46.同じ街にいるということは、不意に出くわすことだってあるのだということです。


「じゃあ、ナザリさんの里は《真銀の森》の近くなんだ」


「そうなの。もともと《真銀の森うち》は外との交流が多いところだから、ナザリさんのところとも交易で縁があって」


 陽が落ちて、夕食時。客でにぎわい始めた一階のレストラン――その片隅。

 山盛りの大皿料理がいっぱいに並んだ四人掛けのテーブルをを挟んで、シドとフィオレはその日の夕食を囲んでいた。


「エリクセルさんは、交易で森と外とを行き来する流離人ワンダラーで――ナザリさんとも、交易先の里で知り合ったんですって」


 そう話すフィオレの声は弾んでいた。

 女の子だから――という訳でもあるまいが、どうもフィオレは、他人の色恋沙汰の話が好きらしかった。《ティル・ナ・ノーグの杖》の探索で一緒に旅をしていた頃も、アレンとミリーの友人とも恋人とも言い難い関係をひときわ注視し、何かと気をもんでいたのがフィオレだった。


「しかし、そっかぁ……森妖精エルフ山妖精ドワーフで結婚かぁ」


「やっぱり、珍しいわよね。お父様や長老衆の方々も、前代未聞だってびっくりしてたくらいだし」


 フィオレは楽しげに声を弾ませ、明るく笑った。


 同族であればいざ知らず、種が異なる妖精種同士での結婚はきわめて珍しい。

 人間と妖精種の結婚に輪をかけて、はるかに珍しい。これは『人間社会の観測において』といった但し書きの一切を抜きに、真実そのままの意味で稀なることだった。


 生活圏が異なるせいだ。

 森妖精エルフは森を。山妖精ドワーフは山を。各々の住処とし、そこから離れることはあまりない。

 エリクセルのように森の外へ交易に出る同胞が『流離人ワンダラー』と呼称されるのも、自身の生活圏に深く根差した彼らの意識に端を発するものであろう。


 もちろん、この筋立てに首をひねる者は多くあるだろう。

 たとえばこれが、深い森を湛えた山であれば、森妖精エルフ山妖精ドワーフの双方が住まい、里同士での交流も十分起こりえるのではないか、と。


 だが、実際はそう簡単な話でもない。むしろ、そうした形で住処を近くする妖精種同士は、却って敵対的であることの方が多かった。


 一般的に、山妖精ドワーフ達は力強き鉱夫であり、また優れた鍛冶師であるという。

 鍛冶の技を振るうにあたっては火が、燃料が欠かせない。つまりは材木が。それも大量に。また鉱山の開発にあたっては、少なからぬ形で周囲の森林を傷つけ、あるいは水源を汚すような事態も起きる。


 この場合――山地の森をその住処とする森妖精エルフ達からすれば、山妖精ドワーフとは自らの住処を荒らす、害獣に等しい存在である。

 むしろ、山地から離れた平原の森林に里を置く森妖精エルフ達の方が、山妖精ドワーフに対する嫌悪ははるかに小さい。


 他方、山妖精ドワーフ達からしても、森妖精エルフとは往々にして嫌悪の対象であった。


 山妖精ドワーフとて考えなしであろうはずがない。

 切った分の木は新たに苗木を植え、『植林』という形で鍛冶の燃料――つまりは木々の保全に努めていたし、鉱山の開発で水源を汚染してしまえば自らの首を絞めることに繋がるのも、当然ながら理解していた。


 山妖精ドワーフは力強き鉱夫であり、優れた鍛冶師であり――文明の向上に飽くなき研鑽を重ねる、研究者でもあった。一般的に森妖精エルフ山妖精ドワーフでは後者の方が人間種族に親和的であるが、それはこうした気質に端を発するものであろうといわれている。


 ともあれ、そうした彼らからすれば、自ら手を動かすでもなく、よりよい形で知恵を出すでもなく、山妖精ドワーフのやることに一方的にけちばかりつけてくる――それどころか、時には力ずくで排除しようとさえしてくる森妖精エルフ達は、プライドが肥大して口先ばかり達者になった、態度がでかくて乱暴なばかりの怠け者でしかなかった。

 むしろ里を離れ、人間種族の街で暮らすようになった山妖精ドワーフ達の方が、こうした森妖精エルフに対する侮蔑の意識は薄い。


 古い俗説に「森妖精エルフ山妖精ドワーフは不仲である」というものがあるが――それもつまるところ、こうした双方の対立、そして相互の無理解を発端とするものであったのだ。


