五章 激突! おひとよしおっさん冒険者 VS 伝説の魔獣《キュマイラ・Ⅳ》――って、いきなり伝説のあれとかこれとかが出てきちゃダメじゃあないかと思うんですが!!!!

88.暴威はひどく穏やかに、そしてささやかに、その先触れの足音を立てる


 その日、その冒険者パーティは、《箱舟アーク》の第三層にいた。


 第三層は巨大な都市だ。

 天へと伸びる塔を中心に同心円状に広がる街並みは、《地中海イナーシー》の歴史における古王国時代のそれを思わせる。


 諸国の最高学府においては、《真人》達が築いたはずの街並みと人類の歴史における古王国の街並みとの類似性が、考古学的な研究の題材になっているということらしい。ただ、一介の冒険者パーティにすぎない彼らにとっては、その辺りはさほど重要なことではない。


 第三層はダンジョン――《迷宮メイズ》なのだ。

 倒しても倒しても後から後から魔物は現れ、一度は取りつくしたはずの財宝や解除しつくしたはずのトラップが、月日を経てふと気がついたときには再びどこかへ現れている。そうした再設置リポップの機能を備えた迷宮領域だ。


 そうした場所であることに加え、徘徊する魔物や魔獣もさして強力なものは確認されていない。ゆえに、タイミングさえ再設置リポップに合わせることができたなら、第三層はいい『稼ぎ場』になる場所だった。

 彼らのような、未だ一流とは言い難い冒険者パーティであっても、次に《箱舟アーク》へ入るための入場料としばらくの生活費くらいならば余裕で稼ぎ出せる――そうした場所だった。


 彼らにとって二度目のチャレンジである今回、たまたま首尾よくそのタイミングに行き会えた。

 その幸運に感謝しながら、彼らは街の中心たる《塔》の傍らで休憩を取っていた。


 そんな時だった。


「――ん?」


 最初にに気づいたのは、パーティのリーダーである戦士だった。

 青年と呼べる域にぎりぎり引っかかるくらいの、未だ少年と呼びうる顔立ちをした冒険者である。彼はたまたま《塔》に背中を預ける形で座っていて、だからこそ真っ先に気がつけた――背中越しに感じる、振動のようなに。


 他の仲間達――皆、実年齢はともかく種族的な成熟という意味では、彼と同じ年頃の少年少女だ――が、そんな彼の反応に気づいて振り返る。


「どしたの?」


「いや、なんか塔の中から音が……」


「ええ……?」


 半笑いでちょこちょこと駆け寄ったのは、小人ハーフリングの少女だった。

 どれどれ? と当の壁に耳を当て、そして真顔になる。


「……あ、ほんとだ。なんか動いてる音がする」


「だろ?」


「マジか。テオのフカシじゃなかった」


「何だよフカシって。失礼だなー」


「えっと、動いてるって、何が? 動物みたいな?」


「あー、そういうんじゃないね。えーと、待って待って待ってボクこれ聞き覚えある。前に入ったダンジョンで聞いたことあるやつだもん。あれだよ、ほら」


 目を閉じて音を聞きながら。小人ハーフリングの少女は眉間にしわを寄せて考え込む――とっさの思い付きに、言葉がうまくついてこなかったせいだが。



「――昇降機エレベーター



 《真人》種族が遺したダンジョンに時として見られる、上下の階層を移動できる昇降機。

 より原始的な構造のものであれば、現代を生きる人類の歴史においても、同様の機能を持つ装置が存在するしろものだが――《真人》種族のそれは、人類の有するそれとは懸絶して、高度な技術力の賜物である。


 近くから遠くへ、あるいは遠くから近くへ滑るような音の感じは、以前に別のダンジョンで聞いた昇降機エレベーターの駆動音と酷似していた。


「何それ。じゃあこの《塔》、もしかして《真人》種族の昇降機エレベーターだった――ってこと?」


 《塔》は第三層のみならず、《箱舟アーク》のどの階層にも、必ずある。


 『屋内』の階層であれば床から天井まで。

 『屋外』の階層であれば、地面からはるか空の彼方まで。


 その場所こそ層ごとにバラバラで一定しないが、《塔》は必ず階層のどこかにあって、必ず層の下から上へ向かって、まっすぐに伸びている。


 だが、それがいかなる理由で建てられた、いかなる機能を持つものなのか――それは探索の開始から数百年を過ぎた今に至るまで、謎のままだった。一応、どの階層でも入り口のようなものはあるのだが、どこも開いていたことなんかないし、開け方も分からない。今まで誰一人、その中を確認することができなかったからだ。


「帰ったら、連盟に報告してみよっか? 新発見かもしれないし!」


「えー? 信じてもらえるかなぁー」


「ダメでもともとだって! どうせあたし達くらいの実力じゃ、ほんとに新発見があるような上の層なんて、まだまだ行けっこないんだし!」


「うわぁ、だっせぇー。そんなの、自分で言ってりゃ世話ないよなぁ!」


 冗談めかして言い合い、和気あいあいと笑い合う。


 ――その時は、ただ、それだけの出来事だった。



 ……………………。


 ………………………………。




 は長い間、《箱舟アーク》のいずこかで眠り続けていた。

 が存在し続けた時間すべてを思えば、その眠りはまだしも短いものではあったかもしれないが。けれど、短い一時であったかと問われれば、そうではない――にとって、数百年の眠りは長いものだった。


 が眠りについたのは、使命がからだった。


 『敵』を討ち、『ひと』を護る。

 『ひと』を護るために、『敵』を討つ。

 それこそが、この《箱舟アーク》においてに与えられた使命だった。


 だが、使命は終わった。終わってしまった。


 『敵』に敗れたからではない。敗れるというを、は持ちえない。


 それは、『ひと』がいなくなってしまったから。


 護るべき最後の一人がに囚われ、ついえて終わってしまったから。その瞬間に、の使命は終わりを告げたのだ。


 だから、の戦いは終わった。


 《箱舟アーク》へ戻り、は眠りについた。いずれ、再び使命が下される日のために。再び下された使命を、いずれかの日に果たさんがために。いつ終わるとも知れない、永劫終わることなどないかもしれない眠りに、はついた。



 ――その日は来た。



 『敵』はかつてと同じく、雲霞のように在る。

 《箱舟アーク》の中にすら、『敵』は在る。もう何百年もの間、《箱舟アーク》の中は『敵』だらけだ。


 は、とうに安住の世界ではない。


 だが、今この時において、そこにいるのは『敵』だけではない。


 『ひと』がいる。


 『ひと』がいて、『敵』がいる。

 ゆえに、使命は再起動リポップする。再び、もとへと。



 ――終焉おわらせた、咎人とがびとを討たんがために。



 咎人の存在を滅殺めっさつし、あるいは《箱舟アーク》の深奥へと封じ。再び此処に、『ひと』の世界を取り戻す。

 そのために、


 咎人の行方を捜索せよ。

 捜索の道を阻む、あらゆる『敵』を掃滅せよ。


 それこそが、使命。


 第四基たる《幻想獣キュマイラ》の。


 人造の魔獣に与えられた、それが――ただひとつの、使命だった。


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