23.悪役にしか見えない連中にも、往々にして事情というものはあったりする。その事情の良し悪し、それをどう見做すのかは別として


 ――ニミエール川の河岸。

 森が岸の間近まで迫った岸辺から、次々と這い上がる人影があった。


 《ウォーターフォウル》号を襲った、竜人達である。

 竜人達のリーダー――イクスリュードは岸に上がった仲間たちを見渡し、そして鋭い声で問うた。


「ヤズレンの姿がないな――誰か、ヤズレンの姿を見た者はいないか!?」


「横目にでしたが、人間の戦士に川へ落とされたのを見ました。無事でいるなら、いずれこちらへ合流してくるかと」


「そうか……」


 前甲板から襲撃して陽動にあたった八人のうち、一人が消息不明、三人が重傷だった。

 槍使いのリュージャは利き腕を落とされたうえ昏倒。バーチェクトは背中を斬られてまともに動けず、最年長のマグマニオは両腕を喪っての出血多量――竜人の再生力でもって既に血は止まりかけているが、血を多く流しすぎたせいで今も意識が朦朧としているようだった。

 無傷で戻ってこれた二人の部下に負傷者の手当を命じると、イクスリュードは遠ざかる《ウォーターフォウル》号の船影を目で追った。


「イクスリュード」


 岸辺に建つその背を追って、一人の竜人がやってきた。

 両腕に長大な手甲を備えた、巨躯の竜人である。


「ラズカイエンか。すまない、さっきは助かった」


「突っ込みすぎだぜ、リーダー。仲間想いは結構だが、肝心のおまえがやられちまったらシャレにもならん」


「ああ……」


 唸るような声で言ってくるラズカイエン――親友と呼ぶべき男の指摘に苦笑しながら、イクスリュードはあらためて、《ウォーターフォウル》号へと目を向けた。


「我々、水竜人ハイドラフォークの鱗と肉体を、ああも易々と断ち割るか……恐ろしい手練れが護衛についていたものだ」


「まったくだぜ。あの邪魔な野郎さえ割って入ってこなければ、行きがけの駄賃に船のクソ人間ザルども、何人かぶち殺してやれたってのによ」


「……ラズカイエン」


 不満げに気を吐く親友を、イクスリュードはたしなめた。


「我々の目的は殺戮ではない。《鍵》の奪還であることを忘れるな」


「もちろん忘れちゃいねえよ。大丈夫さ、そっちはプレシオーリアが上手く」


「イクスリュード」


 ラズカイエンの言葉を遮る形で。茂みをかき分け、新たに姿を現した竜人がいた。

 鱗の一枚一枚が小さく、ヒレも大人しい。その身にまとう空気で竜人ならずともそうと察せるであろう、雌の水竜人ハイドラフォークだった。


「プレシオーリア? きみ一人か。セルディードとオレンティカは――」


 プレシオーリア、と呼ばれた女水竜人ハイドラフォークは、沈痛な面持ちで首を横に振った。


「ごめんなさい。船の中に護衛の戦士がいて……戻ってこれたのは、わたしだけ」


 苦しげに、口惜しげに、女は呻く。


「《鍵》も……取り戻せなかった……」


「……そうか」


 さすがに、イクスリュードの声からも力が失われていた。

 こちらの会話を聞き留めたのだろう仲間たちの間でも、落胆の気配が広がっていた。


「ごめんなさい。わたしの力が足りなかったせいで」


「自分を責めるな、プレシオーリア。作戦と戦力配分を決定したのは私だ――今回の奪還失敗は、この私の見通しの甘さゆえのことだ」


 ――ニミエール川を行き来する大型船舶の多くは、積み荷と乗客を護るための護衛を置いている。

 それは船の積み荷を狙って襲撃を行う盗賊どもに対する備えだが、近年はそうした匪賊どもの掃討が進んだことで相対的に護衛の価値が下がり、その質も数も、往時に比べはるかに落ちていた。


 《ウォーターフォウル》号はそうした中、珍しく質の高い護衛を置いていた船のひとつだったが、それでも数は一人だけ。

 事前の情報収集で存在を把握していた手練れの護衛、その一人を甲板へ引きずり出せた時点で――こちらの損害こそどうあれ、作戦の成功だけは疑いないと確信していたのだが。


「どういうことだ、おい。人間サルども、護衛の数を増やしてたってのか? まさかあの低能どもが、オレ達の襲撃を察知していたとでも」


「分からない。ただの間の悪い偶然かもしれない――だが、いずれにせよこの誤算は高くついた」


 十一人いた仲間のうち、二人が倒され三人が重傷、一人は行方知れず。負傷者の看護と治療に何人か残すとなれば、戦力は既に半減のさらに下だ。

 それを――たった二人の戦士にやられたのだ。


「今から船に追い縋ったところで、さっきの交戦の二の舞だ……こうなってはもはや、《鍵》を奪還できる目も潰えたと言わざるを得ない」


「……なら、どうすんだよ。これから」


「可能な限り奴等の街へ接近し、様子を伺う。《鍵》の在り処を常に把握できるという点で、我々にはまだアドバンテージがある」


 イクスリュードは仲間たちを見渡した。


「チャンスを待つんだ。もう一度、《鍵》に接触できるチャンスを」


「チャンスってよ、おい……」


「待つんだ。たとえそれが、願望に縋るだけの可能性だとしても」


 真っ当に考えるなら、そんなものがあるなどと、到底信じられはしないだろう。

 《鍵》の行きつく先は想像がつく。遺跡都市オルランド――人間どもの都市。南オルランドの河川港からオルランドまでは、昼夜を問わず馬車や旅人が行き交う大道で結ばれている。

 だが、たとえそうだとしても。


「信じて耐え、待つことだ――そうでなければ、もし本当に万に一つのチャンスが現れたとしても、それを掴むことさえ叶うまい」

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