20.若人の煥発さというものは、うらぶれたおじさんには時にまぶしく時にしんどいものであるなぁと感ぜられるのです
はるかいにしえを今に伝える神話に曰く。
神々が、未だこの世界に確かな実体を持って存在した時代――《大陸》には創世の神々より加護を受け、魔法を極めた、七つの種族が栄えていたという。
――《真人》種族。
はるかなる過去の時代――人間がこの大陸に広がるより以前の旧い時代に、この大陸すべてに広がり、栄耀栄華を誇ったとされる、いにしえの旧種族達である。
――《
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彼ら七つの種族は世界に遍く広がり、偉大にして芳醇なる魔法文明のもと、栄耀栄華を
――だが。
悠久の長きに渡り続いた繁栄の時代は、他ならぬ彼ら自身の傲慢によって、その綻びと終わりを招いた。
繁栄を極めた真人達は自らを世界の支配者と驕り高ぶり、
その大いなる愚行の時代において、数多の種が絶滅の運命へと追いやられ、遂には彼らへ加護と祝福を与え続けた神々さえも、その行いを厳しく咎めるようになっていった。
数多の生命の嘆きの声に、神々より下されたる幾多の叱責に、しかし驕り高ぶりきった彼らは、自らの自由と放埓を妨げるものとして苛立ちを覚えるだけだった。
そして、すべての破綻の日。
《真人》達は遂に神々をその卑劣なる罠にかけ、この世界から追放し――自らこそがこの世界の真なる覇者なりと高らかに謳い上げた。
だが、その神々の黄昏の時に。
《真人》達の愚かさに心から絶望したひとりの神が、この世界に大いなる呪いを残した。
それは、七つの《真人》種族をすべてを、いずれ最後の一人まで必ず滅し尽くす、恐るべき『滅亡』の呪いであったという。
神々が残した呪いは、彼らからひとつずつを奪っていった。
《
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《
《
《
この大いなる呪いから逃れる方法はただ一つ。彼らが神々を放逐した果ての異世界へ、自らもまた渡ることだった。
ゆえに――いつしか彼らは、この世界から姿を消していった。
《真人》達の多くはこの世界を去って果てなる異世界へ渡り――なお神々の最後の慈悲を拒んでこの世界に残り続けた者達も、いずれかの時代にはその姿を見ることがなくなったという。
今や彼らの痕跡を留めるものは、彼らの探求と遊興が築き上げし数多の《遺跡》。
そこに遺されし、はるかなる魔法文明の痕跡。あるいは、彼らが魔法の髄をもって生み出したとされる、人造の《魔獣》達。
――《
豊かなる
その裡に尽きることなき智慧と財宝、絢爛なる魔法文明の遺産を蓄えし――その発見と接触より数百年、未だその踏破をなす者なきまま在り続ける《遺跡》。
――ある者は、尽きることなき財宝を。
――ある者は、至高の頂きなる魔法の英知を。
――ある者は、未だ明らかならざる旧き歴史、その真実を。
――そしてある者は、《
それぞれの夢と野心、希望と野望を胸に、今なお数多の冒険者がかの地へと挑みつづける――そこは最大にして最難、唯一無二の大迷宮であった。
◆
外輪船 《ウォーターフォウル》号はニミエールの大河を行き来し、パーン山脈の山麓に広がる河川都市ナーザニスから《
船倉に大量の荷を抱え、河岸の都市への停泊と積み荷の上げ下ろしを繰り返すその行程は、よく言えばのんびりとした、裏を返せばのろくさとしたもので、内陸の始発港たるナーザニスからシドの目的地たる南オルランドの河川港までは、おおむね九日から十日程度。もっともこれは、『標準的な寄港地数で、順調にいけば』の旅程であり、停泊地の数や天候次第で、時には半月をゆうに越える旅程となることもある。
中途の停泊地があるとはいえ、船内で長く過ごすことを念頭に置いて設計された船内には、食堂や風呂といった旅客向けの設備も一通りそろっている。
もっとも《ウォーターフォウル》号は、客船というよりは貨船――商船としての趣が強い船であり、その設備も相応のものでしかない。無論、そのぶん運賃は安い。
「――じゃあ、おじさん《
「まだ必ずと決めた訳じゃないけれどね。そのつもりではいるよ」
そんな、《ウォーターフォウル》号の食堂で。
シドはどういう訳か、昼間の少女――サティアと同じテーブルを囲んでいた。
実のところ経緯だけ追うなら『どういう訳か』などと訝るようなことは何もなく、ひとりで夕食をつついていたシドのところへ、後から少女がやってきたというだけのことであるのだが。
「いいじゃん、ほかに空いてるとこないし。どうせ一緒に食べる相手もいないんでしょ?」
――とは、サティアの言。
困ったことに、ぐうの音も出なかった。
実際――夕食時を迎えてテーブルが端からすべて埋まっている現状、シドは四人掛けのテーブルひとつを一人で占有していた。一人旅ゆえのやむなきとはいえ、内心申し訳なさを覚えずにいられなかったのも事実ではある。
「そっか。だからその手……」
「手?」
きょとんと眼を瞬かせるシド。
途端――その反応の、一体何が気に入らなかったのか――少女は自分の勘違いを恥じるように苦々しく、今にも舌打ちしたそうに唇を曲げる。
「べつに、何でもないし。てか、そんなぼやっとした理由で、わざわざナーザニスからオルランドまで?」
「来たのはナーザニスよりもっと北の方からだよ。メンベンドール男爵領のミッドレイって町なんだけど……さすがに知らないよね」
「知らないよそんな、名前だけ言われたって。どこの田舎?」
「はは、は……だよねえ」
呆れたように唇を尖らせるサティアの、直截すぎる物言いに――ほかにどうしようもなく、力のない笑いを零しながら。
シドは居心地悪く、夕食の川魚――今朝方にラーセリー港で補充したばかりの魚に火を通し、塩と香草で味や香りをつけたものである――をフォークでつついていた。
「そういうきみは……ええと、ラーセリーからだっけ。どこまで行くんだい?」
「あたしは『行く』じゃなくて『帰る』。降りるとこは、多分おじさんとおんなじだけど」
「え。じゃあ」
「そ」
テーブルへ行儀悪く頬杖を突いたサティアは、にんまりと白い歯を見せて笑った。
「オルランド。オルランド生まれオルランド育ち、生粋の『オルっ子』ってやつ?」
てのひらを半分隠す袖口に頬を当てながら、ふふんと鼻を鳴らす。
「《
《遺跡》から冒険者が持ち帰る品は、大なり小なり旧時代の遺物――いにしえの《真人》種族が遺した、絢爛なる魔法文明の遺産である。
「で、外で商売しがてらそっちの品物買い付けて、今度はオルランドで売る訳。ついでのアルバイトもたまにやるけど、だいたいそんな感じかなー」
「……なんだかすごいね。まだ若いのに」
シドはしみじみと、感嘆の息をつく。
商売に関しては素人のシドだが――彼女の商売は当人の目利きのみならず、『外』で人脈を作る信用と社交性なしには成り立つまい。見た目二十歳かそこらの娘がそれをこなしているのだから、これは歳に似合わぬ巧みな商才と評して然るべきものであろう。
「ふふん、そりゃあそうでしょ。稼ぎもいいし。もっと褒めていいよぉ?」
にんまりと笑みを深め、サティアは明るく声を弾ませる。
ただ――
「なんたって、こちとら目的あっての商売だし。おじさんみたいに、ボーっと生きてなんかないからねー」
――ただ、彼女のこうした物言いの直截さには。
さすがに反応に困らされ、苦笑するしかないシドであった。
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