67.幕間:《軌道猟兵団》――もとい、ジム・ドートレス研究員はかく語り【後編】


 が人間種族の史書に初めてその存在を記されたのは、中央山脈の山間にひっそりと存在していたさる小国、その鉱山であったと伝えられている。

 鉱夫達が山を掘り進めていったその先。ある時、突如として彼らの目の前で岩壁が崩れ、ぽっかりとその先の空間が開けたのである。


 鉱夫達は、時に山の中で出くわす穴蔵に溜まる『毒の気』――現在でいう有毒ガスを警戒し、最初は恐慌をきたしかけたが。

 しかし、その先にあったのは有毒ガスのガスだまりではなく、暖かな日差しが差し込む穏やかな村落の光景であった。


 ――山を貫通して、反対側にでも出てしまったのか?


 ガスの心配が要らないと分かって戻ってきた鉱夫達が、真っ先に思ったのはそんなことだったが。そうではないのだということは、外へ出て程なく理解せざるを得なくなった。


 うららかな日差しを受けて高原に広がる、のどかな村落の光景。しかしそこは、尋常の領域ではなかった。


 なぜなら彼らが掘り抜いてしまったその穴、彼らの仕事場たる坑道と繋がる出入口は、のどかな村の広場の、山肌どころか空間に、さながら魔法の抜け穴のようにぽっかりと、その口を開けていたからだ。


 そして、村も、尋常のものではなかった。


 村には人っ子一人いなかった。

 代わりにあったのは、その数にして数十――否、村すべてを見渡せば、その数ゆうに百を越える、人間の彫像であった。



『おい見ろおめえら、こいつぁ宝石だべ! こっちの彫像もあっちの彫像も、ぜんぶ宝石だ! 宝石の彫像だべや!!』



 長椅子に寝そべるようにして眠る男は、赤々と燃える紅玉ルビー

 素朴な聖堂に跪いて祈る女は、透明な輝きの中に虹の光彩を宿す金剛石ダイヤモンド


 そこはまるで、実物大で作り上げた『村の模型』のようだった。

 生きた村人の代わりに村で暮らすのは、どれも一糸まとわぬ素裸の、宝石から掘り抜いた人型の彫像達。


 ――村だけではない。

 村から伸びる道の先。草原や小高い丘陵、その先に広がる別のまた村にも。

 数多なる宝石で設えた彫像が。彫像が。彫像が。

 さながら世界の模型を象るかのような無造作ささで、並んでいたのである。


『すげえべ! こっちのも、あっちのも、ぜぇんぶ宝石だぁ! オラ達、とんでもねえモン掘り当てちまっただ!!』


『だがよぉ、なんか……気味悪くねえか? これとか、あっちのあれとかよぉ』


 ある鉱夫が無邪気にはしゃぐ一方、別の鉱夫が薄気味悪そうに青ざめた顔でそう唸った。


 無理からぬことであった。


 ある彫像は極限まで恐怖に引き攣った顔で天を仰ぎ、また別の彫像は頭を抱えて地面にうずくまり、またある者は怒鳴り合うように引き攣った顔を突き合わせ――彫像の中には、今にも叫び出しそうな恐怖の極致を彫り上げた、見ているこちらの心胆までぞっと寒からしめる悪趣味なしろものが、少なからずあった。

 中には不安定な姿勢で立っていたがために、うっかり村人が触れた瞬間に倒れて壊れてしまうものもあった。よくよく見れば、既に砕け壊れていたものも。


 だが――より、正しく言うなれば。彼らが見つけた彫像の、その大半が。

 恐怖の体現をその面相に刻み上げた、宝石仕立てのオブジェであった。


『なんでもいいや、とにかく王様に報せにゃならんべ。とんでもねえもん掘り当てちまった! こりゃあお偉い方々に見てもらわんことにゃ、儂らみたいなモンにはどうすりゃいいやら見当もつかんべ!』


 鉱夫達から報告を受けた小国の王は、最初、彼らがおかしな魔物にたぶらかされでもしたのではないかと、疑り深く眉をひそめていたが。

 それでも律儀に鉱山まで足を運んだ国王は、鉱夫達が奥からひとつだけ持ち帰った彫像――祈りを捧げる金剛石の女を見た瞬間、目の色を変えて飛び上がった。


『なんと美しい! これは凄い、これは凄いことだぞ!! おい、何をぼやぼやしているんだお前達。ぼぅっとしておらんで、早くこれを城まで運ぶのだ! 山の中にある他の彫像も、ひとつ残らず運ぶのだ! 壊さないように、傷つけないように、ていねいに、慎重に、だ。わかったな!?』


 美しい金剛石の女にうっとりしていた国王は、鼻息荒く興奮しながら、王の付き添いで共に来ていた侍従達へと命じた。


 だが――やがて、恐怖に表情の強張った薄気味悪い彫像が次々と運び出されるようになると、今度はげっそり顔色を悪くすることとなった。


『……さっきの美しい像はあのまま残そう。だが、こっちの像は見ているだけで気分が悪い。どうせこのままでは売るに売れんし、仮に売るにしてもこの大きさだ、高値がつきすぎる。

 いっそぜんぶ壊して、ふつうの宝石に変えてしまおうではないか。そして、その宝石は他所の国へと売り出すのだ。我が国の鉱山から掘り出された宝石として、我が国の富へと替えるのだ――!』


 かくして。


 ひなびた山間の小国は宝石の産出で大いに栄え、周辺の国々から《宝石の国》とまで呼ばれるようになったという。


 小国の王はその宝石がもたらす富でもって国を栄えさせ、国と己のみならず国の民草すべてを富ませたという。

 山ほどの傭兵を雇い入れて国を護り、粗末な城下町を石造りの文明的な都市へと作り変え、また四方の諸国より山海珍味と酒を集めて民の食卓を、そして祭りの夜の御馳走を彩り豊かなものと生まれ変わらせた。


