四章 初挑戦! できればもっと心の余裕と感慨がある感じで挑みたかった、おっさん冒険者の迷宮探索が今、始動する!!

60.【prologue/epilogue】むかし、むかし、とおいむかしの、おとぎばなし


 むかしむかし、わたしたちが生まれるよりずぅっとむかし。

 世界を創った神様が、まだこの世界にいたころのおはなしです。


 世界は今よりずっとずっと強くて豊かな魔法に包まれていて、みんなは魔法の力で幸せに暮らしていました。


 そのころの世界に満ちていたのは、わたしたちではない、べつの『人間』でした。

 今のわたしたちは、そのひとたちのことを《真人しんじん》と呼んでいます。


 そう。《真人》。

 そのころの世界では、神さまの祝福を受けて魔法を極めた七つの種族が、世界中で栄えていました。


 《天種セライア

 《王種ルーラー

 《貴種ノーブル

 《龍種リヴァイアサン

 《獣種ビースト

 《翼種セイレン

 《宝種オーブ


 ――の、七つの種族です。


 七つの真人たちは、ダンジョンを造るのが大好きでした。

 みんなこぞってダンジョンを造り、まわりのみんなと自慢しあっていました。


 ある男のひとが言います。


『やあやあどうだい私のダンジョンは! あらゆる海をまたにかける世界最高の船にして、大海原の迷宮さ! 一番上は海の生き物たちが泳ぎ集う楽園、一番下は海の底まで届く大迷宮! 世界に二つとない立派なダンジョンさ!!』


 すると、ある女のひとが応えます。


『いいえいいえ、私のダンジョンこそが素晴らしい! 他にはいない珍しい魔物がたくさんいるわ! 中でも一番強い魔物は、そう!――獅子と山羊と竜の頭を生やして、尻尾は蛇! 火を吐き雷を落とし、鱗と毛皮で身を護るとっても強い魔獣なの! この強い魔物を倒してダンジョンを踏破できる英雄は、果たしてみなさまのなかにいらっしゃるかしら!?』


 今度は別の男のひとが言います。


『いいや諸兄よお待ちあれ、素晴らしいのはこの俺のダンジョンさ! 千の魔物と万の罠が、億の財宝求めて踏み入る勇敢な冒険者アドベンチャラーの行く手を阻むだろう! 力だけじゃあ届かない、智慧ちえがなければ越えられない! 智勇併せ持つ真の英傑だけが勝利を手にする最難のダンジョン、それこそ我が自慢の天空城!! さぁとくとご覧あれ、あの空に浮かぶ勇壮なる天の城塞を!!』


 海に! 大地に!! 空に!!!

 真人たちは競ってダンジョンを造り、自慢のダンジョンを魔法の力で生み出した魔物たちや、奇想天外な罠の数々で満たしてゆきました。


 ああ。でも。でも。なんということでしょう!

 あんまりダンジョンづくりが楽しすぎたから、真人たちはついやりすぎてしまったのです。



『これ以上、世界をいじくりまわしてはいけない! ダンジョン作りはもうやめなさい! おまえたち以外の生き物が、みんなみんな困っているじゃないか!!』



 真人たちがダンジョンを作りすぎたせいで、世界はめちゃくちゃになってしまいました。


 晴れなのにどしゃぶり。月の夜に真っ黒な太陽。山のいただきまで津波。割れた海の底にカラカラの砂漠。春が夏で秋が冬。空は毎日雷ばかり。海はいつでも大嵐――


 真人以外の生き物はみんなみんな、めちゃくちゃになった世界でどうしようもなくなって、毎日泣いてばかり。

 とうとう見かねた神さまたちは、真人たちのやりすぎを叱りました。


 さて、面白くないのは真人たちです。


 ――ぼくたちは毎日楽しくダンジョンを造って遊んでいただけなのに、どうして怒られなくちゃいけないんだ?

 ――もうダンジョンを作ってはいけないだなんて、そんなのあんまりひどい! 神さまは勝手すぎる!


 もっともっとダンジョンを作って遊びたい真人たちは、みんなで話し合って、神さまを世界から追い出すことにしました。

 こっそり神さまを世界から追い出す魔法の準備をして、そしてある時、神さまをお祝いの宴に招待しました。


『神さま、すべて神さまのおっしゃるとおりです! わたし達が間違っていました! もうダンジョンは作りません! 他の生き物たちにも謝ります! 今まで作ったダンジョンもぜーんぶ壊して、世界を元に戻します!! その最初の証として、私たちを叱ってくれた神さまたちに感謝する宴を用意しました!!』


 真人たちが反省してくれたと思った神さまは、喜んで宴の招きに応じました。

 でも、それは真人たちの準備した罠で――宴の席にやってきた神さまたちは、みんなみんな捕まって、世界の果てのその向こうへと追放されてしまいました。


 やった! やった!


