くすんだ銀の英雄譚~おひとよしおっさん冒険者のセカンドライフは、最大最難の大迷宮で~
40.えらくなった後輩とふたりで向かい合っていると、おっさんは我が身のちっぽけさが恥ずかしくてならないのです【後編】
40.えらくなった後輩とふたりで向かい合っていると、おっさんは我が身のちっぽけさが恥ずかしくてならないのです【後編】
「……残念だったね」
我知らず、シドの声は暗く沈んだ。
《大陸》に名を馳せる英雄・英傑が、ただ一度の取り返しのつかない失敗で呆気なく命を落とす――などという話は、神話の物語の中だけの話ではない。それらに比べれば、サイラスは命が残っただけ、まだよかったと言えないこともなかったが――だとしても、そうして道を絶たれてしまった若者の偉大さを想い、寂寞とした思いにとらわれてしまうことまでは、どうしようもない。
冒険者としてろくな実績も積めなかった――ちっぽけで平々凡々とした中年でしかない自分が、今ものうのうと五体満足の冒険者でいることを思えば。そのむなしさは、いっそう募った。
「とんでもない。たった七年ではありましたが、私は伝説と共に旅をしたのです」
だが、サイラスはかぶりを振った。
いくぶん身を乗り出すようにしながら、むしろ声に熱を込めて続ける。
「あなたのおかげで、私はかの伝説に連なることがかないました。たかだか、なりたての
「大袈裟すぎるよ、そんな……そりゃあ、俺だって頭を下げてお願いしたりはしたけれどさ。彼らはサイラスの素質と、将来性を買ってくれたんだ」
事実としても、シドが最後にサイラス・ユーデッケンの名を聞いたとき――彼は齢二十歳にして
翡翠より上には、九階位の頂点たる
もし、怪我で冒険から離れることなくいられれば――今頃サイラスはその頂にまで、手を伸ばしていたかもしれないのだ。
シドが初めてウィンダールの支部で会った時――はじめてミッドレイを離れて他所の土地で冒険者を始めた矢先に出会ったときは、本当に支部の誰からも持て余されていた、無鉄砲で我が強いばかりの冒険者だった。がむしゃらに実績を積んだおかげで階位こそ
思えばあの頃――当時の時点で十年も
が、
(けれど――)
けれど、素質は感じた。
正しく導いてくれる手があれば、彼はきっと夢の
そう思って――我ながら前のめりに思い余って。シドはそれから半年に渡って、サイラスに冒険者のイロハを教えた。より厳密にいえば、頼まれもしないのにつきまとった。
今にして思い返すと、何と傲慢で、思いあがった振舞いであったことか。すっかり忘れてしまっていたが、こうしてあらためて思い出すと、恥の重さで死にそうになる。
――何が『教える』だ。何が『導く』だ。
やがて
あれから十年経っても相も変らぬ、《
最初の出会いから半年ほどが過ぎて――たまたま、本当にたまたま、一度だけ《
少年の資質と将来性を語り、必ず高みへ昇りつめる冒険者であると訴えた。
世に冠たる英雄英傑達からすれば、あの時のシドはさぞみっともなく、惨めな姿であっただろうが――それでも彼らはその懇願をよしとして、サイラスをパーティの末席に加えてくれた。
仮に、あまりに必死だったシドの有様に、彼らが哀れを催したという側面があったのだとしても――それは彼らが正しく、サイラスの資質を認めてくれたという結果であったはずだ。
「……彼らが本当に連れてゆきたかったのは、あなたの方ですよ。シドさん」
「さすがにそいつは冗談きついよ、サイラス……あの頃の俺がどんな冒険者だったか、きみだって覚えてない訳じゃないだろうに」
「《
「うん。恥ずかしながらね」
自分から言い出したことではあったが。
サイラスの口から言葉にされてしまうと、思いのほかキツかった。
「《永遠の乙女》は、『未来』や『将来』など勘案しませんよ。一時でも長く、永遠の旅を続けるために――彼女は誰より厳しく、『現在』を見るひとでした」
「? だったら猶更じゃないか。サイラスは
「……本気で言っていますか?」
どこかほろ苦い笑みで言ってくるサイラス。
シドは渋面で唸った。
「むしろ、どこに嘘だと思える理由があるんだい。現にサイラスは、こうして立派になった――彼女達の眼鏡に狂いはなかった。他ならぬきみ自身が、その証明じゃないか」
あの頃からいっかな成長のない我が身を顧みれば、そんな台詞は羞恥に悶えてしまいそうな言い草ではあったのだが。
自信を欠いたようにほろ苦い笑みを深くするサイラスを、シドは心から讃えた。
――と。
その時になって、食前の酒を持ったウェイターがやってきた。
「おっと」と唸って苦い笑みを解き、サイラスは表情を明るくする。
「乾杯しましょう、シドさん。再会を祝して」
「ああ……そうだね。再会を祝して」
――そう。
これほどに大きく育った『後輩』が、自分みたいなやつとの再会を喜んでくれるのだ。
今は、彼の言葉にありがたく倣うことにして。シドは受け取ったばかりの瀟洒なグラスを、高々とテーブルの上へ掲げていった。
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