26.うまい話には裏がある、とは言うけれど。いざそれに出くわすまでは、裏なんてそう都合よく分かる訳がないのです


 サティアの馬車は、二頭立ての箱型馬車だった。

 箱馬車と言っても人を乗せるそれとは違い、文字どおりの箱型――荷を乗せるためだけの、完全な荷室だった。


「頼れる相棒ってやつだよ。いっぱい商品積めるしね!」


「いいけど……それじゃあ、野宿するときとかは一体どうしてるんだい?」


「は? 野宿? しませんよそんなの、あたし嫁入り前の乙女だよ?」


「そっかぁ……そういうものかぁ……」


 サティアの隣で御者席に座って。

 トコトコとした馬車の揺れに合わせて後ろへ流れてゆく景色を眺めやりながら、シドはぼんやりと呻いた。


 これまでともに冒険してきた旅の仲間――直近で思い出しやすいところで、フィオレやミリー、フローラといった女性の顔が脳裏に浮かぶ。やはり冒険者、特にフィオレは森妖精エルフという生まれもあってか、既婚者のフローラも含めて結構普通に野宿していたが。


 しかし馬車での旅ともなれば、やはり屋根のあるところで寝たいのが人情というもの。屋根付きの馬車があるときは、女性陣は揃って屋根のある馬車の中で寝たがっていた。

 そこで、我も我も――と言う訳にはなかなかいかないのが、男の辛いところであった。思い返しているうちに何となしに気分が落ち込んで、ひっそりとため息をついてしまう。


「おじさん、どうかした? ため息なんかついて」


「いや、別に何でも……しかし、すごいもんだね。この道は」


 突っ込まれると情けない話になってしまうので、話題を切り替えにかかる。


 南オルランドとオルランドを結ぶ街道は、石畳を敷かれ、歩きやすく整備された近代的な街道だ。おかげで馬車の揺れもちいさい。

 広く作られた道はオルランド行きと南オルランド行きで完全に分割され、その双方で行き交う馬車と徒歩の旅人が列をなしている。


 前と後ろに並ぶ馬車の数を見ていると、もしかしたらあの停留所で待っていても普通に馬車で移動できたのではないだろうか――と、今更ながらそんな疑念が脳裏をよぎってしまうシドだった。


 ともあれ、そんな風にしながら、のどかな馬車の旅をどれほど続けていただろう。

 不意に「あ」と声を上げたサティアが、馬車の手綱を操って馬車の行き先を変えた。


「ごめんおじさん。オルランド行く前にちょっとだけ寄り道させてね」


「寄り道? 何でまた急に」


「いやあ、ちょっと待ち合わせっていうか、用事あってさ。すぐ終わるから」


 そう言って、サティアは脇道へ馬車を誘導する。

 森を抜けて丘へと登る、間道だった。

 《ウォーターフォウル》号襲撃の一件もあり、基本がとっぽいシドの胸中にもさすがに警戒の灯がともる。


「用事っていうけど、どういう用事だい? もし長引くようなら、ここから先は自分の脚で歩いていくけれど」


「大丈夫だって! ほんとすぐ終わるから。受け取りのひとオルランドの冒険者だから、オルランドで渡せたらよかったんだけどさぁ。でも、引き渡し場所はここって指定されちゃってて……ほんと、ごめんって」


 シドは道の左右へ目を走らせる。

 最前の大道があるせいか、間道であるこちらは整備も御座なりなようで、木々や茂みで鬱蒼としていた。


「丘を登ったあたりに、この辺の狩人さんが使う仮小屋があってさ。そこが指定の場所なんだ。小屋から下ってオルランドの城壁まで行ける道もあるし、ちょっと遠回りだけどそんな変わらないよ。へいきへいき」