 真人たちは手を叩いて喜びました。


 うるさい神さまはもういないぞ! ぼくらは自由だ!

 これからも毎日ダンジョンを作れるぞ! 魔物や罠を作れるぞ!


 でも、そうはなりませんでした。

 十二人いた神さまのひとり、神さまの中でいちばん賢い知恵と魔法の神さまが、真人たちのあまりのやりかたに本気で怒って、最後にひとつ、世界へ魔法をかけました。



『ほんとうに怒ったぞ、おまえたち! わかってくれたと思ったのに! 反省してくれたと思ったのに! もう許さないぞ、このままただではすまさないぞ! わたしたちはもう二度とこの世界に戻ることはできないが、しかし、おまえたちもこの世界にはいられないようにしてやるからな!!』



 ――そうして。


 神さまは最後に、世界へのろいを残しました。

 真人たちからひとつずつ、たいせつなものを奪ってゆく呪いでした。


 《天種セライア》からは『肉体』を。

 《王種ルーラー》からは『権力』を。

 《貴種ノーブル》からは『血脈』を。

 《龍種リヴァイアサン》からは『理性』を。

 《獣種ビースト》からは『心臓』を。

 《翼種セイレン》からは『言葉』を。

 《宝種オーブ》からは『時間』を。


 それは真人たちにとって、死ぬより怖くておそろしい最悪の呪いでした。

 みんな真っ青になって神さまに謝りました。ごめんなさい、もうしません。今度こそほんとうに反省しました!

 でも、神さまの呪いは解けません。だって神さまは世界の果てのその向こうに追い出されてしまったので、真人たちの涙も謝罪も届かなかったのです。


 それからは、みんなが泣いて泣いて暮らしました。

 大好きだったダンジョン作りもちっとも楽しくなくなってしまって、毎日まいにち悲しくみじめな気持ちで過ごしていました。


 そんなときです。

 ひとりの勇敢な若者が旅に出て、世界の果てのその向こうを目指しはじめました。

 もう一度神さまに会って、これまで自分たちがしてきたことを心から謝ろうと決めたのです。


 つらくて苦しくて、とても大変な旅でした。


 晴れの日のどしゃぶりに打たれ、

 月の夜の真っ黒な太陽に焼かれ、

 山の頂をおおう津波に呑まれ、

 割れた海の底のカラカラの砂漠で干からび、

 春が夏で秋が冬の世界を渡って、

 毎日空から落ちる雷に焦がされ、

 いつでも大嵐の海を越えて――


 ついに辿り着いた世界の果てのその向こうで、若者は神さまに心から謝りました。

 もちろん神さまたちはみんな怒っていましたけれど、でも、つらくて苦しい旅を越えてやってきた若者のぼろぼろの姿を哀れに思って、またそのとても清らかな心を大切に想って、ひとつだけ呪いから逃れる方法を教えてくれました。


『世界中のダンジョンを壊して、世界中をみんな元通りに戻して、おまえたちも世界の果てのその向こうへ来なさい。然る後に元の世界へ繋がる扉を閉ざして、おまえたちにかけた呪いをあちらの世界へ切り離そう。そうしたら、おまえたちを苛む呪いは解ける。かならずだ』


 そのことばを伝えさせるため、神さまは魔法の力で若者を元の世界へ帰しました。

 若者は世界中を巡ってすべての真人に神さまの言葉を伝え、みんなで世界の果てのその向こうへ行くことを決めました。

 そうしたらもう二度とこちらの世界には戻ってこれないけれど、でも神さまに謝っておぞましい呪いを解いてもらうために。そうすることに決めました。


 真人たちは世界中のダンジョンを壊して、世界を元通りにして――それから、みんなでいっしょに、世界の果てのその向こうへと渡っていったのでした。



 あれあれ? けれど、それってちょっとおかしいですね?


 今でも世界のあちこちには、彼らの残した遺跡が眠っています。それはどうして?



 それはね、真人たちがうっかり壊すのを忘れてしまったり、どうしてももったいなくて壊せなかったものが残ってしまったのですが――それでも世界はだいたい元通りになったので、神さまも残ってしまったダンジョンには、特別におめこぼしをしてくれたのです。


 真人たちは神さまに呪いを解いてもらい、今は世界の果てのその向こうで、楽しく暮らしています。


 そして、今でも世界のあちこちには真人たちが遺した迷宮が眠り、新たな冒険者、英雄の訪れを、待ち続けているのです――


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