くすんだ銀の英雄譚~おひとよしおっさん冒険者のセカンドライフは、最大最難の大迷宮で~
71.今まで隠していましたが(伏線は少しだけありました)。おっさん冒険者にはひとつ、ちょっと珍しい特技があります。
71.今まで隠していましたが(伏線は少しだけありました)。おっさん冒険者にはひとつ、ちょっと珍しい特技があります。
隠し部屋にあったのは、金属製の寝台だった。
そして、寝台に敷き詰めたやわらかな褥に眠る、少女の彫像。エメラルドから掘り出したらしき透き通った翠の少女像は、長く伸びた髪の、その毛先だけが
いかようにしてこれほどの大きさの宝石を見出し、そして掘り出したかすら定かでない。
今にも目を開けて動き出しそうなほどの臨場感に満ちた、眠れる少女の彫像であった。
室外に待たせていたロキオム達を呼んで隠し部屋へと入った時、まっさきに「おほっ」と声を上げたのはジェンセンだった。
「こいつぁすげぇ! 《宝石国の彫像》ってやつだぜ、これはよ!」
声を弾ませるジェンセン。フィオレが怪訝に眉をひそめる。
「ねえ、シド。《宝石国の彫像》って……?」
「ここみたいな《遺跡》で時折発見される、宝石から彫り上げた人型の彫像を指す呼び名だよ」
名の由来は、坑道の奥に存在したいにしえの《遺跡》においてかの彫像を初めて発見したとされる、古い王国――彫像の宝石を交易品として得た財でもって栄えたことから、後の世には《宝石の国》という名で伝えられる、とある王国に由来する。
後に、かの古き王国以外の土地でも同様の彫像が発見され、それらが《真人》種族の遺跡内部においてであったことから、現在では、『《真人》種族が作り上げた宝物のひとつ』というのが定説となっている。
「――と言っても、そうした彫像は古い時代に発掘されつくしてしまったらしくて、少なくともここ三百年ばかりの間は新たに発見されたという記録がないらしい。
一説によると、《真人》種族が自分たちの姿を彫り上げた――現代でいうところの青銅像や石膏像の類に相当するものじゃないかって話もあるんだ。とはいっても、いくつかの不整合がうまく解消されないせいで、あまり支持されてる説ではないんだけどね」
「ふぅん……」
フィオレは素直に目を輝かせながら、感心しきった息をつく。
「何でも構うか。いずれにせよこいつは、値千金のお宝だ! このまま持ち出せれば目の玉飛び出るほどの値がつくし、それが無理でも砕いて持ち帰れば、それだけで一生遊んで暮らせる金になる!!」
ジェンセンは目を輝かせ、わきわきと両手を揉み合わせていた。
《ヒョルの長靴》の女冒険者達――魔術師のケイシーと軽戦士のルネだ――も、頬を上気させてうきうきと今後の算段を始めていたようだった。
「おい、ロキオム。お前はどうだ? 女好きのお前にゃあ、こういう裸の女の彫像なんてのはたまらんポルノだろ。
何だったらよ、持って帰る前に使っていってもいいんだぜ? 特別に黙っててやるからさ――ほら、結構綺麗な顔してんだろ?」
「はぁ? バカにすんじゃねえや。女っつってもガキじゃねえか」
揶揄めいた仲間のからかいに、禿頭の巨漢は本気で気分を害した様子で唸った。
確かにロキオムの言う通り――彫像の少女は美しい顔立ちをしてこそいたが、人間であれば十代の前半。どう贔屓目に見積もっても、十五より上という風には到底見えない。
腰のくびれは未だ緩やかで、胸や尻の肉づきも薄い――さながら芽吹きかけの蕾を思わせる、少女の年頃だった。
その、瑞々しい少女らしさに興奮を覚える者も、世には多くあるだろうが。少なくとも禿頭の巨漢は、そうした類の性癖ではなかったようだった。
「《軌道猟兵団》の連中が探してたのって、これだったのかしら?」
「とっくに掘りつくされたんじゃないかって言われてた、大昔のお宝だし!? それなら確かに、『過去との対面』ってやつかもねー!」
ケイシーとルネが、声を弾ませてきゃっきゃっとはしゃぐ。
とはいえ、彼女達からすれば《軌道猟兵団》の思惑などさほど興味はなく、むしろ目の前の、貴重な『お宝』の方がよほど大切であるようだったが。
「……………………」
――だが。
シドは、どうしても腑に落ちなかった。
《軌道猟兵団》の中核を占めているのは、カルファディア諸都市連合を構成する学究都市イズウェルの学究者――それも、《賢者の塔》にその教室を置く賢者達だ。