「きみ、その小屋にこれまで行ったことは? というより、今までこの道を使ったことはある?」


「……ないけど」


 サティアは手綱を握って正面を向いたまま。しかし、さすがにばつが悪そうな顔になる。


「いや! でも、ほんと、地図にある道だから! ずっと一本道だから迷わないし。だいじょぶだって、任せて!」


「俺は、道中の護衛代わりってことかい?」


 ――今度こそ。

 サティアは続ける言葉を失い、しんと押し黙ってしまった。


 やはり、そういうことだったらしい。薄々そんなところだろうという気はしはじめていたが、さすがにため息がこぼれてしまう。


 サティアの馬車に乗せてもらったおかげで馬車代は浮いたが、一時とはいえ護衛の標準的な代金と比べれば、さすがにまず間違いなく護衛の方が値が張る。とどのつまり、シドに声をかけたのは別に好意でもなんでもなく、護衛の費用を安く浮かせるための方便だったということだ。


 がっくりと項垂れるシド。その視界の端で、サティアの肩がびくりと震えた。

 

「お……怒った? そのぉ、えっと、ごめんて。今ちょっと持ち合わせがなくてさ。売り物いっぱい買い込んだせいなんだけど、それでなくても護衛なんて雇う余裕そんななくって」


 宥めるような声音で、口早に訴えていたサティアだが。

 その調子のいい早口もやがて尻すぼみして、力なく掠れてしまう。


「……護衛なんてなくても、平気だと思ってたの」


 やがて。

 力のない声が、ぽつりと訴える。


「今まで通ったことなかった道だけど、オルランドの近所だし。大道からそこまで離れるんでもないし、べつに大丈夫だよねって。でも、昨日あんなことがあったばっかりで」


 手綱を握りしめる少女の手に、ぎゅっと力がこもるのを、見た。


「怖く、なっちゃって」


「それで、手っ取り早く引っ張れそうだった俺に、声をかけたのかい?」


「…………うん」


 コクリと頷いて。サティアは認めた。


「その……やっぱ、怒ってる? あの、それなら仕方ないっていうか、今から降りて戻ってくれても」


「いいよ、気にしなくて。ここまで来たらもう乗りかかった舟だ」


 それでも。

 それだけは紛れもない本心で。シドは言った。


 ずっと腑に落ちなかったのが気持ち悪かっただけで――もちろん、事情を伏せていいように使おうとしていたことに対して、一切のわだかまりがない訳ではかったが。

 それに、


「本当を言うとね。港できみが声をかけてきた時点で、、何か事情があるんだろうなとは思ってたからね。

 こうしてオルランドまで連れていってもらうぶん、きちんと働くさ」


「おじさん……」


 安堵の滲む息を零して。サティアは表情を明るくしていった。


「ありがと、おじさん! やっぱおじさんいい人だわ、あたしが見込んだだけのことはあるっ!」


「今回はそういうことでいいけど、できれば次からは正直に事情を話してほしいかな……あと、ひとくちに冒険者と言ったって、何かあった時に謝って済むような相手ばかりじゃないからね。自分で乙女って言うくらいならそういう危ない橋はもっと慎重にしないと」


「え。なにさ、おじさん。その言い方。ええ、もしかしてなんかえっちぃこと想像してる? うわぁ、やだー」


「してません。してませんから。あー、もう」


 明るい笑い声をはじけさせるサティアに、さすがに辟易としながら。ぴしゃりとてのひらで顔を覆う。

 ――と。


「貸して!」


「え? ひゃっ」


 サティアの手から手綱をひったくり、馬車の行き脚を止める。

 森の左右へ視線を走らせ――シドは御者席から道へと降りた。


「ぅえ? ちょ、おじさん!? あ、ごめん! 今のごめんて、冗談だから! おじさんがいい人だったからって、あたし調子に乗りました! 調子に乗りましたぁー! だからごめんて、ごめんてばぁ!!」


「そっちは気にしてないから、少し静かに。あと、なるべく体を小さくして」


「え?」


 シドは背中の両手剣ツヴァイハンダーを抜剣する。


「いるんだろう? 隠れてないで、出てくるんだ」


 いらえはなかった。

 だが、反応はあった――いくぶんの間をおいて、ではあったが。


 左右の茂みから、竜人が姿を現す。

 色とりどりの鱗をした竜人が、前と後ろに三人ずつ。


 前の三人のうち二人は、昨晩に《ウォーターフォウル》号で相対したばかりの――


 あの、『強敵』達――だった。


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