11.いぶし銀って何? と、おっさん冒険者は首をかしげた
「いや……」
ユーグからの誘いに、シドは狼狽しきって呻いた。
「いやいや、待て、待て、待ってくれ」
「別に、あんたに《ヒョルの長靴》へ入れと言いたいわけじゃない。あんたがリーダーになって、俺達五人を手下と従える形で一向に構わない」
「いや、構わなくはないだろ! あなたがよくても、他のメンバーはどうするんだ!?」
「《ヒョルの長靴》は俺がリーダーだ。その俺の決定に、不服は言わせん」
――本気だ。
シドは絶句し、呻くほかなかった。このユーグ・フェットという冒険者は、本気でシドを自分たちのリーダーに据えるつもりでいる。
「頼むから落ち着いてくれ……俺はご覧の通りのくたびれたおっさんで、しかも
「俺との決闘に完勝しておいて、今更それを言うかね?」
ユーグの声音には、今度こそ強烈な揶揄が滲んでいた。
シドも、さすがに言葉を詰まらせる。
「シド・バレンス。あんたは俺との決闘――その勝利を連盟に報告していないな。それは何故だ」
「だから、報告ならとうに行っている。衛兵隊を通して――」
「そうじゃない。格上の
「無茶苦茶言わないでくれ! 決闘なんて看板かけたって、とどのつまり冒険者同士のケンカじゃないか――そんなので
「本気で言ってるなら、それはあんたの無知か勘違いだ。決闘で名を上げる冒険者なぞ、別に珍しくもなんともない」
事実としては、ユーグの方が正しい。シドは咄嗟に反駁してしまったが、記憶を振り返れば確かに、彼が言うような形で名声を得た冒険者の名も思い至れる。
「『おお、素晴らしきはシド・バレンス。可憐なる乙女を護りて悪漢を誅す、その
さっきも言ったが、俺たち《ヒョルの長靴》は敵が多い。そのリーダーたるユーグ・フェットを叩きのめしたあんたの威名は、風より早く広まることだろう」
特に、《ヒョルの長靴》に煮え湯を飲まされた『お偉い方』などは。
あのお偉い方は喜び勇んで、シドの名を広めてくれることだろう――憎きユーグらの名を、貶めんがために。
「だが、そうなったらあなた達はどうなる? メルビルでの評判は散々なことになるし、万に一つでもまかり間違ってオルランドまで話が伝わった日には、この先の冒険にまで」
「そこだよ、シド・バレンス」
前のめりに言い募るシドの鼻先に指を突きつけ、ユーグは言った。
「今のではっきり確信した。おおかた今まで、そうやって名を上げる機会を逸し続けたクチだろう。あんた」
指先だけでなく。その言葉で。
剣の切っ先のように、シドへとそれを突きつけた。
何も言えないシドを前に、ユーグは薄く笑った。
そうして、己の確信を事実と見て取ったようだった。
「何を思ってそうしたか、はこの際どうでもいい。それこそあんたなりに思うところあっての判断だろうし、べつに
だが、
シドの胸元で鈍く光る、
ふとそちらへ視線を流し、ユーグは「ふん」と鼻を鳴らした。
「名を上げる運に見放された冒険者なら珍しくもない。己が惰弱で
「……それは、皮肉のつもりか?」
「逆だよ。褒めているのさ。よくぞ今日まで埋もれていてくれた。
だが、もしもあんたに今から己が名を上げる意気があるのなら――俺はその
ユーグ・フェットは本気だ。
おそらくは、最大・最難を謳われる迷宮を踏破する――ただ、それだけを見据えて。この黒衣の冒険者は、本気でシドと組むことを望んでいる。
それは分かった。痛いほどに伝わった。
だが――
「ありがとう」
――だが、それでも。
「高く買ってくれたことも、こうして誘いをかけてくれたことも、心からありがたいと思うよ。けど――俺は、あなた達とは組めない」
「昼間の一件があるからか? この先、俺達と組むことは、ロキオムに侮辱されたあのお嬢ちゃんに対する裏切りだとでも」
「そういうことじゃない。もちろん、ターニャの件でわだかまりがないとは言わないけれど、それが理由という訳じゃないんだ」
シドはかぶりを振った。
眉をひそめるユーグに、切々と告げる。
「俺が加われば、パーティは割れる」
ユーグがリーダーのままシドを傘下に加えようと。
シドをリーダーに据え、ユーグ自身はその風下に発つことを良しとしようとも。
「失礼な物言いになってしまうけど、俺とあなた達では気風が違いすぎる。それでもあなたのように良しとできる側と、反りが合わないと忌避する側とで、パーティは間違いなく分裂する。あるいは、あなたをリーダーとして仰ぐか、俺をそれに代わる何某として支持するか――その一点において、だ」
もしかしたら、バートラドやフローラ、フィオレ達のように――王都ウェステルセンで別れた仲間たちのように、冒険を通じて分かり合えることはあるかもしれない。ユーグはそのシナリオを思い描いて、シドを仲間と迎えるつもりでいるのかもしれない。
だが、シドは彼ら《ヒョルの長靴》の名前に、泥を引っかけたに等しい存在だ。
ユーグがシドへの支持を明確にしたところで、反りの合わない、腹立たしい『おっさん』への反感が、泡のように消えてなくなることはない。決して。
「早晩、パーティは『中心』を喪って分解する――冒険者をやってきた時間だけは長いからね、そういうのも見てきてるんだ。今までに」
「……聞こえのいい言い訳で逃げるつもりか、と。罵ってやりたいところだが」
「………………」
申し訳なさで項垂れるシドに、ユーグは深くため息をついた。落としどころのない辟易を、それでもひとつところに落ち着ける。そのための息遣いだった。
「だが、あんたほどの男が言うことだ。認めよう――そして了解した。あんたをパーティに迎えるのは、ひとまず諦めることにする」
「……本当にすまない。誘ってくれたのはありがたかった。それだけは、本当だ」
「いいさ。べたべた言い繕われても却ってムカつくだけだ」
ユーグは差し伸べていた手を引っ込め、ひらりと振ってみせた。別れを告げるように。
「だが、もし――あんたがいずれ、オルランドに来る日が来たのなら。その時はあらためて考えさせてもらおう。無理矢理でもあんたとパーティを組むか、あるいは一時なり協力関係を結ぶか」
「オルランド?」
「そうさ、オルランドだ。あんたも冒険者なら夢見たことくらいあるだろう? かの迷宮を己が脚で踏破し、冒険者として不朽の名誉と栄光を打ち立てる夢だ」
「それは……いや、随分高く買われてるみたいだな。俺は」
「そうとも。せいぜいありがたく思ってくれ、いぶし銀の冒険者」
「いぶし銀……?」
意味が分からず唸るシドに、ユーグは言う。
「
踵を返した直後に、一度だけ振り返り。ユーグは笑ったようだった。
「身辺を騒がせたことを謝罪する。冒険者同士の縁があれば、またいずれ――どこかで会おう、シド・バレンス」
そう、言い残して。
ユーグ・フェットはシドに背を向け、夜のミッドレイを、西の門へと向かって歩いていった。
その背中が夜に溶けるほど遠ざかるまでの間。
シドは立ち尽くしたまま、去り行くその背中を見送っていた。
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