59.最強パーティ結成!(※誇張表現を含みます) 最大・最難の迷宮へ挑む、おっさん冒険者の探索がついに始まる!!!!


「――と、いう訳だ。今回の迷宮探索はこの二人と組んで行う」


 冒険者パーティ、《ヒョルの長靴》の仲間達を見渡して。

 ユーグ・フェットが宣言した。


 リーダーであるユーグの言葉を受け、彼らが向けてくるあからさまな忌避と倦厭けんえんの視線を、シドはいたたまれない思いで受け止めていた。


 《ヒョルの長靴》は、黒衣の戦士ユーグ・フェットをそのリーダーに置く五人組の冒険者パーティだ。

 階位クラスはメンバーすべてが金階位ゴールド・クラス

 オルランドに来る以前は、大陸に冠たる自由商業都市メルビルにて名を馳せたという、一級の冒険者パーティだ。


「マジで言ってんのかよ、ユーグ……そのおっさん、あのなんとかいう田舎町の時のやつじゃねえか」


 そう唸ったのは、ロキオムという名の、禿頭の巨漢だった。

 ミッドレイの《湖畔の宿り木》亭ではつけていなかった金属鎧プレートアーマーを身に着け、柄の長い両手持ちの戦斧バトルアクスを背負っていた。


「そうだ。俺達と組むにあたって、不足のない実力だろう?」


 ロキオムの不服に、ユーグは口の端を吊り上げて笑うだけだった。

 にべもないリーダーの返答にロキオムはぐっと言葉を詰まらせるが、その隣にいたもう一人の男――パーティの斥候スカウトらしき痩躯の男が、やはり不服げに唸った。


「そりゃ、あんたにとっちゃそうかもしれんが……だからってよぉ……」


「これは俺の決定だ」


 しかし、その力ない抗議も、ユーグは一蹴した。


「《ヒョルの長靴》のリーダー、ユーグ・フェットの決定だ。不服や文句があるなら今回の探索からは外れろ。別に止めはしない」


 抗議の声は上がらなくなった。もちろん、それが納得故のものでないことは、その場に充満する重い空気で嫌というほど知れたが。

 男たちは無論のこと――最前から一切口を開かない女二人も、到底納得している顔ではない。ロキオムに同調して下手なことを言えば、自分達までユーグに睨まれるのが分かっているから、リーダーである彼の機嫌を伺って黙っているだけだ。


「シド・バレンスが俺以上の戦士であることは、お前達もじかに見て知っているはずだ。もう一人の女は知らない森妖精エルフだが、そのシド・バレンスが連れている女だ。まあそれなりに期待はできるだろう」


「それなり?」


 フィオレが眉をひそめた。

 ユーグの言い草が癇に障ったらしい。無理もないとは思う。


(こういうことになるとは、思ってたんだよなぁ……)


 シドはミッドレイに帰ったばかりの時、ユーグと決闘騒ぎを起こしていた。

 その時はユーグの方が白旗を揚げ、ひとまずシドの勝ちという形で決着したのだが――話はそれだけでは終わらなかった。


 ユーグはシドに、パーティへ加わるよう誘いをかけてきたのだ。

 否――より正確に言えば、シドを自分達のリーダーに据えて新しいパーティを結成することすら視野に入れた、いっそ過剰なほどに強烈な勧誘だった。


 だが、シドはその誘いを謝絶した。

 それは、彼らのリーダーを決闘で負かすという形でパーティに恥をかかせ、のみならず冒険者としての在り方や経歴にも差異があるだろうシドをユーグの一存でパーティに加えたところで、パーティ内の人間関係に不和を呼び込み、破綻に追い込んでしまいかねないと見て取ったがゆえの判断だったが。


 その結実――あの日シドが抱いた懸念の体現が、現実となって目の前に現れてつつあった。空気の悪さで胃がキリキリしそうだった。


「それなりかそれなり以上か、或いはそれ未満かの判定は、迷宮の中でさせてもらうさ。いずれにせよ、今回の探索はこの七名で――シド・バレンスの探索に同道する形で実施する。

