83.おっさん冒険者が駆けつけるまでの経緯(※このパーティ、できればもうちょっと穏やかな感じにならないものでしょうか…)


 ――少し、時間を遡る。

 隠し部屋の手前。チューブとパイプで床や天井と繋がったガラス筒が、壊れた姿で並ぶ部屋にて。


「――手短に話すと、この子は《真人しんじん》。《宝種オーブ》だ。俺はこれから、この子の『お婿さん』を助けに行く」


 息急くように早口で告げ、シドは自身の隣に立つ少女――自身が渡した外套マントに包まった、最前まで宝石の彫像であった少女を見下ろす。

 宝石のように輝く翠玉色エメラルドの長い髪――背中にかかるその毛先だけが黄玉色トパーズの金色に変じる、人ならざる色彩の髪をした少女は、右は翡翠ジェイドの、左目は紅玉ルビーの色を宿した未だ幼げな翠紅異色虹彩ヘテロクロミアで、じっとシドを見上げている。


、か。成程な……」


 ユーグが唸った。

 当惑気味にシドの言葉を聞いた一同の中で、もっとも早く事態を飲み込んだのは彼だった。


「……そういうことか。《軌道猟兵団やつら》の目するところが真実それだったとしたなら、そいつは確かに『過去』との、はるかいにしえとの対話だ。《宝石国の彫像》、財宝どころのシロモノじゃない」


「この子のおかげで、『お婿さん』がいるだいたいの場所は分かってる。ここから北側の、広い空間だ。俺は先行するから――」


 そこまで言ったところで。シドはふと、この話の輪から外れたところで取り残された三人の冒険者を、痛ましげに見遣った。

 《ヒョルの長靴》に名を連ねる、三人の冒険者――ユーグの制裁を受けて床に転がったままのケイシーとジェンセン、制裁こそ受けなかったもののその場にポツンと取り残されて立ち尽くすルネの三人である。


「――きみ達は、倒れている二人を手当てしてから追ってきてくれ。これだけの人数の冒険者がいれば、だいたいの事態は対処できると思うし、だからそれまでは何とか時間を稼ぐ」


「……あいつらもか?」


「そうだ。頼んだよ!」


 有無を言わさぬ勢いでそう言い、ばしばしと傍にいた冒険者達の肩を叩いてその場を飛び出すシド。

 部屋を出る間際、一度だけ振り返って、


「クロも、そのひと達と一緒にいるんだ! フィオレ、悪いけど、その子のこと頼んだよ!」


 そう言い置き、シドは

 それに気づいたフィオレは、諦観の重さで肩を落とす。


 シドはものすごく足が速い。早歩き程度でもフィオレがついていくには走らなければいけないし、全力疾走されたらもうついていくことすら叶わない。

 《ティル・ナ・ノーグの杖》探索の折に一緒にいたパーティの中でさえ、全速疾走の彼についていけたのは、やはり抜きんでて足が速かったフローラくらいのもの――その彼女でさえ、長く走るとやがては基礎体力の差で、追随ができなくなっていた。


「ええと……」


「はじめましてなのです、フィオレ。クーはクロといいますです」


 若干途方に暮れた心地で少女を見遣るフィオレに、少女――クロは、微笑んで名乗った。


「ほんとうはもっと長いおなまえなのですが、正式な名乗りはまた後日にあらためて。クーはかよわい乙女おんなのこなので、どうぞよろしくお願いされますです」


「えと、うん……よろしく」


 物怖じしない少女の笑顔に気圧され気味で、かろうじて応じるフィオレ。もともと人見知りしやすい性質たちなうえに、相手が《真人》――いにしえの物語にうたわれる伝説の存在であるという前提のせいで、余計に距離感を掴みかねていた。

 ユーグが盛大な溜息をつく。


「……仕方ない。シド・バレンスの指示だ。エルフのお嬢さん、あんた治癒魔法の心得は?」


「あるけど……」


「なら、ケイシーの世話はあんたに頼もう。ロキオム、お前はジェンセンを治してやれ」


「お、おう……」


 圧倒され気味に、へどもどと応じる禿頭の巨漢に、フィオレは思わず「えっ!?」と驚愕の声を零す。


「あなた、治癒魔法なんて使えるの!?」


「……ンだよ。使えたら悪ぃかよ」


「そうじゃないけど……」


 忌避の露わな渋面で毒づくロキオムに、フィオレは呆けた面持ちで呻く。


 治癒の術式は、魔術の系統を問わず高度な魔法だ。

 治癒魔法のみならず、心身を問わず『人体』そのものに干渉する魔法は、炎や水を呼び出す、風を吹かせる、魔力の灯りを作るといった、元素や魔力を操る魔法より、総じて求められる構成の難度が高い――修得と習熟に求められる、最低限のハードルが高いのだ。

 それは、世界という『外側』、世界に共有される《霊脈》へと干渉よりも、個々の生命、その肉体という『内側』へ――個々の生命が内包する《霊脈》の方が、より『密』で『強固』であり、かつ魔力の総体としては『弱い』からだといわれている。


 干渉がより難しく、かつ励起させても得られる効果がより小さい――それゆえに高度の術式を求められるのだという、そうした理屈である。

 事実として、フィオレが修めた精霊魔術においても、《治癒》という『概念』を変性可能な精霊と契約を結ぶには、より高度の術士として完成していなければならなかった。


「いつもだったら、治療はケイシーの仕事だ。オレのは、ないよりゃマシってくれえのもんだよ」


 あまり話したくないことなのか、仏頂面で答えたロキオムはそれ以上を語るつもりはないようだった。

 のしのしと歩き出すことでフィオレとの会話を打ち切り、禿頭の大男は斥候スカウトの傍らに膝をついて《治癒》の構成を編み始める。


 それを見て、フィオレも気を取り直す。頭を抱えたまま震えている女魔術師へと駆け寄り、《回生》の魔術刻印を励起する。



「……………………」



 そうして、二人が怪我人の手当をしている間。ユーグは、一人だけぽつんと立ち尽くしていた残る一人――ルネへと歩いていった。

 蒼白の面持ちで固まったまま、足元に転がる仲間の手当をするという発想にすら思い至れずにいた軽戦士の女は、傍らまでやってきたユーグの存在に気づくなり、びくりと飛び上がったようだった。


「ゆ、ユーグ……」


「ひとまずこの場は勘弁しておいてやる。これ以上、こちらの都合で怪我人を増やすわけにはいかなくなったからな」


 顔を寄せて。ルネ以外には届かないほどに抑えた、低い声で、ユーグは告げる。


「ユーグ……だ、だだだって、だって、あたし」


「言い訳は要らん。金階位ゴールドなんだろう? なら、自分てめえが無能でないことは相応の結果で示せ。『格下』の銀階位シルバーよりもマシな、金階位ゴールドらしい成果ってやつでな」


 刃物のようにうっすらと笑う男のてのひらが、肩を叩く。胃の中のものを吐き戻す寸前の緊張で、ルネはびくりと竦む。


「あてにしてるぜ。なんたって金階位ゴールドだ。お前はくすんだ銀オクシダイズド・シルバーなんぞより、はるかにマシに働ける――そうだよな、ルネ?」


 ルネは、もはや返す言葉もなく――

 ただ、涙が滲んだ目をユーグから逸らして、ひたすら震え続けるしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る