その彼らにとってみれば。
《宝石国の彫像》が持ちうる金銭的価値など、さしたる意味はないはずだ。
これまで発掘、回収された《宝石国の彫像》は、そのはじまりたる宝石の国のそれを含めて、そのすべてが喪失、散逸して久しい。
それを思えば、この彫像が持つであろう考古学的価値に意義を見出しての探索という可能性は考えられなくもないが、だとしてもこの発見は――それが、価値あるものではあるにせよ――果たして『前人未到』と誇れるほどの成果だろうか。
「……………………」
シドはすっと手を伸ばし、彫像の少女へと触れた。
絹のように髪が流れる額――形のいい眉の根元、眉間の中心に、指先で触れる。
その様子に気づいた魔術師の女――ケイシーが、露骨な嫌悪を見せて眉をひそめた。
「ちょっとオッサン、あんた何やってんの? せっかくのお宝に、きったない指紋ついちゃうじゃないのよ!?」
「てか、何なの急に……あ、もしかしてジェンセンが言ったこと本気にしちゃった? オッサンそういう趣味な訳ぇ? うわキッモ」
もう一人の女――軽戦士のルネも、相棒に唱和してけらけらと嘲笑う。
それら蔑みが聞こえていなかった訳ではなかったが、シドは抗弁を口にしなかった。それどころではなかったからだ。
何故なら、
「――――これ、人だ」
「は?」
「これは、この彫像は宝石じゃない。人だ」
「「「はあ!?」」」
《ヒョルの長靴》の冒険者達が挙げる、驚きの呻きが重なった。
「何よそれ! いきなり訳わかんないこと言わないでよね!?」
「だから、この彫像は宝石から作ったものじゃないんだ。
「適当抜かすな! いくら腕っぷしが強ぇからってよぉ、ンなフカシまで通る訳あるか!!」
「あんたまさか、そのクソみてぇな言い草でよ、そのお宝独り占めしようって魂胆じゃねえだろうなぁ! ええ!?」
ロキオムとジェンセンが口々に喚く。
男達の侮蔑に、女達も唱和した。
「だいたいこのオッサン、最初から信用ならなかったのよ!
「自分はいい子でちゅ~❤ みたいにキッモい顔へらへらさせてさぁ! ほんとは最初から、この宝石像目当てだったんじゃないの!? キッモ!!」
ぎっ――と、きつく歯噛みする音が軋んだ。
フィオレからだった。
「――いい加減にしなさい! あなた達みたいな
「は!? なぁんですってぇ!?」
「調子乗ってんじゃねーぞテメェー!
《ヒョルの長靴》の冒険者達から次々と飛び出す悪し様な侮蔑に、たまりかねたフィオレがとうとう激発し――こちらも怒りを露わにしたケイシーやルネとの間で、遂に取っ組み合いが始まってしまう。
「私の知ってる
肩書きでしか己の誇れぬ者ほど、その陰から負け犬みたいによく吠える!――どうやらその手の浅ましさは、人の
「フィオレ、よせ! 君たちも、こんなところでケンカはやめなって――!」
「触んなオッサン! 菌がつくだろ!?」
「キッモ! キモキモキッモ!!」
「
「は!? ナニ言ってんのか、わっかんねーよエルフちゃん!」
「人間の街では人間の言葉喋れや! キモいんだよ!!」
「
「フィオレ! フィオレ、ちょっと!?」
慌てたシドが、懸命に彼女たちの仲裁へ入ろうとする間――唯一、パーティの仲間達のような反応を見せなかったユーグが、眠る少女の面差しを一瞥する。
「確かに――今にも目を開けて、動き出しそうな出来のシロモノではあるが」
しん――
と。その一言で、騒然としていた罵声が止んだ。
淡々とひとりごちたユーグは、それこそ石のように凍り付いた仲間達を見渡し――最後にその目を、シドへと向けた。
「しかし、根拠は知りたいな。あんたほどの男が言うこととはいえ、『はい、そうですか』と鵜呑みにはできん。何せ、ものがこれほどのお宝だ」
「……そうだね。もっともなことだと思う」
――だが。
どう説明すれば、納得――はせずとも、一時その矛先を引いてもらえるか。正しいことばを探して逡巡した末、やむなくシドは切り出した。
「俺は……呪いを理解し、それを解くことができる」
あやふやなことしか口にできないのが、心苦しくてならない。いたたまれなさで今にも声がすぼみそうになるのを自覚しながら、シドは言葉を絞り出す。
「そういう――『特技』、みたいなものが、あるんだ。俺には……」
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