「私のところは外との交流が盛んなほうだけど、それだってせいぜいここ百年かそれくらいの話みたいだし。姉さんくらいの歳でも山妖精ドワーフに苦手意識があるくらいだから、まだまだ時間の積み重ねが足りてないってことなのよね……」


 ――時間間隔が、まるで違う。

 溜息混じりでこぼすフィオレに内心圧倒されるものを覚えながら、シドは気を取り直すように、食卓に並ぶ料理を摘まんでいく。


 ――古からの冗句ジョークに曰く。ドワーフの血は、脂と酒でできている。


 食卓に並ぶ大皿は、まさしくその体現と言うべきものだった。


 熱い脂がしたたるような、鶏の丸焼き。

 豚肉とニラをふんだんにつぎ込んだパエリア。

 根菜とキャベツを主として、野菜が煌めくほどの油をつぎ込んで炒めた野菜炒め。


 どれも、脂のうまみが味蕾の奥まで染み入る絶品ばかりである。


 グラスには――こちらの注文すら待たず――なみなみと火酒が注がれた。山妖精ドワーフ達が愛飲する、喉が焼けるように強烈な蒸留酒である。

 さらには酒のあてということか、これだけはふたりぶんの小皿に分けた乾燥肉ジャーキーまでついてきた。


「ふたりが結婚したあと里にいられなかったのだって、そのせいみたいなものだし……《地中海イナーシー》の方へ行かれたのは知っていたんだけど」


「それで、このオルランドに」


「そうなの。ここが気に入ったからって落ち着いて、この店を開いたんですって。びっくりしちゃったわ」


「そうなんだ……でも、すごい偶然だね」


「あ、それ私も思った! すっごい偶然よね」


 オルランドに知人が住んでいたのもさることながら、その知人に見つけて貰えたということも。偶然というにもできすぎた、幸運のなせる業ではないだろうか。


「なにが偶然なもんかい」


 ――と、そこへ。

 しみじみ感嘆の息をつくシドの感想に口を挟みながら、ナザリがどんと新しい料理の皿を置いた。


 ウサギの肉とチーズ、刻み野菜をたっぷり挟んで揚げた、平パスタ餃子ラビオリだった。


「旦那の連れてる風精霊シルフィードが、この子の顔とオーラを覚えてたのさ。

 その風精霊が、この子フィオレが宿も取れないでひとりで延々うろうろしてるって煩く心配するもんだからさ。こりゃあもう仕方がないってんで、わざわざ迎えに行って、ウチまで引っ張ってきてやったのさ」


「ナザリさん!?」


 真っ赤になって抗議するフィオレ。

 シドは「はぁ」と呆気にとられたような息をつく。


「なんだか、ほんとうに大変な思いをさせちゃったみたいだね……フィオレ」


「だから、それはいいの! 私が自分ではじめたことだし――それは、シドのことは心配だったけど、ここまでの旅は、それはそれで楽しかったりもしたし……」


 まだ顔を赤くしたままのフィオレは、そう言いながら、いくぶん申し訳なさそうにしていたが。

 しかし、シドからすればむしろそれは僥倖である。どうにも迷惑をかけてしまった格好だが、それが彼女にとっても実のある旅であったというなら、少しは胸が軽くなる。


「とはいえ、こうしてシドにも会えたし。この後はどうしようかなぁって――」


 ――からんからん。


「いらっしゃーい! 空いてる席、好きなとこ使っとくれ!」


 ドアベルを鳴らして、新たな客の一団が店に入ってきた。

 ナザリの声が気持ちよく飛び、シドはそれにつられる格好で、新たに入ってきた客の姿へ視線を向けて。そして、


 瞠目した。


「おや」


 同時に、相手の方も。シドの存在に気づいたようだった。

 男五人、女一人の六人連れ。鎧の類は外していたが、それでも身に着けた武器と総身にまとった空気で、彼らが冒険者であることは容易に察せられるだろう。

 彼らは、


「よもや、こんなところで再びお会いしようとは――と言っても、せいぜい半日ぶりといったところですが」


 ――ジム・ドートレス。

 水竜人ハイドラフォークの里から《箱》を奪い、そこにおさめられた《鍵》を手中におさめた――


 《軌道猟兵団》の冒険者たちが。

 そこに、いた。

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