62.おっさん冒険者のセカンドライフ、始動!!!――と、喜びたいところだったのですが。なんていうか、世の中は大変世知辛いみたいです。


「『外』――」


 ――そうか。


 ユーグの言わんとするところに、シドも遅れて理解が及んだ。

 『外』――オルランド。オルランドの《諸王立冒険者連盟機構》支部。

 連盟から斡旋される仕事の請負だ。


 それは《大陸》の冒険者達からすれば身に馴染んだ、日々の生計たつきを立てるにあたってのごく当たり前の仕事関係ではあった。

 だからこそシドも今の今まで何ら疑問を抱くことなくいられらが、しかし、このオルランドでは他所とは事情が違う。


 なぜなら、《大陸》各地からこの都市を、オルランドを訪う冒険者の目的、その第一は、ひとえに大陸最大にして最難をうたわれる未踏遺跡――《箱舟アーク》の探索にあるだろうからだ。

 それはシド自身、我が身を顧みれば、容易に推測可能な答えである。


 にもかかわらず、その多くが《箱舟アーク》の探索とその踏破を夢見て来たであろうこのオルランドの冒険者が――たとえば、水竜人ハイドラフォークに破壊された店で、事件の捜査にあたっていたパーティのように――諸王立冒険者連盟機構が掲示する依頼をわざわざ仕事として引き受ける、その理由は、


「原資のない連中は外でチマチマ仕事して、オルランドでの生活費と入場料を稼いどけってことさ。分かりやすいだろう?」


「それは……」


「ちなみにだが、連盟からの報酬は沿海州の共通銀貨――《箱舟アーク》入場に使えるのはオルランド大銀貨のみだから、都市が指定した業者による両替が要る。両替にあたっては、業者向けの手数料もかかる」


「……………………」


 ――冒険者は連盟の仲介で都市や都市の市民からの仕事を請け負い、雑多な業務を代行する。都市と連盟は仲介料で稼ぎを得る。


 ――金をためた冒険者は《箱舟アーク》へ入る。その際には入場料と、金をオルランド大銀貨へ交換するための手数料がかかる。


 ――《箱舟アーク》から持ち帰った財宝や工芸品は――これは、当然ながら、というべきではあるが――ほとんどの場合、時には冒険者宿を仲介して都市の商人へと流れる。

 遺跡から獲得される《真人》達の遺物は、どこの国でも、どこの街でも、交易品となりうるものではあるが。《箱舟アーク》という巨大な未踏遺跡を抱えたオルランドでは、それが都市の交易として成り立つレベルで流通する。

 そして、そうして《遺跡》から稼ぎを得た冒険者達は、当然ながらオルランドでの生活に、その金銭を費やすことになる。そう――だ。


 考えを進めるほどに、シドは目の前がくらくらするのを感じた。


「……暴利だ」


「正鵠だな。だが、それでも遺跡に潜ろうとする冒険者バカがわんさかいる。知ってるか? シド・バレンス――この街で市民に課せられる税金は、トラキア州の他地域の半分以下だ」


 冒険者達から搾り取った入場料を、都市の予算に充てているということだ。そのぶん、市民への税を安くできる。


「税が安いと聞いて、他所から移ってくる連中も山ほどいるそうだ――と言っても、安全で綺麗な東市街あたりに住もうと思えば、相応の資産がなけりゃやっていけんのだがね。もとが山間やまあいで土地が少ないせいで、オルランドは家の値段が半端じゃない」


 くつくつと、揶揄するように。ユーグは笑う。


「おまけに、似たようなあぶれ者連中が次々集まってくるもんだから、この街はいつでも人余りだ。妄想ばかりが達者な能無しの貧乏人は、捨扶持の仕事で口に糊するのがせいぜい――夢破れて街を去ろうが首を吊ろうが、誰が構うこともない。捨扶持で捨扶持なりに働いてくれる底辺なら、代わりはすぐに増えるからな」


 淡々とうそぶくユーグ。

 他の冒険者達が、追従めいた愉快げに笑いに肩を震わせる。


「……言葉が過ぎるとは思わない?」


 ユーグの饒舌に、冷ややかなフィオレの声が水を差した。


「あなたはさっきから、随分と舌がまわるご様子だけど――あなたがそのの類じゃないってこと、どうやって証明するおつもりでいるのかしら」


「フィオレ」


 シドが呼びかけるが、フィオレは聞かなかった。


「代わりがいくらでもいるという意味なら、冒険者のあなた達だって同じことだわ。夢破れて街を去ろうが首を吊ろうが、代わりの冒険者はいくらでもここへ来るんだから――何を以て自分を高みに置き、そこまでえらそうにふんぞりかえっていられるのか。はっきり言って理解に苦しむわ」


「んだと、女ァ……」


「よせ、ジェンセン」


 不快を露わに振り返る斥候スカウトを、他ならぬユーグが止めた。


「あんたの言う通りさ、お嬢さん。それもまた正鵠だ。連盟がどれだけお綺麗に言い繕おうが、俺みたいなのは所詮この街の底辺――遺跡アークの探索と引き換えに、カスになるまで金を搾られる、油菜アブラナみたいに都合のいい金づるさ。この街オルランドにとってはな」


 自身を揶揄するときでさえ、ユーグの口ぶりはおかしげだった。

 そういえば、決闘に負けた己自身を語るときも、彼は奇妙に愉快げにしていた。そんなことを思い出す。


「だが、俺達はだ。遺跡に潜り、踏破する――この遺跡の入場料は、その資格を手にするための対価だ。であれば、街の底辺大いに結構。この遺跡に潜れるんだからな」


「……私、あなたみたいな方は嫌いだわ」


「奇遇だな、お嬢さん。俺もあんたみたいなのは嫌いだよ――口先ばかりお綺麗で、何もできない能無し女はな」


「何もできないかどうかは、遺跡の中で確かめるのではなかったかしら? まだ遺跡の入り口だというのにその言い草、いくら何でも気が早すぎると思うのだけど」


 それとも――と。

 フィオレは切れ長の目を細め、冷ややかにユーグを見遣る


「それとも、あなたの言葉はもとより、泡のように儚く軽薄なものだった――そういうことでいいのかしらね?」


「どうだろうな? あんたが言うそこんところは、俺自身にもよくはわからんよ」


 一言ごとに怜悧さを増して。もはや凍気の刃のようになったフィオレの反駁に、ユーグは口の端をゆがめて笑う。


「さて――楽しいおしゃべりの間に、この道もそろそろ終点だ」


 その言葉通り。広く天井の高い廊下が終わり、一行は遺跡の内部へと到達する。


「な――!」


 その瞬間、シドは言葉を失った。


 広く天井の長い廊下を抜けた、その先。


 そこにはとガラス張りの――

 そして、そのさらに先へと振り仰ぐ、高々と晴れたがあった。

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