くすんだ銀の英雄譚~おひとよしおっさん冒険者のセカンドライフは、最大最難の大迷宮で~
33.ここまで長い旅でした――けれど、本題はここから。おっさん冒険者のセカンドライフは、今まさにはじまったばかり、なのだ!!
33.ここまで長い旅でした――けれど、本題はここから。おっさん冒険者のセカンドライフは、今まさにはじまったばかり、なのだ!!
「着いた――――っ!」
《大陸》に名高き遺跡都市オルランド。
丘を下った馬車がその城門前までたどり着くと、サティアは胸いっぱいの喜びを吐き出すように、明るい声を張り上げた。
「着いたよ、おじさん! ここがあたしの
「ああ……」
高くそびえる城壁を――その城壁越しにもその高みを垣間見える《
しかし、すぐさまシドの鈍い反応を、『感激のあまり言葉が出ない』とでも解釈したのだろう。サティアはにっこり笑って機嫌を直し、大道を進む列の間に自身の馬車を滑り込ませていった。
都市に入る際の検問は、オルランドでは行わない。
行き交う人と馬車の数が多すぎて、そうしたチェックは完全に放り出しているのだ。
「そういう訳だから、正直なとこオルランドの治安はそんなよくないです。おじさんみたく田舎から来た人はさ、お財布スられないように気をつけとかなないとだめだよー?」
「ん……」
うきうきと言うサティアだが、御者席の隣に座るシドの反応は相変わらず鈍い。
さすがに引っかかるものを覚えて、サティアはシドの顔を覗き込んだ。
「ねえ、おじさん。ほんと大丈夫?」
「え? ああ……うん、まあ。今日はいろいろあったから」
「…………まあ、そうだよね。あんな連中につけ狙われた後だもんね」
《箱》――より正確にはその『偽物』を奪っていった、
あるいは、シドと彼女では――あの一連の事態から想起する感情は、異なったものであったかもしれないが。
「なんかさ、ごめんね? 巻き込んじゃって」
「いや、俺のことはべつにいいんだ。これでも冒険者だし、荒事は慣れてるから」
だが――と。シドは唸る。
自分のことはこの際どうでもいい。シドの気がかりは、他にある。
「……あの
「え。それは大丈夫っしょ」
サティアはあっけらかんと言った。
あまりの呆気なさに、シドは困惑する。
「……どうして、そんなにはっきり確信できるんだい?」
「だって、もし偽物だってあいつらにバレたら、そこからアシがついちゃうじゃん。
仮にあいつらがそれに気づいてあたし達をおっかけてきて、あたし達が依頼人さんたちのこと洗いざらい喋っちゃったらだよ? せっかく追われないように偽物作ってごまかしたのが、元の
む、とシドは唸る。
「あいつらの追跡を撒くための仕掛け、って言ってたじゃん。アレが偽物だってあいつらちっとも気づいてなかったみたいだったし、きっとそこんとこは上手くやってるんだよ。
今頃あいつら、偽物だとも知らないで《箱》を持ち帰って、鼻を高くしてるに決まってるって」
ざまあみろだね、と。サティアは笑う。
仕事をひとつ台無しにされるところだった、のみならす命の危機にすら直面させられた彼女からすれば、あの
「そう……なのかな」
「そうだって! 終わりよければってやつだよ、おじさん!」
サティアは上機嫌に声を弾ませる。
「てかさぁ、結果的にだけどお仕事うまくいっちゃったし、おまけにあいつらからの宝石や追加の金貨までまるまるもらっちゃったし! 今日は大儲けだよ、やったねって感じ!」
「……そっか」
きしし、と明るく笑うサティア。
だが、力のない相槌を打つシドの様子に気づくと、唇を尖らせながら考え込み、
「おじさん、ほんとホント心配性だよね……ほら、あたしのお財布揉む? 金貨いっぱいだよ?」
「え……なんで?」
