82.強豪対決!! いざ、その鉄火場の中心へ――ついに、おっさん冒険者が乗り込みます!!!
「死いぃぃィねええェェェ――――――――――ッ!!」
ラズカイエンが振るう手甲――それを思わせる長大な鱗の剛腕を、ジムは紙一重でいなしていく。
ロトが重ね掛けした《聖鎧》の支援はあるが、これ以上の援護は期待できない。リアルド教師とロト侍祭は、ラズカイエンが吐いた
練達の魔術師と、経験豊かな神官。その二人がかりでも、救える望みは薄いかもしれない。それほどの重傷であることを見て取ってしまったがゆえに、ジムの剣先は動揺に揺らいでいた。
「亜人の、分際が……!」
「その分際が貴様達を
「ぐ、ぅっ――!」
防ぎ切れなかった剛腕――直撃すれば鎧ごと肉を削られかねない手甲の一撃が、がりがりと《聖鎧》の防御を削る。
「ジム様!」
「待機だ、ネロ! 構えを解くなあッ!!」
ジムに加勢せんと――近接武器へ持ち替えるために長銃を捨てようとするネロに向けて、ジムは叫ぶ。
圧倒的な膂力と近接交戦能力に加え、最前に見た炎の
最も大きな逆転の目は、ネロの手にある長銃だ。そして、それを構えながら撃てずにいるのは、ジムの存在があるせいだ――弾丸がジムに当たってしまうのを恐れて、ネロは引き金を引けずにいる。
(だが、それはそれだけ、未だネロが慎重であるとも言えること――焦って引き金を引きさえしなければ、状況を覆すだけの目はある……!)
裏を返せば、ジムがこの男を引き付けてさえいる限り、他のパーティメンバーは安全なのだ。劣勢とはいえ、片手間で退けられるほどにジムは弱くはなく、それを見切っているがゆえにこそラズカイエンはこうしてジムへと肉薄し、また深く絡みつくように踏み込む足さばきで互いの位置を入れ替えることでもって、周囲からの支援攻撃を封じている。一対一ならば、優位にあるのはラズカイエンなのだ。
他方、ジムが下手に距離を取り直して支援攻撃の間を開ければ、今度は周囲の仲間が炎の
「無駄だああぁぁっ!!」
がきん――!
附術強化された長剣が、相次ぐ打撃にとうとうその刀身を歪ませ始めていた。
竜人の鱗の強度は、竜の鱗のそれに匹敵するという。つまるところジムの剣は、たえず分厚い竜の鱗に殴られ続けているのと等しい状況にある。
――これ以上は、剣がもたない。
ジムの危機を察してか、銃を構えたままのネロが浮足立ち始めているのも見て取れた。
(南無三……!)
ジムはきつく歯噛みする。
だが、自分とてドートレス家の男。ただで終わりはしない――その決意と共に腰だめに剣を構え、ラズカイエンを迎え撃つ。
――その時だった。
ぼばっ――!
