くすんだ銀の英雄譚~おひとよしおっさん冒険者のセカンドライフは、最大最難の大迷宮で~
31.もしかしてだけれど、何だかやばいことに『首を突っ込んだまま』になっちゃったのではないか? という、嫌な予感がしています【後編】
31.もしかしてだけれど、何だかやばいことに『首を突っ込んだまま』になっちゃったのではないか? という、嫌な予感がしています【後編】
「偽物……」
「はい」
呆然と呻くサティアに、白い鎧の戦士――ジム・ドートレスは頷いた。
「実はこの《箱》は、さる部族の神殿で祭られていたものなのです。彼らからの追手がかかるのは間違いない――その追跡を解決するのは、《
溜息をつく戦士。
「これを言うと言い訳になっちゃうんですが、そのやり方については僕たちもまったく教えてもらえなかったんですよ。つまりはあなた方が運んできた《箱》が、追手を騙くらかすための仕掛けだったんでしょうけど……どうやらそのせいで、お二人にはとても大変な思いをさせてしまったみたいですね」
神官がそうしめくくると、周りの冒険者たちはめいめいの形でため息を零した。
おそらくだが、件の《
サティアはへたへたとその場に崩れ落ち、がっくりと項垂れるようにしてへたり込んだ。そんな彼女の傍らに膝をついて、気遣うように顔色を窺い――白い鎧の戦士はあらためて深いため息をついた。
「……どうやら、ここまで本当に大変な目に遭われたようだ。
ですが、約束の品は確かにこうして受け取りました。あの
えっ? と呻くサティアの手に、戦士は金貨が詰まった小袋を握らせた。
シドはぎょっとした、袋の口から見て取れたその中身は、メルビル金貨だった。中身すべてがメルビル金貨だとしたら、あの小袋の中身だけでちょっとした財産である。
「せめてものお詫びと、それから口止め料です――今日のことは、どうかご内密に」
ぽかんと呆けて口をぱくぱくさせるばかりとなったサティアに、戦士は口元へ人差し指をあてがいながら、噛んで含めるように言って聞かせた。
「先ほどの詫びの品も、我々には不要のものです。どうかあなたがお使いください」
そう言うと、戦士は立ち上がり、小屋を後にした。
彼の仲間達もめいめいの形で
一方のシドは、今になって立ち現れた新たな疑念が黒い靄のように胸郭を満たしてゆく感覚に、きつく眉をしかめていた。
最後の一人が出ていくのを見送り――だが、靄のように胸を覆う衝動に耐えかねて、シドは彼らの後を追っていた。
◆
「あの!」
丘から坂道を下りようとしていた冒険者たちに追いつき、その背に呼びかける。
冒険者たちはその脚を止めた。
「ふたつ、お尋ねしてもいいでしょうか」
「何でしょう」
振り返った白い鎧の戦士――ジムは、穏やかに凪いだ笑顔で応じた。
「あなた方は、それがどこに安置されていたものかをご存じでした……それは、
ジムは「ふむ」と小首を傾げた。
そして、
「だとしたら、どうだというのです?」
――ああ。
シドは苦い心地で奥歯を噛み締める。
小屋の中で問い質さなくてよかった。安堵と、思いがけない臨時収入とで、サティアが呆けていてくれてよかった。少なくとも、彼女にはこれを聞かせず済む、
「襲撃者は、《月夜の森》の
シドは矢継ぎ早に言う。
訊くべきではなかったかもしれない。
だが、何も問わずに彼らと別れることはできなかった。
「今更ですが、ひとつ思い出したことがあるんです。俺はこちらの冒険者ではありませんが……《月夜の森》の獣人達と周辺諸国の間では、不可侵の取り決めがあると聞いたことがあります」
「そうですね。私もそれは存じています」
「あなた方がしたことは……その取り決めへの、重大な違反ではないのですか。彼らは《箱》を奪われ、のみならず八名の戦士を殺されたことに怒り猛っていた」
「はあ、そうですか。彼らが」
シドの指摘へ、男は殊更に表情を変えるでもなく、
「――で、それが一体どうしたというのです?」
「な――」
「たかが亜人――けだものの命ではないですか。やつらの戦士ごっこに付き合う謂れが、我々の一体どこにあると?」
白い鎧の戦士は、溜息混じりでため息をついた。
「よしんば、そうすべき理由があったとしても、です。そも我々はこの沿海州ではなく、カルファディアの人間です。件の取り決めは存じていますが、カルファディアはその拘束の外にある。そのようなものに縛られる立場ではないのです」
――カルファディア諸都市連合国。
西
そのカルファディアと、《月夜の森》の間に取り決めが存在しないのだとしたら、男の言葉はまったくの誤りとは言えないが。
だが、それは、
「納得がいかない、という顔ですね。では、どうします。腕ずくで取り返しますか。あの
戦士の周りで、他の五人がすっとその立ち位置を変えた。
空気が張り詰め、まるでその鋭さに打たれたように、木々の梢がざわめく。
「やめておくべきですよ。交易商人のお嬢さんを巻き込みたくはないでしょう」
「……………………」
「その点において、我々の見解は合致するはずです。我々とて、無用の人殺しなど御免です――亜人ごとき獣どもならいざ知らず」
「……その《鍵》」
サティアが小屋から出てくる気配はない。そのことに安堵しながら、シドは問い質す。
「一体、何を開ける鍵なんです。そこまでして……何を開こうとされているのですか。あなた方は」
戦士は「ふむ」と顎に手を当てて考え込み、やがて笑った。
口の端を、にぃっ――と釣り上げて。
悪童のように、楽しげに。
「いずれ、分かります」
「いずれ?」
「はい」
戦士は頷く。
「今の時点で、仔細をお伝えすることはできませんが。これは我々が――冒険者パーティ《軌道猟兵団》が、不朽の名を歴史に刻む探索。そのための《鍵》です」
どこか夢見るような目をしながら、男は言った。
「その大いなる価値に比べれば――たかが亜人、戦士気取りの
「あなた方は――!」
「いずれ時が来れば、知ることになるでしょう。これまで誰一人として実現したことのない――そう、不朽の真実に繋がる探索。すべての人類に先駆けた、歴史的な邂逅。過去との邂逅。その価値を」
目の前のシドではなく。
彼にしか見えない、遥か遠くの何かを見つめながら、
「その探索を、成し遂げるのです――そう、我々がね」
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