45.思いがけない旧知との再会は、何もおじさんだけの特権ではないのだということです。


 《英雄広場》を離れ、先導するフィオレの後に続いて歩くことしばし。

 オルランドを縦横に走る大道から離れていくらか入った先――左右に店の軒先が並ぶ商店街、その中の一軒で、フィオレは足を止めた。


「ここよ」


 店先に下げた瀟洒な金属製の看板に、《Leaf Stone》と屋号を飾った、小作りな二階建ての建屋だった。

 夕食の時間が近いせいだろう。換気のために開けた窓からかぐわしい料理の匂いが漂ってきて、シドは思わずごくりと生唾を飲み込んでいた。

 ドアベルの音を鳴らして玄関の扉を開け、フィオレは店の中へ呼びかけた。


「ただいま戻りました!」


 一階は酒場兼レストラン。平原地方でもよく見る型式のようだった。

 目を引くところがあるとすれば、それは店構えではなく、店の壁を飾る色鮮やかなタペストリ――そして、その店を切り盛りしているのであろう、店主夫妻の方だった。


 揃いのエプロンをかけた夫婦者。

 かたや、男の方はひょろりと背が高い猫背の森妖精エルフ

 かたや、女の方は男のみぞおちほどまでの背しかない、どこかまるっこい小石を思わせる風貌の山妖精ドワーフだった。


 声を弾ませて戻ってきたフィオレに、カウンターの向こうで食器を拭いていた男の方がおっとりと笑みを広げる。


「おかえりなさい、フィオレさん。今日は何か、いいことがありましたか?」


「あ、はい! やっぱり、分かっちゃいますか?」


 はにかむフィオレに、女の方が「はは」と笑った。


「分かるも何も、朝と顔色が別物さね。朝は死霊ゴーストもかくやの真っ白けが、今は遊びから帰ったばかりのわんぱくみたいなツラしてるんだ。分からない訳あるかい」


「え。え? そ、そんなに違います?」


 言葉遣いこそ荒っぽいが、邪気のない物言いで指摘され、フィオレは色白の頬を真っ赤にする。

 「で」、と。女山妖精ドワーフの目が、玄関のところでぼんやり突っ立っていたシドに向く。


「あんたが、この子の探してたって男かい? シドなんたらとかいう」


「シド・バレンスです。これまでの経緯を、彼女からどう伺っていたかは存じませんが……そのシドで間違いないかと思います」


 ぎこちなく言うシドを、女はのしのしと歩み寄るなり、検分する調子でじろじろと見上げていたが。

 やがてカウンターの夫と顔を見合わせて、くしゃりと笑った。

 そして、


「ま、何にせよめでたいことじゃないか!」


 ばあん! と力強く。シドの背中を叩いた。

 女性とはいえ、山妖精ドワーフの平手である。叩かれたところが痺れるくらいに痛かった。


「フィオレ! 今日の夕食はあんたの祝いだ。とくべつうまいもん用意してやっから、いっぱい食べな!」


「嬉しい! 私、今日はなんだか急にお腹がすいてきちゃったみたいで!」


「あの」


 気の置けないやりとりの間にくちばしを突っ込むのは、さすがに少なからぬ勇気というか、思い切りが必要だったが。

 シドはおずおずと、気になっていたことを訊ねた。


「このタイミングでこういうことを伺うのも、どうかとは思うんですが。もしかしてお二人は、フィオレと以前からのお知り合いで……?」


「古馴染みさ。この子は旦那の同郷でね」


 女山妖精ドワーフがあっさりと答えた。


森妖精エルフなんて連中、うちの旦那以外はお高く留まった高慢ちきどもばかりだと思ってたんだが、この子はどーにも威厳の足りない可愛い子なんでねぇ。仲良くさせてもらってるよ」


「あの、ナザリさん……私のこと子供みたいに言うの、そろそろやめてくれません……?」


「はあ? 何をナマ言ってんだい、あんた初めて会った時にゃこんなくらいのちびだったじゃないか。そりゃあ今はあたしよか身長タッパが伸びちゃいるけど、森妖精エルフン中じゃ文字通りの子供ってくらいだろう?」


「だから、子供じゃありません。もう成人しましたから!」


 にやにやと意地悪く子供をからかう構えの女山妖精ドワーフに、眉を吊り上げて声を大きくするフィオレ。

 呆気に取られて二人の言い合いを見ていたシドのところへ、カウンターでおっとり目を細めていた夫の方がやってきた。


「申し訳ありません、お客様の前で騒がしくして。私は《真銀の森》の森妖精エルフ、名をエリクセルと申します。あちらは妻のナザリ。レリグ山脈の山妖精ドワーフです」


「シド・バレンスです――その、はじめまして。どうぞお構いなく」


 エリクセルと名乗った森妖精は、ただでさえ細い目を一層細めて微笑んだ。


「ナザリ、しばらく厨房を頼むよ。私はお客人の部屋を支度してくる」


「あ、そうなんですエリクセルさん! シド、まだ今晩の宿が決まってなくて――お部屋、まだ空きがありましたよね?」


 言い合いに夢中になっていたフィオレは、今になってシドを連れて来た当初の理由を思い出したらしい。あたふたと言う彼女へにっこりと笑みを深くし、エリクセルは「大丈夫」と請け負う代わりに軽く手を振って、二階へ上がっていった。


 「さて」と場を仕切りなおして。

 ナザリは腰に両手を当てながら、シドとフィオレを見渡した。


「シド……バレンスだっけ。あんた、この子の馴染みの冒険者だって聞いてるよ。ついこないだまで、この子と一緒に冒険してた仲なんだってね?」


 そこは過たず事実である。

 「ええ」と頷くシドに、山妖精ドワーフの女将はにんまりと笑顔を広げた。


「今から夕飯の支度はじめるけど――あんたは冒険者で、しかも男だ。さぞ、たらふく食うんだろうね?」


「え? ええ……まあ、はい」


 正直に言えば、昔ならいざ知らずいい加減いい歳だし、男女を問わず大食をもって鳴らす土妖精ドワーフのお眼鏡にかなう食いっぷりはまず望めそうにないのだが。


 腕が鳴る、と言わんばかりに腕まくりする女将の問いは――到底、否やを返せる雰囲気ではなかった。

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