66.幕間:《軌道猟兵団》――もとい、ジム・ドートレス研究員はかく語り【中編】


 同じパーティの仲間たちは、熾火おきびのような熱を帯びたジムの一人語りに対し応じるでもなく、相槌なりの反応を返すでもない。他方、ジムのことばを止めようとする者もなかったが。


 《軌道猟兵団》の一行――パーティのリーダーを務める、《賢者の塔》の研究員にして魔術戦士ジム・ドートレス。

 同じく研究員にして魔術師のウィンダム・ジン。

 氷と記録の神アトリティアの待祭ロト・ヘリオン。

 《賢者の塔》お抱えの冒険者たるネロ・ジェノアスとゼク・ガフラン。

 一行の紅一点にして、研究員を束ねる《賢者の塔》の『教師』――今年で五十七歳となる、熟練のマヒロー・リアルド教師。

 そして最後の七人目、フードつきのコートと仮面で姿かたちと顔を隠した、《来訪者ノッカー》を名乗る彼らの協力者。


 以上、七名のパーティである。


「魔法であれば、魔法で対抗可能である。魔法の行使、その手段を担保する技術が『魔術』と総称される大系である。が――それとて、いかにして対抗するかまでが自明であるとは言い難い。なぜなら魔法とは、世界の変性という『現象』、あるいはそれを引き起こす『法則』であるからだ」


 陶酔の面持ちで語り続けるジムだが、そんな彼を諫める声はない。彼が警戒の一切を緩めていないことをパーティの誰もが承知していたし、むしろ彼の感覚はこうした時にこそ、もっとも研ぎ澄まされるからだ。


「多層魔術領域論において、我々が『魔法』と総称する複数の魔術体系は、『パルプ紙のように薄い透明のガラス板』に例えられる。

 たとえばここに、『パルプ紙のように薄い透明のガラス板』を十枚重ねたものがあるとし、そしてその十枚のうち一枚だけ、炎の絵が描かれたものがあるとする――この薄ガラス一枚が、魔術の『展開領域』、即ち魔術の『系統』であるというものだ」


 魔法をこの世界に顕現させる術――『魔術』と呼称される技術体系は、多数存在する。

 人間種族の間に広く学ばれる詠唱魔術。聖堂の魔術たる法術、ないし契法術。

 森妖精エルフの魔術たる刻印魔術、ないし精霊魔術。魔女種族がもたらした魔術体系たる魔女術。

 《幻燈檻げんとうかん》という術具に封じた精霊の力でもって行使する幻燈魔術。大規模な儀式を整えることで、比類ない大規模術式を行使する儀式魔術。

 召喚魔術。死霊魔術。合成魔術。交霊魔術。使役魔術。附与魔術。歌唱魔術。合一魔術。煙香魔術。果ては、未開の部族において祈祷師シャーマンが行うに至るまで。数え上げれば数限りない。


 これらすべて、そのひとつひとつがにおいて構成されるものであり、それら領域レイヤーのパターンは魔術系統の数だけ存在するというのが、多層魔術領域論における魔術の在り方――その定義である。


「『物理』と『魔法』、ではないのだ。我々が物理領域において、自らの腕力や道具を用いることで世界を『変容』させる――森を切り開き、道を敷き、街を築く、これら『物理領域』における変性もまた、重なりあいながら世界を構成する領域レイヤーのひとつ、『パルプ紙のように薄い透明のガラス板』の一枚であるからだ」


 たとえば『パルプ紙のように薄い透明のガラス板』を十枚重ねたものがあり、そのうち一枚だけ、炎の絵が描かれたものがあるとしたとき。

 重ねた十枚のうち、観測できるのは、重なったガラス板に映る『炎の絵』――発火・燃焼と言うだ。


 魔術によって灯した炎と、マッチを擦って灯した炎は、『世界』という総体の観測においては同じ『炎』である。


 何故ならば、『物理的手段』という、もっとも身近な領域レイヤーにおいて灯した炎と、魔術という、で灯した炎は、最終的に観測される現象としては、どちらも等しく同じ『炎』であるからだ。


「あるいは――我々が『魔術領域』と呼称する領域レイヤーのいずこかより、物理領域を観測する何者かが存在した時。我々が物理領域において行使するすべての力は、『我々にとっての魔術』に等しいものとして観測されるのかもしれない。だが――」


 ――と。そこでジムは足を止めた。

 横合いを見遣る。開け放たれた扉の先――その容積に反し、ひどく狭苦しい印象を与える部屋の中を見遣る。


 室内を狭苦しくしているのは、列をなしてずらりと林立する無数の硝子ガラス筒だった。

 人間ひとりがすっぽりとおさまるサイズの硝子筒はコードやチューブのようなもので天井や床と繋がれ、しかしそのすべてがひとつ残らず割られた状態で、ガラス片――それから色とりどりに輝く砂粒のようなものが、床に散らばっていた。


「ここか」


「地図の測量が正確なものであれば」


 独り言ちるジムに答えたのは、《賢者の塔》お抱えの冒険者――その片割れたる長躯の男、ネロであった。


「この部屋の奥にあたるポイントに、不自然な空白が存在します。私どもがこれまで臨んできた《遺跡》探索の経験上、こうした空間にはおおよそ隠し部屋があります」


「では、《鍵》の使いどころもここか」


 ジムは後ろを振り返り、パーティの最後列にひっそりと佇む協力者――《来訪者ノッカー》を見た。

 《来訪者ノッカー》は何を言うでもない。ジムは薄く笑い、あらためて室内を見渡した。


「リアルド教師せんせいは《来訪者ノッカー》と共に、どうか室外までお下がりを――諸君、これより室内の探索を開始する」


 ジムは宣言する。


「いかなる仕掛けがあるか分かったものではない。ここまできて油断で死ぬような真似は、くれぐれもしないでくれたまえよ」


 その注意は、パーティの仲間達へ向かって聞かせるためだけのものではなく。


 未だ人類よ誰ひとりとして果たすことなくある、――歴史に名を刻む究極の探求。それを間近に控えて昂る己自身を諫める、そのための言葉でもあった。

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