22.こちら、いまいち冴えないおっさんですが。得意分野なら、割とそこそこ負けません


「吼えるな、人間サル風情がァ!」


「手加減されるのは貴様の方だ! 命乞いをさせてやるわッ!!」


 左右から、二人の竜人が襲い来る。

 右の竜人は長く伸びた爪を振りかぶって。左のもう一人は三又の槍を構えて突進してくる。


 間合いも速度もばらばらの、挙句にこちらを侮りきってかろくな連携もない竜人達の切っ先を軽くいなすと、シドは正面の二人の間をすり抜け、甲板の反対側へと疾走する。


 ――その先にいたのは、血を流しながら竜人と相対している船員。


「ひ、ひぃ……ひぃい……!」


「ははは、どうした人間サル。次は貴様の首にワシの爪が当たるぞ? 首が切れたら痛いよなぁ~、んん~?」


 負傷して動けない仲間を後ろに庇いながら、涙混じりで悲鳴を上げる船員を―― 一目でそうと見て取れるほどに嬲っている竜人へ。シドは風のように突貫する。


「いい加減に――」


 側面から躍りかかるシド。

 大上段から振り下ろす一刀が、瞬く間に竜人の片腕を落とした。


「――しろっ!!」


 そして、返す刀で切り上げる一閃。

 斬り飛ばされたもう一方の腕が、高々と宙を舞った。


「ん、な…………ぁああ、あああああぁあぁぁぁ―――――――――――!?」


 一瞬で両腕を失い、竜人が潰れた悲鳴を上げる。

 完全なる強者の優位から一転。両腕の切断面から血を噴きながら、よたよたとたたらを踏んで後ずさる。


「う、腕ぇ! ひいぃっ、わわわワシの腕がああぁぁあぁ!?」


「お前も竜人なら、腕の一本二本そのうち再生するだろう! これ以上やるつもりなら、次はそっ首を飛ばしてやるぞ!!」


 シドの怒号に、悲鳴を上げて後ずさる竜人は捨て置いて。

 追い縋ってきた最前の二人へ向き直ったシドは、先に突き出された三叉槍トライデントの穂先を切り飛ばし、返す刀で槍持ちの右腕を落とす。


「ぐあっ、あああぁぁぁ! ぁぐ!?」


 痛みに膝をついた槍持ち竜人の顔面を、とどめとばかりにリカッソでぶん殴る。さすがにもんどりうって倒れる竜人の様を見届けるシドの上に、影がかかった。


「貴様ぁ、よくも人間サルの分際でェ!」


 足の速さと初動の差で相棒に出遅れた、もう一人の竜人だ。

 直上から振り下ろす剛腕の爪をかいくぐると、シドは腕を振り下ろしたばかりの右腕側へと回り込み、竜人の後ろを取った。


「ぎゃあ!?」


 直後、三つめの悲鳴が上がった。

 すれ違いざまに逆袈裟で切り上げた切っ先が、竜人の背中を斬ったのだ。

 斬撃の当たりは浅いが、それでもしばらくはまともな戦闘などできまい。


「す、すまねえ……助かった……っ!」


「負傷者を連れて、手当てできるところまで下がってください! あとはこっちに任せて――」


 感極まった声を上げる船員に向けて叫び。

 直後――恐るべき速度で眼前まで迫っていた竜人の影に、シドは息を呑んだ。


「シィッ!」


「ちぃ――!」


 貫手ぬきての一閃。鋼を引き裂く爪を備えたその突きを、柄頭で腕を打ち上げることでいなし、シドはその勢いのまま剣を振り上げる。

 だが、竜人はさらに間合いを詰めながら、両手剣ツヴァイハンダーの鍔元――刃のないリカッソを肘で打ち、シドの斬撃、その威力を封殺した。


(こいつは――!)


 竜人が横薙ぎに腕を振るう。

 シドは膝を折って身を沈め、その軌跡から逃れた。


 前腕の甲に生えたヒレは、濃密な魔力を帯びたブレードだった。人間の首一つくらいなら、一振りするだけで軽々と落としてしまうだろう。


 後ろに転がって距離を稼ぎ、起き上がりざまに斬り上げる一閃。

 相対する竜人が僅かにひるんだ間に身を起こし、膝の発条ばねをいっぱいに使って跳躍――上半身の筋力と体のひねりを勢いと変えて、渾身の一撃を振り下ろす。


「おおお!!」


「ぐぅ……ッ!」


 竜人は両腕を交差させ、前腕の鰭刃ブレード二枚を重ねてその一撃を受け止めた。

 だが、それでも完全に受けきることはできなかった。シドの勢いに圧され、竜人の長躯がその場に膝をつく。


 ――圧し切れる。

 シドは確信した。


(いや――)

