41.再会が立て続けに襲ってきて、さすがにちょっと感情が追いつかなくなりそうです


 昼食は、びっくりするくらいおいしかった。そして、それ以上に豪勢だった。

 単純に「おいしいもの」ならばいくらでも――それこそ、ミレイナの手料理とか――思いつくが、しかし、「豪勢なもの」となるとあまり心当たりがない。


 覚えがある中で、今日のこれより豪勢な食事といえば――《ティル・ナ・ノーグの杖》探索の冒険の最中で知遇を得たクロンツァルト随一の貴公子、エルレーン卿の屋敷にお招きあずかったときにいただいた、晩餐のディナーコースくらいのものであろう。


 しかも、今日のコースはただ豪勢なだけではない。

 内陸に位置するオルランドの店であるにもかかわらず、あろうことか魚料理ポワソンに海鮮料理が供されたのだ。


 ワインソースで煮詰めた海老の身を殻に詰めて焼いた、テルミドールという料理だそうである。おっかなびっくりしながら一口すると、いっぱいに広がるソースの芳香が口の中で撥ねるようにぷりぷりした海老の旨味と相まって、あまりの旨さで頭の中身が倍に膨れ上がるようだった。


 口の中を爽やかに洗い流すシャーベットに続いて供された肉料理も、言うまでもなく絶品だった。

 柔らかく、噛めば噛むほど旨味が口の中にあふれる牛フィレのステーキは、農耕用の牛を転用した肉のそれではない。いつぞやにエルレーン卿の屋敷で御馳走になったのと同じ、丹精込めて育て上げた食用の牛である。


 デザートまで食べ終え、店を出た後も、シドは感動で頭がふわふわしていた。


「サイラス……きみ、いつもこんなおいしいもの食べてるの……?」


 シドが訊ねると、サイラスはおかしげに笑った。


「毎日だなんて、とんでもない。特別の日だけ。たまにですよ。今日はシドさんとの再会を祝して、特別のお祝いです――お口にはあいましたか?」


「合わない訳がない、最高だよ。……本当においしかった」


 無理とはわかっていたけれど、ミレイナやターニャ達にも食べさせてあげたい。そうできない心苦しさと、ただただおいしいものを食べられた感動とで、目頭が熱くなってしまいそうだった。


「ところでシドさん。今日は急な形で、私の昼食におつきあいをいただいてしまいましたし、そのうえでお訊ねするのも恐縮なのですが――」


「いやいやいや。やめてくれとんでもない、恐縮だなんてそんな」


 まったく、とんでもないことである。むしろ恐縮すべきはシドの方だ。

 確かに急なことではあったが、とてもおいしいお昼ご飯だった――何より、サイラスとの再会は純粋に嬉しかった。あの時の少年が立派な青年となった姿を見られたことも。

 あたふたするシドに、サイラスは好ましげな笑みを広げて、


「では、恐縮は抜きでお訊ねしましょう。この後の予定は、もう決まっておいでなのですか?」


「そうだね……」


 シドは町の北方を振り仰いだ。

 その視線が向かう先を追って、サイラスもおとがいを上げる。


「……連盟での手続きを済ませたら、今日のうちに一度、下見に行っておきたいと思っていたんだけれど」


「《箱舟アーク》ですか」


 そこには天高くまで伸びる灰色の塔――《箱舟アーク》の偉容がそびえている。

 オルランドの異名、《遺跡都市》の所以たる遺跡にして迷宮メイズ

 最大・最難をうたわれる、オルランドの大迷宮。


「そうでしたか……ではシドさんも、《箱舟アーク》へ挑まれるのですね」


「うん……まあ、そのつもりでいるけれど」


 力のない笑みを口の端に刻みながら、シドは店の前から歩き出した。

 脚の向く先は、オルランドの《連盟》支部である。


「本当に挑むかどうかは、まだ何とも……今はまだ、所属先の冒険者宿も決まっていないし」


 そして、思うに最大の難関は、まさしくになるのかもしれなかった。


 冒険者の宿にだって、身を置く冒険者を選ぶ権利くらいある。

 セルマは宿のリストを用意してくれると言っていたが、こちらはくたびれて冴えないおっさん冒険者、まして《くすんだ銀オクシダイズド・シルバー》である。

 そんなうらぶれ冒険者を寝起きさせてくれる宿など、果してこのオルランドに存在するのだろうか。


「――そういえば、セルマさん。サイラスはなんだか仲良さそうだったけど、彼女とはどういう関係なんだい?」


「はあ、彼女ですか」


 途端、サイラスは目に見えて、ぎこちなくはにかんだ。

 その反応だけで、二人の関係はシドにもおおよそおおよそ察しがついたが。


「なんというか、私の……従者、の、ようなものですね。四年ほど前に、旅の途中で……ええ、まあ、いろいろとあったのですが。結局私が彼女の主人マスターという形におさまりまして。私が冒険者を引退したときに、彼女もそのまま」


