30.もしかしてだけれど、何だかやばいことに『首を突っ込んだまま』になっちゃったのではないか? という、嫌な予感がしています【前編】


 馬車を走らせ、丘に続く道を昇っていく。

 すると、やがて木立の只中に、ちいさな山小屋が姿を現した。


 近隣の猟師や樵達が一時その身体を休めるための休憩小屋かもしれず、急な雨や雷にみまわれた彼らが一時その身を寄せるための避難小屋かもしれなかった。


 あるいはその両方であったかもしれず、そのどちらでもなかったかもしれない。

 ともあれ、小屋の傍――大きく庇を張った車止めに馬車を停めて中に入ると、小屋の中には合わせて六人の男女がいた。


 男が五人。女が一人。

 サティアの目から見てどう映るかは定かでないが、シドは彼らの紋章を見るまでもなく、一目でそうと直感できた。彼らは歴戦の――いずこかの地においては英雄・英傑とも讃えられているかもしれない、名だたる冒険者パーティに相違なかった。


「約束の、『運び屋』さんですか?」


 そう切り出したのは、二人とちょうど向かい合う正面の椅子で腰を下ろした、鎧姿の戦士だった。

 遠目にも目立つ白塗りの鎧。腰に長剣をおさめた鞘を下げ、大ぶりの方形盾ヒーター・シールドを革紐でくくり付ける形で背負っていたが、それ以外にも布でくるんだ長い包みを、革帯で肩にかけていた。


「――申し訳ありませんでした!」


 穏やかな彼の口ぶりに、促されたかのように。サティアはびくりと震え、そして勢いよく、その頭を深々と下げていた。


「ご依頼のっ……『運び』をご依頼いただいた《箱》は、ここまでの道中で略奪されました。ご依頼の品を、皆様のお手元まで届けること叶わず、っ……弁解の余地も、ありません!」


 サティアは真っ青なままの顔を上げると、その場に膝をつき、小屋に入る前からずっと抱えていた宝石の小箱を差し出した。


「《箱》を奪っていった彼らが……詫びの品にと置いていったものです。わたしへの詫びであるとして渡されたものですが、経緯を鑑みれば、到底受け取れるものではありません。

 何の埋め合わせにもならないことは重々承知していますが、せめて――せめてものお詫びとして、どうかこれを」


「いや、待って。どうか一度、落ち着いてはもらえないでしょうか。《箱》? つまりあなたはここまで……《箱》を持ってくるはずだった、と仰るのですね?」


 どういう訳か。

 白い鎧の戦士は、震える声で詫び続けるサティアを宥め、困惑混じりに呻いた。


 周りの仲間たちと顔を見合わせ、彼らは一様に苦い顔つきになる。

 そのうえで、戦士はあらためて口を開いた。


「そちらの経緯はわかりました……いえ、完全に了解できたかは分かりませんが、大体のところは察せられただろうと思います。どうか顔を上げてください」


 そう言うと、戦士は隣に立つ長衣ローブ姿の男――杖を携えた、魔術士らしき男を見上げた。

 魔術士はこくりと頷き、懐からを取り出した。


「それ、は……!」


「ええ、見ての通りの《箱》です。おそらくは、あなたがここまで運ばれてきただろうものと、同じ見た目の」


 言葉を失うサティア。シドもまた、目を剥いて、魔術師の手にあるそれを食い入るように見つめてしまっていた。


「運び屋さん――お名前は、サティア・イゼットさんだと伺っていますが」


「へっ? あ、はい! 確かに。サティア・イゼットです!」


「ではサティアさん。確認させていただきたいのですが――あなたが『運び屋』として請け負った品物は、件の《箱》のほかにあったのではありませんか?」


 白い鎧の戦士にそう訊ねられたサティアは、完全に呆けてぽかんとしていたが。

 戦士はそうした反応の鈍さに呆れるでも焦れるでもなく、やんわりと続ける。


「ドラーキオン二番街十一区、《豪斧の勲》亭。ジム・ドートレス宛の荷物があるはずです。割符はこちらに」


 サティアの前へ進み出た戦士は、懐から取り出した割符――絵が描かれた木片の片割れで、もう一方と併せると一枚の絵になる――を手渡した。

 それを見ていたサティアはややあってはたと我に返ると、慌てて外の馬車へと走っていた。余裕のない物音が響くことしばし、粗末な小袋を両手で抱え持ち、息を切らして戻ってきた。


「これ……です! こちらです! ドラーキオン二番街十一区、《豪斧の勲》亭。ジム・ドートレスさま宛の荷物! 仰っていたのは、これのことでよろしいでしょうか!?」


 冒険者たちは互いの顔を見合わせ、魔術師が前に進み出た。

 来がけにジムというらしい戦士から受け取った割符を、サティアのもとにあったそれと合わせて照合を行った後、二言か、三言か。何事かもごもごとつぶやく。

 すると、小袋からぼぅっと燐光が放たれ、淡い緑色に輝き始めた。


「……確かに。事前に訊いていた通りの仕掛けだ」


「分かった。では、『』は無事に届けられたということになるな」


 白鎧の戦士が言うと、魔術師はサティアの手から小袋をつまみ上げ、中の物を取り出した。

 表面に精緻な文様が刻み込まれた、菱形ひしがたのプレートだった。

 続けて、ずっと持っていた《箱》――その蓋と箱の継ぎ目となる部分に開いた菱形のくぼみに、魔術師はプレートをはめ込んだ。


 箱が、開く。

 戦士が腰を上げ、箱の中の『』を手に取った。


「……鍵」


 サティアが零す。ウォード錠の鍵を思わせる複雑な形状を備えたそれは、確かに《鍵》としか呼びようのない姿をしたしろものだった。

 憐れむような、同情の面持ちを広げて。戦士はゆるゆるとかぶりを振った。


「申し訳ない……どうやらあなた方は、の《箱》を運ばされていたようですね」


「どういうことです?」


 シドが問う。

 白い鎧の戦士はシドを見て、そして答えた。


「《箱》はとうの昔に、我々の手元にあったものなのです。『運び屋』を介して届けられるのは、《箱》を開ける『鍵』――それが、我々と《来訪者ノッカー》の契約でした」


来訪者ノッカー……?」


「そう呼ぶようにと言われました。名前は知りません――『来るべき訪れを報せ、運命の扉を叩くもの』、ゆえに『ノッカー』。

 名前を聞かないのも、彼……なのか彼女なのかも定かでないのですが、とにかく、来訪者ノッカーと我々との取り決めのうちでした」


「じゃあ、あいつらが持ってったのって」


 呻くサティア。戦士は同意を示して頷いた。



「精巧な偽物でしょう。おそらく、それも来訪者ノッカーが用意したものかと」


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