 

 ――否。こいつは


 最前の一交差だけでもそうと分かる。今この時に相対している竜人は、ここまで退けたのとは段違いのだ。この優位のまま圧し切れなければ、今度はこちらが不利に立たされることになる。

 何故なら、数を減らしたとはいえ竜人の姿は未だ甲板上にあり――まして、彼らの襲撃箇所がここ、前甲板だけとは限らない。


「イクス、下がれえぇッ!!」


 怒号のような雄叫びを上げながら。竜人の一人が、シドの側面から迫っていた。

 最前に両腕を撥ねた一人と比肩する、巨躯の竜人だった。長大な手甲のような装甲を備えた両腕を振り下ろすその竜人の間合いから、シドはやむなく跳躍して距離を取る。


「うおおおっ! おらああぁぁぁ!!」


 距離を取ったシドを猛追し、巨躯の竜人は手甲つきの剛腕を振り回す。

 剣で受け、いなすたびに火花が上がり、重量と腕力の差でシドの痩躯はあやうく吹き飛ばされそうになる。


 硬く分厚い手甲状の装甲は表面がやすりのようにざらついており、もしも当たれば鎧は削られ、肉はこそぎ取られてしまうだろう。


(こいつも、強いっ……!)


 鰭刃ブレード持ちの長躯――イクス、と呼ばれていたか――と、この巨躯。この二人は、襲撃者たる竜人達の中でも抜きんでた手練れだ。打ち合った結果もさることながら、この二人は戦士として、身にまとう空気の『質』が違う。

 ここまでに排除できた四人のようには、対処できない手合いだ。


 さらに――仲間を四人も退けたシドを強敵と見て取ってか――甲板に散って他の船員と相対していた他の竜人二人も、こちらへと迫っている。


 ――四対一。


 敵の目をシドの方へと引けた結果、甲板にいる船員たちの安全は確保できたと言ってよかったが――強敵二人を含めた四人を相手に、このうえどれだけ立ち回れるか。


人間サルめ、よくも仲間をやってくれたァッ!!」


 巨躯の竜人が剛腕を振りかぶる。

 シドは両手剣ツヴァイハンダーを構え、



 ひゅいぃぃぃ―――――――――――――――――ぃっ……!



 ――その時。

 笛の音を思わせる甲高い――鳴き声のような響きが、ニミエール川の夜空に高々と響き渡った。

 巨躯の竜人が足を止める。長躯の竜人が甲板を見渡し、鋭く叫んだ。


「撤退だ! 動ける者は負傷者を確保!!」


 おそらく、長躯の竜人が彼らのリーダーだったのだろう。

 叫ぶと同時に彼もまた俊敏に動き出し、シドが負傷させた竜人二人を抱えてデッキから飛び降りた。


「……命拾いしたな、人間」


 忌々しげに、それだけ言い捨てて。

 巨躯の竜人もまた舷側の手すりを飛び越え、黒々と広がるニミエール川の川面へその身を躍らせた。


 その時にはもう、笛の音のような鳴き声も止んでいた。

 竜人達が完全に逃げ去ったことで、甲板にどっと安堵の空気が広がった。


「やった……!」


「やったぞ! あいつら逃げやがった……助かった……!」


「おい、お前は船医を呼んでこい! 怪我人の手当だ!」


「動けるやつ、何人かついてこい! 乗客と、それから積み荷の状況を確認するんだ!!」


 だが――そんな中でも動ける船員は、せわしなく次の行動を開始していた。

 剣を背中の鞘に納め、長く深く息をつくシド。そのシドの肩を、遠慮のない力で叩く手があった。


「あいたっ」


「おい、あんた! すごいじゃないか!! ありがとうよ、本当に助かった!!」


 ――最前に、仲間を庇って竜人に相対していた船員だった。

 彼も怪我をして血を流しているが、今は勝利の高揚が勝っているのだろう。最前のそれとは違う涙を目元ににじませながら、ばしばしとシドの肩や背中を叩いてくる。


「いえ、なんというか……どういたしまして。俺も他のところを見てくるので、後のことはお任せしていいですか」


「おお、任せとけ。本当にありがとうよ!!」


 手を振る船員に見送られながら。シドが向かう先は、後部甲板だった。

 竜人達が撤退を始めた時の、笛の音のような響き――あれが響いた先が、後部甲板側であったように思ったせいだ。


(もしも前甲板の騒ぎが陽動で、別動隊がいたとしたら……)


 襲撃者を撃退した安堵にひたる猶予もなく。

 新たな不安を胸に抱えながら、シドは側面の狭いデッキを、ひた走っていった。

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