 サイラスがオルランド支部へおさまったのにくっついて、彼女も職員として働きつつオルランドへ落ち着いた――と、いうことらしい。


「いい子みたいだね。真面目そうで、落ち着きがあって。彼女に助けられている冒険者は、きっと大勢いるんだろうと思ったよ」


「ええ。はい。まあ……確かに彼女は、シドさんが、仰るとおりの女性です」


 ――と。 


 これもまた、分かりやすく。最前と対照的に、男らしい面相が曇る。

 自ずと、シドの面からも笑みが消える。


「もしかして、彼女が《機甲人形オートマタ》だってことで、何か?」


「……やはりシドさんはお気づきでしたか。彼女が《人形ドール》であると」


 機甲人形オートマタ

 術式機構と絡繰からくり仕掛けで稼働する――人の姿をしながら人ならざる、人の手によって世に送り出された《人形ドール》たち。

 シドが頷くと、サイラスは深くため息をつき、力なく天を仰いだ。


「さて、どうなのでしょうね……あるいは真実それだけの理由なのかもしれませんが」


 サイラスのことばが、一時立ち消える。

 ややあって、彼はぽつりと言った。


「――実は、先日に結婚を申し入れました。彼女に」


「結婚!?」


 思わず、声が跳ねた。《人形ドール》と結婚? それは果たしていいのだろうか、問題はないのだろうか――などという懸念が次々と脳裏をよぎり、シドはあたふたする。


 だが何より、そもそもの問題として。

 主人マスターである彼からの求婚――その申し入れへの答えに、人形ドール・スレイヴである彼女の意志は関与しうるのだろうか――


「ですが……断られてしまいまして」


「え」


 ほろ苦く笑うサイラスのことばが、再び立ち消える。


 思い返してみれば。サイラスとセルマの間に、たとえば『恋人』と呼びうるほど公然とした付き合いがあるとしたら――最前に見た、セルマに対する若い冒険者の態度は、いくら何でも度が過ぎた。


 だが、仮にサイラスとセルマの関係が、表向き『主人と従者』の建付けにおさまっているのだとしたら。

 さらに言えば、件の『求婚』の経緯を、何かしらの形で知る機会があったとしたら――


 ふたりの間に沈黙が落ちる。シドは後輩の横顔を伺いながら、彼にセルマの話を振ったことを、内心、後悔しはじめていた。


(……何をやってるんだ、俺は)


 あの頃からまったく代わり映えのない己の有様に忸怩たるものを覚えこそしたものの、立派になったサイラスとの再会が嬉しく、誇らしく、自分は浮かれていた。


 その浮かれきった勢いのまま――本来であれば自分のような者が立ち入ってはいけない場所にまで、不用意に足を踏み入れてしまったのではないか、と――



「――シド?」


「え?」



 いつしか、連盟支部が面する《英雄広場》まで戻っていた。

 唐突に名を呼ばれ、シドは弾かれたように声がした先を――正面を見る。


 ――森妖精エルフの娘が、シドを見ていた。


 優しげに垂れた目をいっぱいに見開いて。まるで、いるはずのない幽霊を見つけてしまったとでもいうように――その場から少しでも動けばそれは幻と変わって消えてしまうのだと恐れていかのるように、おずおずと中途半端に立ち尽くして。

 彼女は、



「――?」


「!……シド――!」


 シドが名を呼んだ瞬間、初めて現実へと立ち返ったかのように。

 森妖精エルフの娘はもう一度シドの名を呼び、人の行き交う《英雄広場》を矢のように真っすぐ、軽やかに駆けてきた。


 その身体が、シドの胸に飛び込む。

 背中に回り、強く抱きしめる両腕。陽を浴びて金糸のように輝く髪が舞って、シドの鼻先をふわりとやわらかな香りでくすぐっていく。


「え……ふぃ、フィオレ? 本当にフィオレなの!? きみ、どうしてここに」


 ――フィオレ。

 フィオレ・セイフォングラム。


 紛れもなく。つい先日まで、《ティル・ナ・ノーグの杖》奪還の冒険を共に潜り抜けてきた森妖精エルフの彼女だ。

 その彼女は、きつくシドの胸へと押し付けていた顔を上げ、


「――あなたを追いかけてきたに決まってるじゃない!!」


 喚いた。

 犬歯を剥いて、噛みつくようにぐあっと声を荒げた顔は朱を散らして赤く、睫の長い眦には猛烈な感情のあまり、涙が浮いていた。


「ミッドレイから! シドを追いかけて来たのに!……なのに、あなた今まで、どこで、いったい何をやってたの!?」


「どこで……って、言われても、その」


 へどもどと唸るシド。

 その半端さでいっそう激情を煽られ、フィオレはさらに声を大きくして喚く。


ここオルランドに来てからの

 私っ……ずっとあなたのこと、心配してたんだからね――!?」


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