77.その頃。戦いは既に決着――かと、思いきや。


 一方、その頃。


 《箱舟アーク》第四層、その中央に位置する広場。

 四層北側の未踏領域より現れた《宝物庫を護る巨人スプリガン》と、相対する《軌道猟兵団》との戦いは、完全に決着していた。


 右肩と頭の左半分を砕かれた巨人スプリガンは、完全に沈黙し、物言わぬ亡骸となって倒れ伏していた。

 二か所の傷跡は抉れたうえに黒々と焼け焦げ、何かの爆発物を受けたような有様だった。

 肩を砕かれた結果として千切れた右腕が、ぴくりとも動かない巨人スプリガンの傍らで、打ち捨てられた丸太のように転がっていた。


「ふぅ――」


 ジム・ドートレスはいつしか詰めてしまっていた息をつくと、遊底ボルトを引き、空になった金属薬莢を排出した。


「いつもながらお見事です、ジムさん、ネロさん! 流石はお二人とも一級の冒険者――《真人》時代より生ける幻獣を、こうも易々やすやすと倒してしまうとは!!」


「お褒めにあずかり光栄です、ロト侍祭じさい。ですが、こればかりは装備の性能あってのことですよ」


 気さくそうな顔を微笑ませて、追従じみた賞賛を贈る氷と記録の女神アトリティアの侍祭に。謙遜――というばかりでなく、半ば以上は本心からそう答えながら、ジムは長銃の銃身をてのひらで撫でて示した。


 ――ガルバルディ式単発施条長銃ライフル

 カルファディア正規軍の最新型――薬莢に初めて金属製カートリッジを採用した、ボルトアクション後装式単発長銃である。


 それに、と。ジムは笑みを消して、巨人スプリガンの巨体を見遣る。


「それに、はまだ機能停止しているだけです。仕留められてはおりません」


「え?」


 気さくそうな、ニコニコとした侍祭の笑みが、怪訝にこわばった。


 しかし、侍祭の勘違いは無理からぬものではあった。《賢者の塔》に身を置く研究者であるジム達やリアルド教師、あるいは《塔》お抱えの冒険者であるネロやゼクと違い、彼は《賢者の塔》の関係者ではなく、イズウェル市のアトリティア聖堂に仕えているというだけの侍祭である。共にパーティを組む仲間だとはいえ、幻獣の正確な知識など求められようはずもない


「《宝物庫を護る巨人スプリガン》を完全に仕留めるには、コアである宝珠を砕かねばならないのです。今は破壊と損傷が許容限界を越えたがためにその機能を一時停止し、身体の再生に力を振り分けている状態なのでしょう――この目でつぶさに見るのは、私もこれが初めてのことですが」


「なんと、まあ……」


 ロトは簡単とも呆れともつかない息をつく。


「では、今のうちに仕留めてしまわないと」


「ええ、ロト侍祭。確かに仰るとおりなのですが」


 急かすロトを宥めるようにゆっくりと頷きを繰り返し、ジムは笑みを浮かべる。


もまた、はるかいにしえの《真人》時代より生ける幻獣の一柱ひとつ。何とか地上へ持ち帰り、研究に供することはかなわぬものかと、つい――」


「ジム・ドートレス?」


「申し訳ありません、教師せんせい


 リアルド教師の咎める声が飛んだ。

 さすがに油断と驕慢が過ぎるということであろう。まったくもってその通りで、返す言葉もない。


 現に、ネロはとうに次弾の装填を終え、銃口を《宝物庫を護る巨人スプリガン》へ向けている。いつでもとどめを刺せるという無言の意思表示だ。


「ありがとう、ネロ。すまないね。だが、ここは私がやろう。私なら、魔術でコアの在り処を探査できるからね」


 未練を断ち切るためにかぶりを振って。

 ジムは腰に巻いたポーチ――弾薬盒だんやくごうから次弾を取り出し、装弾しようとする。


 ――――その時だった。



「見ぃつけたぞぉおッ! このけがらわしい盗人ぬすびとどもがああァァア―――――――――ッ!!!」



「何――!?」


 広場へ吶喊し、突風のようにジムへと襲い掛かる黒檀の巨躯。


 ぞっとしながら振り返る《軌道猟兵団》の冒険者達の目が捉えた襲撃者は、黒檀の鱗の水竜人ハイドラフォーク


 ――ラズカイエンであった。


「っ、根源なる力・我がじょうへと宿り――《魔弾》よ、穿て!」


「万象流転するもの・かいとなり! 《水珠》よ・撃て!!」


 四節。

 能うる限りの短呪詠唱で構成した、魔術士二人の攻性魔術――ウィンダムが放つ魔力の弾丸と、リアルド教師が高速射出した水の塊は、ラズカイエンの両腕に備わった長大な手甲を思わせる装甲――その、片腕の一振りだけでいともあっさり散らされてしまう。


「く――」


「死した戦士の、魂のためにィイ――」


 装弾と照準は間に合わない。咄嗟に銃を捨て、腰の長剣を抜剣するジム。

 その眉間へ向けて、肉薄したラズカイエンの、右の手甲が大きく振りかぶられ――そして振り下ろされる。



「その薄汚い盗人の命をもって、償えエェ!! 人間ニィンゲンァァアァアア――――――ッ!!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る