 《宝石の国》は大いに栄えた。

 しかし、いかな大量にあったとはいえ、宝石の源泉はあの『村』の住人たる彫像の群れ。所詮は有限の資産であり、売り続ければやがては尽きる。


 いにしえより、金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったもの。


 《宝石の国》は、いつしか史書の記録からその姿を消した。美しくも煌びやかな宝石を手中におさめんとした隣国に攻め滅ぼされたとも、諸国へ売りさばく宝石が尽きて貧困の中で枯死したともいわれるが、四方を山に囲まれた小国の、その終焉の経緯は定かではない。


 ただ――後の世において。

 とある旅の商人が道に迷い、偶然にもかの《宝石の国》の故地を訪ったとき。


 そこにあったのは、炎に焼かれたと思しき瓦礫の群れと、からっぽになった古い崩れかけの鉱山。


 人っ子一人いなくなった、王国の名残。ただ、それだけであったと。


 かの旅商人の記した手記が、現在にまで伝えている。


 …………………。


 ……………………………。



 閉ざされた隠し部屋を開くための仕掛けは、さほど凝ったものではなかった。

 壁の一部、てのひらほどの大きさのパネルになった部分が横にスライドする構造となっており、スライドさせたその下に《鍵》を差し込むものと思しき鍵穴があった。


「諸君。何があっても即座に動けるよう、警戒を厳に」


 ――何か起こった際は、各自の判断で自分の身を護るように。

 言外に告げ、ジム・ドートレスは懐のポケットから取り出した《鍵》を鍵穴へ差し込んだ。


 ウォード錠の鍵を思わせる形状の《鍵》を差し込んだ瞬間、無機質なクリームホワイトの壁を、青褪めた輝線が縦横に走った。

 続けて壁の一部――鍵穴を隠していたパネル部分のすぐ横合いにあたる箇所が、僅かに内側へと引っ込んでスライドし、人ひとりが通れるほどの入り口を開けた。


 それだけだった。

 警戒に身を硬くしていた一行は、ゆるやかにその緊張を解いていった。


「……意外だな。なんとも呆気ないものだ」


 ジムの口から思わずこぼれた、感想がそれだった。


 《真人》の遺した迷宮は、そのうちに奇想天外な罠と数多の仕掛けギミックを備えている。その多くは綿密な探索と知識、ひらめきをもってしてはじめてその道を開くものであり、これほど容易に隠し部屋への入り口を明らかとする仕掛けは、ジムの知る限りこれまで例がなかった。


 その感想は、同じパーティの仲間達も同様であったらしい。ともに探索にあたっていた彼らの表情も、ジムが浮かべるそれと同様の、拍子抜けしたものだった。


 ジムが先頭に立って室内へ足を踏み入れると、パッと天井が明るくなり、室内を照らし出した。


 小さな部屋だった。

 地図の縮尺から想像していたものより、ひとまわり小さい。七人全員が入れば、それだけで狭く感じられるだろう程度の広さだ。


 部屋の中央には、白い金属製の寝台があった。

 繭を思わせる形状の寝台はその裡にやわらかなぃとねをおさめ、透明なガラスの蓋で寝台に眠る主を包んでいた。


 白い繭の中で眠る主は、少女だった。

 胸の前に両手を組み、瞼を閉じて眠る彼女の――その一糸まとわぬ伸びやかな裸身をガラスの蓋越しにその目へおさめ、ジムは「くふっ」と口の端をゆがめて笑った。


 ――そう、少女。

 子供というには健やかに手足が伸びた、しかし女というには、ほっそりた腰や棒切れのような足の肉付きがあまりに薄く、そして幼い娘。


 これより翼を広げんとする、蝶のさなぎのような。

 あるいは、これより咲きゆく花のつぼみのような。


 人間であれば、十五より上と言うことはないであろう、そんな年頃の少女である。


 だが、それは人間ではありえない。

 寝台に眠る少女は、翠玉エメラルドからその姿を掘り出したような、透き通る翠の彫像であった。

 否――真実その裸身は翠玉エメラルドである。だが、不思議なことに、波打ちながら伸びる長い髪の毛先だけが、黄玉トパーズの金色へと変じている。


 翠玉エメラルド黄玉トパーズの間に、接合の痕跡はない。ふたつの宝石はまるで溶け合うようにしながら、ごく自然にその色彩を、翠から黄金こがね色へと移り変わらせていた。


「――見つけた」


 知らず、胸が高鳴り、鼻息が荒くなるのを、ジムは抑えられなかった。


 ――が人間種族の史書に初めてその存在を記されたのは、中央山脈の山間にひっそりと存在していたさる小国、その鉱山であったと伝えられている。

 往時の名を伝えられることなく、後世には《宝石の国》の名で伝えられるその国には、人の手によるものとは到底思えぬ精緻な宝石の彫像があったという。

 この一時のみならず、後の世ではそうした彫像が幾度となく発見され、時にそれらは争乱の火種ともなった。それらはそのすべてが歴史の闇に吞まれて消え、現代にその姿を残すものはひとつとして存在しない。


 ――《真人》種族の遺産。


 人の手によるものとは到底思えぬそれらの彫像群は、驚嘆と共にそう見做された。当世の《真人》研究者たちは、愚かな人間達の金銭欲が失わせた旧文明の遺産に思いを馳せては、過去の人類の愚劣を唾棄し、嘆いた。

 だが――


「見つけたぞ……宝種オーブ――!」


 だが、そうではない。

 それは決して、などではないのだ。それは――



「これこそが、旧文明のあるじ…………!」


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