「……あ?」
長大な手甲つきの右腕を振りかぶったまま――凍り付いたラズカイエンの咢から、ごぼりと赤黒い血が溢れた。
何一つ。何らの前触れもなく。
ラズカイエンの脇腹――左の脇腹が、内側から爆ぜていた。
ジムにはその一切が伺い知れぬことだったが。
しかし、相対するラズカイエンの脳裏には、親友が最期に遺した言葉がよぎっていた。
――旧き、古の呪詛
「くそ、が……こんな、なぜ……ここまで来て……!」
「今だあぁ、撃てええぇぇ―――――――――――――っ!!」
ジムの叫びに応じて。ネロが引き金を引く。
その弾丸は、ラズカイエンが振りかぶった右の手甲へと突き刺さり――直後、竜人の右腕ごと爆裂した。
「があぁ、あああ゛ぁああぁあ――――――――――――――!!?」
――ガルバルディ式単発
カルファディア正規軍の最新型――薬莢に初めて金属製カートリッジを採用した、ボルトアクション後装式単発魔弾長銃。
その遊底に装弾されているのは、爆裂魔法を封じた炸裂弾頭だ。
鋭利に尖った弾丸は標的の内部へ食い込み、時間差を置いて弾丸内部に封じられた魔術が炸裂、内側から対象を焼き砕く。
《
肘から先が吹き飛んだ右腕を抱え、ラズカイエンがついに膝をつく。
よろめきながらも剣を握りなおしたジムが、その哀れな様をせせら笑った。
「泣き喚きながら死んでゆくのは貴様の方だったな、卑しき亜人風情が――人間様に向かってよくぞ吼えた。だが、その意気軒昂さだけは褒めておいてやろう。死出の旅路に土産と持ってゆくがいい」
「
「よくも言う。はるかいにしえとの邂逅――それをなしうる《鍵》を長年その懐へ抱きながら、ただただ蛮族どもが未知の財を賜りものと奉るがごとく、神殿の奥で大事に大事に祭り上げておくばかりであった亜人ども風情が」
憎悪を籠めて睨み上げるラズカイエンに、ジムは厭わしげに眉をしかめた。
剣は油断なく構えている。もし炎を噴かんとする動きを見せれば、その瞬間に喉奥を貫く構えだ。
「真にその価値を理解する者の手にあってこそ、《鍵》はその意味を持つものだった。その聖なる奪還を盗人の不埒と呼ぶならば、好きに呼ぶがいい――だが、その言葉に縫い付けられた真実とは、かのいにしえの秘宝、貴様達の奉ずる《鍵》は、あるべきもののの手へと渡ったにすぎぬということだったのさ。
――その真理を深く噛み締め、己らの愚昧を嘆きながら死んでゆけ」
ネロは既に油断なく次弾を装填し、ラズカイエンの反撃に備え銃を構えている。
黒檀の竜人はもはや『詰み』だ――その事実をとっくりと思い知らせるためだけに時間を与え、ジムはとどめを刺さんと、剣を振りかぶる。
「双方、そこまで――!」
――その只中へ、一陣の風のように駆け込んでくる影があった。
竜人の喉を貫かんと振り下ろした剣が、長大な
自らと黒檀の水竜人の間に割り込んだその男の顔を目の当たりにしたとき、ジム・ドートレスは息を呑み、瞠目していた。
「シド・バレンス……!?」
「もう十分でしょう。あなた達の勝ちだ――こちらの彼に、もはや交戦能力はないはずだ!」
両手持ちの超重武器を片手で掲げて、ジムの剣を受けながら。シドは、もう一方の手で後ろ手に握った
受けた、だけではない。ジムが剣を動かし、いなそうとしても、シドの剣は吸い付くように噛み合って離れない。
ジムは、ぞっと総毛立つ。
長大なシドの剣、その強力な切っ先に――では、ない。
両手で振り回すための大物を片手で握りながら、なお繊細にその軌道を操ってみせる――その技をごく自然になしうるほどの修練とは、一体いかほどの過酷なものであるか。
竜人の鱗の隙間、その一点につきつけた
同じ戦士として修練を重ねたがゆえに感じ取ってしまった、その――おぞましいまでに研ぎ澄まされた、制圧の技に、だ。
「……あなたもこの《
「フィオレのおかげでね。ここまでの間に、色々と寄り道もしてしまったけれど」
冒険者が第四層へ入り込んだ時に察知できるよう仕掛けた『鳴子』には、最後まで反応がなかった――もしそんなものがあったのなら、ウィンダムがそれを報せていただろう。
――まさか、あの細さの《
内心舌を巻くジムに、シドはどうしてか、弱々しく苦笑を広げるばかりだったが。
それでも、
「――それでも。どうやらぎりぎりで、間に合うことはできたみたいだ」
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