 ――あらためて言うが、不服のあるやつは今すぐ申し出ろ。今日の探索に付き合う必要はない」


 離脱を申し出る声は上がらなかった。

 代わりに上がったのは、質問だった。


「なんだってオレ達が、そのオッサンの探索につきあわなきゃならねえんだよ……」


「彼の探索が、塔に入った《軌道猟兵団》の追跡だからだ。昨日からこっち、連中がえらく上機嫌だったって話は、お前らの中にも聞いたやつがいるだろう」


 《ヒョルの長靴》の冒険者達は、お互いの顔を見合わせた。

 どうやら彼らにも、心当たりがあったらしい。


「連中は『過去との邂逅』だ何だとうそぶいて、舞い上がっていたそうじゃないか。現在のオルランドじゃ指折りのパーティ連中を浮かれさせる探索、一体何を探し出そうとしているのか、興味はないか? その成果を横から搔っ攫ってやろうってのは、実に胸がたぎる冒険だとは思わないか」


 ――横から掻っ攫うなんて、一言も言ってない……


 シドは心からツッコミを入れたかったが、ぐっと我慢する。ここでシドが口を挟んだところで、ユーグの檄に要らぬ水をさす結果を招くだけだ。


「前人未踏の、『過去との邂逅』とやら――その成果が俺達、《ヒョルの長靴》のものになるとしたら。あのお高く留まった学者先生どもの鼻を明かしてやれるとしたらだ。

 こいつは実に愉快な話とは思わないか。冒険者の魂が震えるだろう?」


「……そのオッサンのものじゃなくてかよ?」


 不信を露わに、斥候スカウトの男が唸る。当然の疑問であろう。


「俺は、今回の探索での成果には関わらない」


 シドは話を引き取った。眉をひそめる《ヒョルの長靴》の冒険者達へ、重ねて言う。


「――と言うより、今の時点では受領する資格がない。俺はまだ、この街で身を置く冒険者宿を決めていないんだ。だから、この街で仕事をする権利も、その結果を受け取る権利もないんだよ」


「じゃあ、あんた何しに塔へ行くのよ」


「それは……」


 女の片割れ――魔術師らしい女が疑り深く唸るのに、シドは答えを躊躇った。信用される自信がなかったせいだが。

 ユーグがさっと手を挙げて静止、代わりに答える。


「彼の目的は、俺達にとってはどうでもいいことだ。いずれにせよ、連中の成果を分捕りさえできれば、それはまるごと俺達のものになる。このオルランドの遺跡――最大・最難の大迷宮で、初めての大いなる戦果ってことだ。俺達にとってはな」


 一同を見渡し、ユーグはにやりと口の端をゆがめた。


「――この成果をモノにできるのは、探索についてきたやつだけだ。

 嫌なら残れ。俺は止めない。だが、冒険者として名を上げる気概が少しでもお前らにあるのなら、俺と来い。お前らチンピラどもの名を、歴史に残すチャンスとやらをくれてやる」


 ユーグは踵を返し、塔の入口へと向かう。

 《ヒョルの長靴》の冒険者達は、明らかに不服の顔つきだったが――それでも逆らうことはせず、ユーグの後に続いた。


「……なんだか感じの悪いパーティね。同じ冒険者なのに、バートラド達とは大違いだわ」


「フィオレ」


 ぽそりと零すフィオレを、シドはたしなめる。


「あれは俺達が一緒にいるせいだ。既に迷宮の探索を経験している彼らに力になってもらえるのは、ありがたいことだよ」


 《ヒョルの長靴》はシドより二ヶ月近く先んじてオルランドへ到着し、既に幾度も迷宮の探索に挑んでいたようだった。

 成果そのものは、迷宮のより深奥から現れた魔物の討伐や、比較的ありふれた発掘品の回収程度で、未だ大きな実績は残していないようだったが――迷宮に入ったことすらないシドにとっては、このうえない助け舟だ。


 むぅ、と唇を尖らせるフィオレを「行こう」と促し、シドは一行の最後尾につく。

 冒険者達が出入りする、《箱舟》の入り口――まるで巨人の大いなるあぎとのようなその場所へ、シドはようやく、たどり着こうとしていた。


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