金貨の入った袋――《軌道猟兵団》の戦士から渡された『口止め料』だ――を差し出してくるサティアに、シドは心の底から意味が分からず、困惑を露わに呻く。
サティアは優しい笑顔を広げて、
「あたし、お金でいっぱいのお財布撫でてると元気出るんだ。どんなにつらいことや不安なことがあっても、『それでも、あたしの懐にはお金があるんだ』って実感すると――胸の中があったかくなって、優しい気持ちになれるの」
「なんかいい話っぽく言ってるけど、どうなのかな、それ……いいけど」
「まあ――」
シドの呻きをちゃんと聞いていたのかどうなのか。
ふと、急に乾いた面持ちで遠くを見遣り、サティアはひとりごちる。
「その分、つらいことや不安がいっぱいな日にお金がなかったりすると、寒くてつらくてもう死にたい、みたいな気持ちになっちゃうんだけどね。あれすっごく苦しいんだぁ」
「怖い話をするのはやめてくれ……」
シドはぞっと呻く。
真っ青に血の気が引いたシドを見遣って、サティアは「あはは」と明るく笑った。
「へーきへーき。今はお金いっぱいあるし。それにあたし、死にたくなっても死ぬ気ないしね」
と。そこまで言って何か思い至ったらしく、「あ」と声を上げる。
「お財布揉むのはいいけど、あげないよ? 貸すだけだかんね。お財布も金貨も」
「いや、揉まないし。気持ちだけで十分だよ……ありがとう」
「……どう、いたしまして?」
遠慮されるのが腑に落ちないといった、不承不承の面持ちで。サティアは子供っぽく、唇を尖らせていた。
やがて、四方の道が交差する広場まで出たところで、サティアは広場の隅に馬車を停めた。
「あたし、この先はこっちなんだけど。おじさん、この後どうするつもりなの?」
「とりあえず、《諸王立冒険者連盟機構》の支部に行ってみるつもりだよ。何をするにしても、まず登録だけは済ませておかないと」
「ふぅん……?」
首をかしげて唸るサティアは、どうにも腑に落ちないと言った様子だったが。
ひとまず、自分には関係ないことと思い直したか、正面の大道を指さした。
「それなら、この先。連盟の事務所は、ひとつ先の広場」
「ああ」
一方のサティアの行き先は、広場で道を曲がったその先。
シドとは、ここで道が分かれる。
行き脚を止めた馬車の御者席から、シドは広場の石畳へと飛び降りた。
「ここまでありがとう、サティア。おかげで思いのほか早く着いた」
「……やっぱさ、おじさん。
「いいよ、別に」
「ほんとに? でも、おじさんあんまりお金持ってなさそう……」
あまりに直截な感想に、シドは他にどうしようもなく苦笑を零す。
思えばこのサティアという女の子は、昨日はじめて《ウォーターフォウル》号で会った時からずっとこの調子だった気がする。
「たしかに現金の持ち合わせはあんまりないけど、当座の資金を工面するあてはあるんだ。それに、護衛なんて言ったって、半日も一緒にいなかったしね」
「ん……そか。なら、いいんだけど」
朗らかに言い、ひらひらと手を振るシド。
サティアは肩を落として力なく笑い、それ以上強くは言わなかった。
手綱を軽く振って、馬を促すサティア。
最後に一度だけシドを見遣り、胸いっぱいに息を吸って声を張り上げる。
「ありがと、おじさん――元気で!」
ことこととのどかな音を立てて広場を後にする馬車を見送り、シドは手を振った。
「――きみも、元気で!」
サティアは振り返らなかったが、馬車の横合いへいっぱいに腕を伸ばし、大きく手を振り返してきた。
馬車の後姿が、角を曲がって見えなくなるまで見送って――シドもまた、やもすれば胸中で凝りそうになる物思いに、踏ん切りをつけて。
自らの向かう目的地へと、その歩みを再開したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます