロは言う。


「破壊に対抗しうるだけの、急速な再生です。これを阻止するつもりなら、すべての細胞を一片たりとも残すことなく、活動不可能な状態にまで破壊ないし焼滅せしめるしかないです。けれど――」


 クロはリアルド教師を見た。彼女と、その隣に控えた魔術士ウィンダムを。


「あなた達は、既にその試みに失敗しています。それが、最前の交戦における『結果』だということ、マヒロー・リアルドには理解をいただけるのではないですか?」


「……成程」


 苦い汁を嘗めたかのように眉根を寄せ、リアルド教師は唸った。

 《煉獄鎚》と《雷皇檻》。二重の極大魔術によって体の内と外から同時に焼かれながら、《キュマイラ・Ⅳ》が絶命することはなかった。


 《キュマイラ・Ⅳ》の実情を知らなかったから、と抗弁することはできよう。だが、仮に予めこの情報を持っていたとしても、結果が変わったかは疑問符がつく――最前に撃った魔術は、リアルド教師とウィンダムが扱える中では最強最大の攻性魔術だ。


 溶岩の熱で身の内から焼かれながら、かつ外からは電撃に焦がされつづけ、なお炭化することなく生き延びられる生命など、いない――普通ならば。そんなものは想定の外だ。


「《箱舟アーク》との連携遮断――霊素ないし命令の断絶も、あまり現実的ではないと思います。七基のキュマイラを世に送り出した《貴種ノーブル》カルヴィーナは、キュマイラ・Ⅳの実装に際して数万とも数十万ともいわれる回数の性能試験を行ったそうですが――」


 いにしえの時代、絢爛たる魔法文明を築いたと言い伝えられる《真人》種族である。当然ながら、霊素伝導を阻害しうる対魔法アンチマギアによる箱舟アークと《キュマイラ・Ⅳ》の断絶という発想に至った者は、数限りなくあった。

 しかし、


「この両者の間の『遮断』に成功したケースは、クーが知る限り一例たりともありません。霊素による接続である以上、魔術領域における通信であることだけは確実ですが……ですが、おそらくは『単独の魔術系統』による通信遮断への対抗策として、複数の魔術領域レイヤーで『同時に』通信を行う、冗長化が施されているのだろうと推測されていましたです」


 口早に言い切り、クロは深く息をついた。


「……冗長化の対象とされている魔術領域レイヤーを、クーは知りません。クーが『繋がった』ことのあるひとたちは、そのことを知らないか、知っていても心に浮かべることがありませんでした」


 ――だが、それは無理からぬものであろう。

 冗長化の対象となる魔術領域レイヤーすべてが把握されているのなら、それらを同時に遮断することで《キュマイラ・Ⅳ》を封殺できたはずだ。

 それが達成されなかったという事実こそが、それら魔術領域レイヤーが最後まで確定されなかった――あるいは、確定されたうえでなおそれを成し得る手段が見出せなかったという、当時の実情を示す証明である。


「件の、カルヴィーナとやらもか」


「カルヴィーナがこの《箱舟アーク》にいたことはないみたいです」


 ユーグの問いへ、クロは斬って捨てるように答えた。


「《キュマイラ・Ⅳ》は、言わば彼女の置き土産――動力源にして指令塔たる『本体』を《箱舟アーク》に切り替える処置を行ったのは、ここに留まっていた貴種ノーブル達だったようですが。その彼らも、《キュマイラ・Ⅳ》の詳細は、何も知らされていなかったみたいです」


 もう一度、クロは沈痛にかぶりを振る。

 ユーグは苛立たしげなため息をついた。


「……どうにも、はっきりしないことばかりだな」


「そんなことゆわれたって困ります。クーが知っているのは、クーが自分で学んだことと、繋がった心にあったことだけなのですからね?」


 憤慨したように、抗議の声を上げるクロ。

 そこに対してなお愚痴や文句をつける声は上がらなかった。そも、《真人》種族の一柱ひとりたるクロが知らないことを、他の誰が知るはずもない。


「もう一度言います。《キュマイラ・Ⅳ》を殺すことはできません――そも、戦闘において《キュマイラ・Ⅳ》を凌駕しようという試み自体が、無謀というべきものです。現在の《キュマイラ・Ⅳ》は、――基底状態です」


「その、『経済稼働』というのは、一体どういった意味で仰っているのです?」


 ジムが訊ねた。


「推測は――無論、できます。少なくとも私は。ですがこの際です。あなたの口から、この場にいる全員に分かるよう、はっきりとその意味するところを仰っていただきたい」


 言葉を重ねるジムの表情は、緊張と、そして暗い予感に強張っていた。

 そんな彼の面持ちを憐れむような笑みで一瞥し、クロは答えた。


。『原初』たる《キュマイラ・Ⅰ》をベースに造られた、もっとも基本的スタンダードな形態、ということです。

 供給される霊素の総量を上げれば、《キュマイラ・Ⅳ》はさらに強化されます」


 ぞっ――と空気が凍り付いたようだった。

 その感覚は肌に感じる空気の温度ではなく、胸中の恐れが彼らに感じさせた錯覚によるものであっただろうが。


「――《キュマイラ・Ⅳ》が『最強』の冠を戴く、その所以ゆえんです。、自己再生と自己強化を繰り返して


 ――『最強』の所以とは、いかなるものであるか。

 《貴種ノーブル》の一柱ひとりたるカルヴィーナは、己が手で造り上げる四基目の幻想獣キュマイラを『最強』たらしめんと欲し、その所以を『不敗』たることに求めた。


 歴史には常に、勝者と敗者がある。

 最強を誇り、世に広く己が武威を知らしめる英雄の名は、数限りなくあるだろう。


 ――だが。

 全盛においては強壮を誇り、不敗と最強をほしいままとした者であっても、時を経ればやがて衰え、あるいは後進より迫る新たな強者の前に膝を屈し、いずれかの時には『最強』の看板を返上する。


 人ばかりではない。

 軍団も。国家も。人の手と社会が生み出すこの世のありとあらゆるものが。およそ歴史において、衰退を知らず頂に在り続けたものなど、一つとして存在しない。


 ゆえに、『最強』たることは可能。誰に対しても、その可能性は開かれている。

 しかし、『最強』たり続けることは不可能。誰一人として、いつかその頂より蹴落とされる日を避けることはできない。


 何より、『最強』の証明とはある種の枠組みフレームの中においてのみ成立するものだ。

 場所が変われば。時が移れば。条件が変われば、強者と弱者は容易に入れ替わる。


 では、『最強』たりつづけるためには何があればよいか。

 それは、永遠の『不敗』である。敗れず、死なず、斃れず、疲れず――勝利の時まで強化を続け、飽くなき戦いを続けられる者こそが『最強』である。


 そして――厳然たる事実として。

 《キュマイラ・Ⅳ》は当時存在したありとあらゆる魔獣を、その膝下へと下した。


 一度ひとたびならば、あるいは一時であれば、《キュマイラ・Ⅳ》に対し優位を取った魔獣は数限りない。

 得手とする戦場フィールドで、得手とする盤面で、《キュマイラ・Ⅳ》を叩き伏せた魔獣も多くある。


 だが――それでも最後に立っていたのは、常に《キュマイラ・Ⅳ》だった。


 敵手を解析し、戦場に順応し、盤面を覆し、自己の強化を以て敵手の優位に並び立つ。その強者たる所以を潰す。

 そのための時間はいくらでもある。何故なら《キュマイラ・Ⅳ》には、死も疲労もないのだから。傷はつく先から癒え、《キュマイラ・Ⅳ》は常に、永遠に、万全の状態であり続け、戦い続けるのだから。


 たとえ純粋な力において凌駕がかなわずとも、疲弊はいずれその爪を、牙を鈍らせる。そうして弱った獲物を最後に刈り取れば、それは紛うかたなき『勝利』だ。

 それは『不敗』の証左であり、『最強』を示す所以なのだ、と――


「強化……って、具体的には、どんな」


、ですね。首を増やすことも、手足を増やすことも、身体を魚や水棲哺乳類のように作り変えることも。爪を伸ばすことも、針や刃を生やすことも、装甲を身にまとうことも、重力制御のような追加の《咆哮魔術》を行使可能とすることも。

 クラス9までのスキルツリーに設定された性能の範疇であれば、およそいかなる強化であっても増設が可能です」


 最前において、二重の魔術構成を叩き潰した重力操作はクラス7。

 少なくとも、あれより『上』に位置づけられる強化が、まだ存在するということだ。


「……英雄オルランドの叙事詩サーガに曰く」


 ウィンダムが、乾いた声で零した。


「最後の決戦を生き残った戦士達が語る《幻想獣キュマイラ》の姿はばらばらで、不思議とその整合を欠いていた――と、いうことらしいが」


 そういう事か、と。

 他にどうしようもないと言わんばかりの体で、魔術士の男は失笑する。


「あなた達に幸いな点があるとすれば、が《箱舟アーク》の中だということです。《箱舟アーク》の守護者たる《キュマイラ・Ⅳ》は箱舟ここの破壊を禁じられていますから、たとえ余力リソースがあったとしても、箱舟せかいを破壊しかねない無茶な強化はしないはずです」


「その割に、さっきはそこの床をブチ砕いてなかったか」


「あれは事故ですよ」


 たぶんですけど、と。追加で言い足して。

 ひとりごちるようなユーグのぼやきに、クロはあっさりと答えを返した。


「自分を痛めつける魔術――その構成を破壊しようとして、《キュマイラ・Ⅳ》はしたのです。魔獣かれは壊してはいけないものを壊し、そのぶんだけ、自身のスキル解放に慎重になっています」


「それはそれは」


 ユーグは、「はん」と鼻で笑った。


「今度は、随分はっきり言い切るもんだ」


「はい。だって、クーはから」


「何……?」


 ――何と?


 言うまでもない。だ。


 魔獣の心に浮かんだこと――魔獣のを。クロは読み、共有している。


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