くすんだ銀の英雄譚~おひとよしおっさん冒険者のセカンドライフは、最大最難の大迷宮で~
61.祝! 最大・最難の大迷宮へ到達しました!! おっさん冒険者のセカンドライフ、始動!!!――と、喜びたいところだったのですが。
61.祝! 最大・最難の大迷宮へ到達しました!! おっさん冒険者のセカンドライフ、始動!!!――と、喜びたいところだったのですが。
「身分を確認いたします。所属宿とパーティ名、パーティメンバーの申告を」
《
おそらくはオルランドの戦士団であろう。彼らは粗末な机をずらりと並べた一角で冒険者達の身分を確認する一方、勝手に奥へ向かおうとする冒険者達を掣肘し、かつ制止に逆らう者は容赦なく叩き伏せていたようだった。
ぐったりするまで袋叩きにされた挙句、担架で迷宮の外へと運ばれてゆく冒険者の有様を見送りながら――シドはぞっと血の気が引く思いで肩を縮めていた。
「《淫魔の盃》亭、《ヒョルの長靴》。パーティはユーグ・フェット、ケイシー・ノレスタ、ジェンセン・ヒッグ、ルネ・モーフェウス、ロキオム・デンドラン」
「……今日は、七名いらっしゃるようですが」
番兵は、ユーグ達の顔を覚えていたのだろう。
見慣れない二人――具体的にはシドとフィオレを見遣り、不審げな声音で唸る。
「彼らは俺達の随伴だ。シド・バレンス――と、そういえば何て名前だったかな、あんたは」
「……フィオレ・セイフォングラム。ようやく私の名前を訊いてくれたわね?」
じとりとした半眼で唸るフィオレに、ユーグは「ああ」と乾いた調子で唸った。
「まだ聞いていなかったか。悪いな、うっかりしていた」
「……まあ、名前くらいならべつにいいけれど。でも、肝心なところでその『うっかり』が出ないよう、ここから先は気を引き締めておいてもらいたいものね」
「肝に銘じよう」
フィオレの応答は冷ややかに尖っていた。
対するユーグは特段興味もなさげで素知らぬ風だったが、《ヒョルの長靴》の女達――ケイシーに、ルネといったか――のフィオレに対する視線が、いくぶんかその険を増したようだった。
番兵はシド達を見て、問いかける。
「シド・バレンス様とフィオレ・セイフォングラム様――お二人の所属宿の申告を」
「ああ、いえ。所属宿はまだ」
「私も」
答える二人に、番兵は眉をひそめた。
「所属宿なしということですと、オルランドでは探索時の成果が記録に残りませんし、仕事の報酬も受け取れません。それは了解されていますか?」
「はい。それらについては連盟支部で伺っています。構いません」
「……わかりました。では、そのようにつけておきます」
迷いなく答えるシドに、番兵は奇異なものを見る目をしたようだったが。ともあれ手元の書類へペンを走らせた。
――そう。もとよりその点は承知の上。
そもそも今日は、何もなければ様子見のつもりだったのだ。
シドの目的はこの遺跡の探索ではなく、この遺跡で何かしようとしている《軌道猟兵団》の捜索と、彼らを仲間の仇と狙っているであろう
遺跡の探索――これがもたらす成果や功績の獲得は、後日にあらためて行えればそれでいい。
念のためフィオレの方も伺うが、この点に関しては、彼女も特に異存はないようだった。
「では、入場料を。七名分です」
「随伴の分も必要か? この二人は、お試しのオマケなんだが」
「徴収は一律です。ご理解ください」
「分かった。なら七人分だ」
ユーグは分厚い革袋の中から、大ぶりの銀貨を机上に置いた。しめて十四枚。
見覚えのない銀貨だった。少なくとも、シドの手元にある沿海州の共通通貨――船に乗る前に、河川港の都市ナーザニスでクロンツァルト硬貨から両替したものだ――の中にはなかったものだ。
「……確かに。では、どうぞよい探索を」
「ああ」
ユーグがさっさと奥へ向かい、一同はその後に続く。
シドとフィオレはかられから少し離れて、最後尾を歩いていた。
「……入場料なんてものがかかるのね。なんだか、劇場か遊園地にでも来たみたい」
「似たようなもんだろう。いにしえの神話を紐解く限り、真人どものダンジョンはもとより彼らの遊興が残した産物。俺達みたいな冒険者どもにとっちゃ、最高の
ぼやくように独り言ちるフィオレの言葉に、ユーグが応じた。
もとより返事があるなどとは思っていなかったのだろうが――その揶揄するような言葉の響きにむっとしたように、フィオレは唇を尖らせて押し黙る。
「この《箱舟》はオルランド戦士団――ないしはオルランド市政局の管理下だ。管理には金がかかる。都市そのものにもな。砂糖につられた
何とも、商売という感じであった。シドは唸る。
「……つまり、ひとりあたり銀貨二枚分以上の稼ぎを得られなければ、遺跡の探索は赤字ということか」
「正しくは入場料と、中で費やした消耗品の分だな。まあ、その程度も稼げないような無能なら、もとより《
「あの銀貨、沿海州のものだよな? 俺には見覚えことのないものだったけれど」
「半分正解、といったところかな。その認識は」
シドの問いに、ユーグは肩をすくめて笑った。
「少なくとも、あれは共通通貨の類じゃない。沿海諸州の都市でも使えないことはないかもしれんが、あれはトラキア州の、あるいはこの都市独自の通貨だ」
「この都市の……?」
「そう。オルランド大銀貨――価値はあれ四枚で、メルビル金貨一枚分ってとこだ」
「は!?」
シドは思わず、愕然と顎を落としていた。
自由商業都市メルビルを中心に大陸各地で流通するメルビル金貨は、一枚あれば平均的な四人家族が一ヶ月食べていくのに困らない額になる。
つまり――この七人が《箱舟》に入るためだけに、庶民の食費三ヶ月分以上が、軽々と飛んでいってしまった計算である。
「言っただろう? その程度も稼げない無能なら、もとよりこの遺跡に潜る資格もない。だからこそ、この都市でも『外』の仕事が成立する」
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