74.そして、彼女の目覚めのとき
……………………。
………………………………。
(……………………………………?)
燃え尽きろ――と、そう、叫んでから。一体どれほどの時間が過ぎただろう。
おそらく、ほんの数秒か、十数秒――主観的には永遠のようであっても、それは決して長い時間ではなかったはずだ。
我知らず詰めてしまっていた息を、吐いて。
シドはおそるおそる、目を開けた。
真っ先に飛び込んできたのは、繭を思わせる金属のベッド――その裡に満ちた、
透き通るように色の抜けた、けれど確かに生きた人間の体温を宿した、雪色の柔肌。
視線を滑らせれば、少女の顔があった。輝くような
瞳の大きな――猫のそれを思わせて輝く瞳孔を宿した
右目は
左目は
「う……わっ!?」
飛びのくようにして、シドは身を引いた。背後の壁に「びたん!」と背中がぶつかり、それ以上下がることができなくなる。
既に、指先に感じていた呪詛の気配はなく――ただ、とくとくと健気に脈打つ少女の鼓動の名残が、指先の温度として残るだけだった。
柔らかい
豪奢に波打ちながら背中に届く、そんな長さをした深い
「お……起きた、かい? 話せるかな? ええと――ああ、そうだ。その前に」
シドはあたふたしながら自身の
じぃっと、呆けたように。自身の肌を隠す古ぼけた
「あなたは――シド・バレンス。です?」
「へっ!?」
思わず、変な声が出た。
「な……んで、きみ、俺の名前を知って」
「知っていたわけではないのです。でも、外のひとがあなたの名前を呼んでいましたので、そのおかげで」
「外の――」
「誰かは知りません。でも、『繋がっている』のはひとりではないですね。シド・バレンスの名前を呼んでいたのはふたり。ひとりは男のひと、ひとりは女のひとなのです。どちらも、あなたをとても心配しているみたいなのですよ」
――誰だ?
女のひと――は、多分フィオレのことだろうが。
少なくとも、《ヒョルの長靴》の女性二人は、その印象とはそぐわない。申し訳ないが。
「ああ、『フィオレ』というおなまえのひとなのですか? きれいなひとみたいなのですね」
「!?」
ぎょっと竦みあがるシド。その様を面白がるように、少女はにこりと微笑んだ。
今の反応は一体どういうことだろうか。まるで、シドの心を読みでもしたような、
「はい。だいたいシド・バレンスのご想像どおりなのです。クーはあなたの心と繋がっています」
「心、と……?」
「はい。あなたの心が見ているものを、クーの心は見ています。外のひとたちの心が見ているものも、クーの心は見ています。感じます。繋がっているので。
なのでクーは、あなたの思考で、あなたのことばで話せます。ザラザラしたイヤな感じの心もありますけれど、こればっかりはしかたがないのですね。好んで選べるものでもないですし、今までよりは、ずっとここちよいのです」
「きみは――」
「シド・バレンスたちのことばを借りるなら、《
「《
――其は、はるかいにしえの時代の住人。
絢爛なる魔法文明を築き栄えたという、
即ち、
――《
――《
――《
――《
――《
――《
そして――
「《
「はい、クーは《
あと、クーのおなまえを名乗るのなら」
少女は微笑んで、名乗る。
「クロロバナージアレキサイオラゴーシェクロラルミナシリカシェリアルミニティタニアジェイドヴォーキコランジオーダメトリンコーパルエルパリドットイトルマヴェルデラクロローム=ベリル=エメロード、といいますです」
…………………………。
「………………んん?」
だいぶん間の抜けた時間を置いて。首をかしげる。
圧倒されていた。
少女は微笑みを崩さぬまま、
「クロロバナージアレキサイオラゴーシェクロラルミナシリカシェリアルミニティタニアジェイドヴォーキコランジオーダメトリンコーパルエルパリドットイトルマヴェルデラクロロクローム=ベリル=エメロード、なのです」
繰り返した。シドは自分の表情が引き攣るのを自覚する。
「く、クロロバナージ、アレキサイ……ええと」
「クロでいいです。みなさんそう呼んでいましたので」
「クロ」
「それも呼びにくいというなら、クーで妥協します」
「ええと、いや、大丈夫だよ。クロで。呼びにくくはないし」
「でしたか。それはなによりなのです」
にこっ、と。少女は花のように笑った。
見た目の年頃と比べても幼さを感じる、そんな微笑み。
ふと、ターニャの笑い方がこんな感じだな、と――そんな感慨が脳裏をよぎった。
「ターニャ?」
「え? あ……今のも『読んだ』のかい?」
「『読んだ』という言い方はちょっぴり冤罪なのです。そこは『読めてしまった』と言ってほしいところです」
――彼女自身の意思とは関係なく、こちらの『心』……思考を
「そんな感じです。理解が早いのはすてきなのですよ、シド・バレンス」
「……ありがとう」
半ば困惑しながらも素直に礼を言うシドへ、少女は「ふふ」と笑う。
「あ、そうだ。クロでもクーでも呼び方は構いませんが、『クロロ』はだめですからね? クーをクロロと呼んでいいのは、クーの
「はあ、はい」
呆気にとられるシドへ。
ふふふ、と、含むように。
少女は
「――この目覚めに、感謝を。この解放に、喜びを。この輝けるひとときに、どうか終わりなき永遠がありますように」
「それは――ええと、《
「いいえ? これは
困惑するしかなかった。
「さて、行きましょう。シド・バレンス」
「え。どこへ?」
軽やかに寝台から飛び降りる
床に落ちた
「お
――と。
それまで、ただただ無邪気なばかりだったクロの美貌に、ひどく倦んだ、昏い翳りがよぎった。
「あちらは、もう、手遅れみたいなのですね」
「え……?」
「あ」
まるで、断末魔のような。ああ――と細い吐息が、少女の唇からこぼれた。
「やっぱり、だめみたいです。クーの
そして、彼女は微笑んで、
「死んじゃいます」
…………………。
………………………………。
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