51.世界は思ったより狭いのかもしれないし、べつにそんなこともないのかもしれないという話。
――だからか。
シドは不意に得心した。
秘宝を護れなかった罰とはいえ、ただ一度の失敗をもってフィオレが――宝物庫の警備にあたっていたエルフすべてではなく、フィオレのみが探索の旅へと送り出された、その理由。
ティル・ナ・ノーグの杖。それが《ティル・ナ・ノーグの輝石》をおさめた秘宝であるという、その正体は――本来、部族長の血族以外に知られてはならないものだから。
その正体を知らぬ者が『杖』の探索にあたるとなれば、あるいはそれゆえの何気ない軽挙が、取り返しのつかない事態を招くやもしれない。また、同族たる
「君が一人で旅立ち……そのきみが森の外で、俺達みたいな人間の冒険者を旅の仲間として認めたのは、それが理由だったと?」
「……うん」
心苦しげに、フィオレは唇を噛んで頷く。
シド達五人がフィオレの探索に同道したきっかけは、煎じ詰めればなりゆきとしか言いようのない経緯だったが。
だが、なりゆきで同行を申し出たシド達を、フィオレが旅の道連れとして受け入れた、その理由は。
もちろんこの場合も、無関係の人間に《輝石》の秘密を知られるリスクはある。
だが、人間種族であればその寿命は数十年から、どう長く見積もっても百年以内。資格無き者が秘密を預る期間は、同族のそれと比べれば、はるかに短い。
そして煎じ詰めれば、本来、《ティル・ナ・ノーグの杖》が《ティル・ナ・ノーグの輝石》をおさめたものであると知りうるのは、部族長の血族というごく限られた一族のみなのだ。
「けれど、ジム・ドートレスは……彼は『杖』を、『輝石』と言った」
「そう。彼は、本来ならば私達以外が知るはずのないことを知っていた」
シドは唸る。フィオレの言い分は理解できたが、そのうえで確かめておきたいことはあった。
「……これは、あくまで可能性の検討として聞いてほしんだけど。たまたま、彼が誰かから聞いてしまったということは考えられないかい? 俺が、きみから話してもらったみたいに」
「…………ないとは言い切れない、かな」
フィオレは少し考え込んでから、慎重にそう答えた。
「部族長の血筋で森の外へ出たのは、この数百年なら私と叔父様くらいだそうだし、もとよりそうそう周りに話すことじゃないけれど……でも彼は少なくとも、お父様たちとは間違いなく会っていたみたいだし。その実情を知る機会がまったくなかったかとなれば、そんなことはなかったと思う。けど」
けれど、と。フィオレは言い淀んだ。
一族の口伝としてのみ伝えられる秘密を、たかだか外からの客人相手に詳らかにすることが果たしてあるか。あったとして、それを語ることとなった理由は何か。
たまたま聞かれた?
あるいは、彼ら彼女らに聞くまでもなく――それ以前の段階で、ジム達は《杖》の正体を知っていたのだろうか。
可能性の枝は分岐し、その枝を剪定する術は今の自分達にはない。
いくつもの疑問が渦を巻いて、フィオレの思考は目詰まりを起こしかけているようだった。
「そうした可能性の問題を言うなら、あれは彼の単なる言い間違いで、私が無暗に勘ぐってるだけなのかもしれない、なんてことまで言えてしまう――でも私は、あの杖が《ティル・ナ・ノーグの輝石》であると知り得る存在に、心当たりがあるから」
わかるでしょう? と言うように。フィオレはシドを見る。
そうなのだ。シドも確かに、彼女と同じく心当たりがあった。ひとつ。
《ティル・ナ・ノーグの杖》は、フィオレとシド達の手で奪還された。
だが、
「――部族の森から《杖》を奪った、襲撃者」
森から《ティル・ナ・ノーグの杖》を奪った直接の襲撃者とは、一連の探索と杖の奪還において、最後まで干戈を交えることなく終わったのだ。
突飛な発想ではある。両者を明確に結ぶ糸さえ、今の段階では明らかではない。
だが――にもかかわらず、シドもまた、それをありうることだと感じてしまった。
なぜなら、
「ねえ、シド。私からも訊いていい?」
深い思慮の光を、その碧眼に宿しながら。フィオレは居住まいを正し、シドへ問いかけた。
「私も、あなたに訊きたいことがあるの。あなたが――あなたみたいなひとが、最初から彼らを警戒していた、その理由」
「……そうだね」
シドは頷く。
警戒していた。ああ、そうだろう。少なくとも平常ではなかった。
理由など、今更振り返るまでもない。なぜなら、
(彼らは……)
なぜなら彼らは、
自らが信ずる探索、その完遂のため、部族の戦士八人を手にかけた。
彼らは自らの意思で以てそれらを遂行した、その――張本人でもあるのだから。
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