81.「復讐はむなしい」なんてことを、一体どこの誰が確かめ、決めたというのでしょうか。
ラズカイエンは両親を知らない。
父――と呼ぶことさえ厭わしい――である
ただ、沿岸の諸国によって匪賊の根絶がなされたとき、川辺に並べられた首の中には
知ろうとするだけ詮無いことであり、どのみちそんな男の末路などはどうでもいいことではあった。
親なしとなったラズカイエンを育てたのは、里のはずれに庵を構えた、まじない師の老婆だった。
『お前の命は、強き運命の星のもとにある』
もとははぐれ者の占い師であり、里で唯一の
そんなものがあるのならば、今すぐこの里へ降り注いですべてを焼き払ってくれればいい――幼いラズカイエンは憎悪を籠めて天の星々を睨み上げ、美しかったという母の命を奪い、己のような忌まわしき命を世に送り出した『運命』とやらを呪った。
部族の戦士になったのは、ラズカイエンが強い
血の半分は
大人でさえ、並みの戦士程度ではラズカイエンの相手にはなりえなかった。
大人の中でラズカイエンと相対することができたのは、戦士団の中でもひとかどの名を以て知られる、優れた戦士達ばかり。
同期の中では、ただ一人をおいて他になし――当代の戦士長の長子にして、自身も将来の戦士長として周囲から
育ちがよく、礼節を弁えた部族の貴種たるイクスリュードと、幼い頃より粗暴を以て鳴らすはずれ者のラズカイエンである。当然ながら、ウマが合うはずもなかった。
部族の戦士候補として己を鍛えていた頃、イクスリュードを盟主と仰ぐ戦士候補の一群は侮蔑と嘲弄をもってラズカイエンを排斥し、その生まれを部族の恥と罵った。ラズカイエンは己が生まれを嘲笑うものを容赦なく痛めつけ、そして集まってきた彼らの仲間によって、逆に袋叩きとされ続けた。
イクスリュードは彼らが恃みと仰ぐ『リーダー』だった。ウマが合う以前の問題として、その頃のイクスリュードは、ラズカイエンにとって明確な『敵』だった。
だが、イクスリュードにとっては、そうではなかった。
彼は、自身を旗頭と仰ぐ戦士候補達の不正と不義に怒りを露わとし、ラズカイエンの強さに己を並び立たせんとして、日々、戦士としての自分自身を鍛え続けた。
育ちがよく、礼節を弁えた部族の貴種たるイクスリュードと、幼い頃より粗暴を以て鳴らすはずれ者のラズカイエンである。当然ながら、ウマが合うはずもなかった。
だがイクスリュードにとって、ラズカイエンは敵ではなかった。
呪われた生まれの忌み子ではなかった。
同情を寄せられるべき哀れなはずれ者でもなかった。
強い戦士。強い竜人。
ただ、その強さと在り方のみを以て、イクスリュードはラズカイエンをごく当たり前のように己の『対等』と見做し、己が乗り越えねばならぬ最大の強敵と目し、己をラズカイエンをも凌駕する部族第一の戦士たらしめんと、懸命に努力し、励み続けた。
イクスリュードにとってのラズカイエンは、敵ではなかった。
同じ戦士として、共に切磋琢磨し競い合う『同胞』だった。
同じ部族に生まれ落ちた、一人の竜人――同じ部族の『友』であった。
その、愚直なまでの清廉さが。
ラズカイエンを変えた。
この男に、並び立ちたいと思った。
この男に認められる戦士、尊き
プレシオーリアと知り合ったのは、そんな頃のことだった。
やはり、戦士候補の一人――イクスリュードを盟主と仰ぐ一団からも、それ以外の集団からも外れて大人しくひっそりとしていたうちの一人であった彼女とラズカイエンは、ふとした出会いをきっかけとして、互いに激しく惹かれ合うようになった。
――彼女が、イクスリュードの
ラズカイエンは己が身を引き裂き、焼き尽くしたいとまで、思い詰めたものだった。
だが――
『私は、この二人の愛を心より祝福する』
ラズカイエンを弾劾する一党に対し。
イクスリュードは昂然と向かい合い、凛々しくも朗々と宣言した。
『名ばかりの許嫁などに何の意味があるか。これは我が友ラズカイエンと、我が友プレシオーリアの愛である――その尊きを、私は言祝ぎ、その未来の幸いなるを祈るものである。
この心に異議ある者は我が前へ出よ。弁舌であれ力であれ、未来ある二人になり替わり、この戦士長イクスリュードが相手となりましょう』
その頃、父の後を継いで戦士長となったばかりだった彼は――集会場へ集った部族すべてを見渡し、その無数の弾劾を、力強く喝破した。
『この中に誰ぞ、イクスリュードと立ち会う勇気ある者はあるか! 異議ある者は前へ出よ、いざ! この戦士長イクスリュードと、正々堂々立ち会い給え!!
そのすべてへの勝利、そのすべてへの不敗を以て、私は我が最愛なる親友達の未来を祝福する! さあ、異議ある者よ前へ出よ! その勇気ある者は諸兄の中に、誰ぞあるか! いざや答え給え、いざ! その心ある者は、此処でこの私と立ち会い給え!!』
――ラズカイエンは落涙した。
憎悪の灼熱によるものではない。嫌悪の焦熱によるものではない。
育ての親であるまじない師が死んだときにさえ流すことのできなかった、生まれて初めての、暖かな落涙であった。
部族の戦士、その誇りは、この
ラズカイエンは心から信じた。その輝きを奉じ、その誇りを穢す者は誰であれ決して許さぬと、己が心に、そして自身が死なせてしまった母の命、その尊厳にかけて誓った。
イクスリュードが己を親友と呼ぶ。
プレシオーリアが己を恋人と呼ぶ。
それこそが、ラズカイエンの命の証明だった。
戦士団の先達と仲間達、そして後進の戦士達は、そんなラズカイエンを同胞として、戦士として、温かく迎え入れてくれた。
――故に。だからこそ。
彼らの誇りが、ラズカイエンの誇り。
その誇りを穢すものあらば、ラズカイエンは決して消えぬ憎悪と怒りの炎を掲げ、地の果てまでその不埒者を追って、殺すだろう。
だからこそ、ラズカイエンは《鍵》を追った。そのための道を選んだ。
人間まがいにいいように使われていると分かったうえで、それでも《箱》と《鍵》を追ったのだ。
《箱》と《鍵》を奪還し。
惨たらしくも傷つけられたる戦士達の魂に、その名誉と尊厳を取り戻す。
そのための――
――それが、ラズカイエンの『復讐』だった。
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