39.えらくなった後輩とふたりで向かい合っていると、おっさんは我が身のちっぽけさが恥ずかしくてならないのです【前編】


「本当にお懐かしいです、シドさん」


 しみじみとそう零すサイラスと二人でテーブルを囲んでいたのは、《諸王立冒険者連盟機構》オルランド支部のある《英雄広場》から通りを進んだ先にあった、小洒落た雰囲気の店だった。


 冒険を終えた後の祝勝会に使うような、宿屋兼酒場のといった類のパブではない。

 そうした場所に縁のないシドにすら一目でそれとわかる、本格的な、レストランの構えである。

 昼時というには遅い時間帯なせいか、客の姿はまばらだったが――シックな色合いをした木製のテーブルに腰を落ち着けた人々は、どれもこれも総じて身なりがよかった。


 席に案内されてさほども経たぬうちに、パリッとしたベストとスラックスも美しいウェイターが、音もなくテーブルへとやってきた。


「ようこそお越しくださいました、サイラス様。本日のご注文は何にいたしますか」


「昼のコースを――ああ、そうだシドさん。鴨肉と牛肉、どちらがお好きですか?」


「ぅえ? ああ、うん、牛肉……だと、思うけど」


「ははは、まさしくですね。やはり冒険者たるもの、ガツンと力のつくものを食べなくては――メインにフィレのステーキ。ソルベは季節のものをお願いしよう」


「かしこまりました」


 整髪料でぴしりと撫でつけた髪もパリッとしたウェイターは、恭しい一礼を残して去っていった。


 サイラスは素晴らしく場馴れしていた。


 一方のシドはおののいていた。

 何が起きているんだ、今、俺の身に。


「なんていうか……ずいぶん立派になったね。正直、サイラスだなんて、最初見た時はちっとも気づけなかった」


「シドさんはお変わりないご様子で――いえ、心なしか少し、瘦せられたように見えますね」


「いやぁ、それはさすがに気のせいだと思うよ。おっさんだし。いい加減、中年太りも気になってきてるし」


「ははは、ご謙遜を」


 そこは別にご謙遜でもなんでもないので、シドとしては大変いたたまれなかった。


「……《永遠とわの翼》で、今も冒険者をしてるものだと思ってた。オルランドの副支部長になっていたんだね」


「はい。去年から。……実は三年ほど前に、膝をやられてしまいまして」


 僅かに、ほろ苦い気配を覗かせて。サイラスはテーブルの下で、自身の膝を撫でたようだった。


 冒険者の中には、一線を退いた後に連盟の職員となる者がいる。多くの場合、怪我や病気でこれ以上冒険者としてやっていくのが難しくなった者や、年齢を重ねて自身の衰えを痛感したりした者が、その後の生計たつきを立てる手段として選択するものだ。

 身近なところでは、ミッドレイ支部でシドが長らく世話になっていたドルセンもその類で、シドが冒険者になったばかりの頃は、彼もまた一線で活動する冒険者だった。


 依頼を持ち込む市井の人々では判断がつかないような、仕事の内実や危険性の見極め――こうした、マニュアル化の困難な判断には、実際にそうした仕事に携わってきた者達の、冒険者としての経験や知見が求められる場面が少なくない。

 この辺りの判定が杜撰だと、危険な幻獣を討伐するはずの仕事で完全な肩透かしを食わせたり、無駄足を踏ませたり、逆に簡単なはずの仕事で思わぬ危険に追い込んでしまう。肩透かしや無駄足程度ならまあかわいいもので、下手をすればそれで冒険者を死なせてしまったり、冒険者としては再起不能の重傷を負わせてしまったりすることさえある。


 冒険者の世界は、広いようでいて意外と狭い。そうした『問題のある』『信用ならない』支部の噂はさざ波のようにひそかに冒険者たちの間で広まるし、そうなれば当の冒険者達から忌避され、仕事がまわらなくなってしまう。


 なので、各地の連盟支部も、経験篤い冒険者の雇用には積極的だ。

 現役の冒険者達からの信頼と安心を得るための、知識と知見を買うということだ。

 支部の側から乞われて、職員となる冒険者もいる――もちろんそのような形で雇われるのは、現役時代に相応の経験と実績を積んだ冒険者ばかりだが。


 往々にして、そうしたベテランの冒険者は後輩からの信頼も篤いので、内容や報酬に多少難がある仕事だとしても、「あの人からの頼みなら」という形で引き受けてもらえるといったこともある。

 名のある冒険者であれば、その名声と威光を慕って冒険者達が集まってくることもある。


 そうした形で支部に貢献した元冒険者が、その実績や人脈を鑑みて支部長やそれに準ずる役員へ推されるというのも、多いとは言えずとも、決して珍しいことではなかった。


「日常生活程度なら問題ないのですがね。三年前に、《箱舟アーク》を探索していた時に――罠にかかってしまいまして。運悪く仲間とはぐれていたせいで治療が遅れ、癒しの術でも完全には治りきりませんでした」


「それで……パーティから外れたのかい?」


「仲間達も、《永遠の乙女》様も、私の離脱を惜しんでくださいました。ですが、それまでどおり冒険者としてやっていくのが難しいと分かったうえで、連れていってくれなどとお願いする訳にはいきません」


 ――《永遠とわの翼》は、さる人間の騎士が盟友たる森妖精エルフのために結成したとの逸話を持つ、現存する中においては最古のパーティである。


 森妖精エルフの寿命は、人のそれよりはるかに長い。

 冒険を愛し、旅と共に生きる友が、自分が衰え共に歩むことが叶わなくなった後にも絶えることなき冒険と共にあれるよう――人間の青年は自身の旅の終わりを悟った時、自ら選りすぐった後進の英傑達を呼び集め、盟友の旅、その供を託した。


 とこしえに終わることなき、冒険と友情のしるしとして。

 それが、冒険者パーティ《永遠の翼》の、歴史のはじまりであるという。


 その逸話が事実であるかを知る者は、今や親友が遺したパーティの名と共に終わりなき旅を続ける森妖精エルフただ一人である。

 だが、少なくとも連盟の記録上――《永遠の翼》は遠く多島海アースシーでの結成から現在に至るまでゆうに百五十年の歴史を持つ、現存する中では紛れもない最古の冒険者パーティだ。


 その席へ新たに列されることかなうのは、パーティに身を置く選りすぐられた冒険者達から認められし、一流の冒険者のみ。

 数多の名だたる冒険者がその身を置き、やがてその列から離れ――なおも世界を渡る翼であり続ける、


 その列に加わり、共に旅をすることが、十四歳のサイラス少年が夢に描いていた、冒険者としての夢――生き様だった。


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