08.路上で決闘なんていくらなんでも時代錯誤だと思うんですが、始まってしまった以上はやるしかない
真昼のミッドレイ。その大通りである。
人々が行き交う往来は、人だかりに塞がれていた。
その中心にいるのは、対峙する二人の冒険者――三十七歳の中年冒険者シド・バレンスと、黒衣の冒険者ユーグ・フェットのふたりである。
観衆たる人垣の先頭には、ミレイナとターニャの親子、ユーグの仲間達の姿もある。
長剣を抜き、構えるでもなく無造作にその切っ先を下げたままのユーグと向かい合いながら、シドが繰り返し思っていたのは「どうしてこうなった?」の一事だった。
「剣を抜け。話し合いなんぞというヌルい戯言は聞かんぞ」
「……こいつは人へ向けるには強力すぎる。見ればわかるだろう」
呻くシドを、黒衣の冒険者は鼻で笑った。
「大した
ゆらりと一歩を踏み出した、その直後。
「――抜かせてやれば、いいだけのことだ」
一瞬のうちに速度を上げ、男はすれ違いざまの横薙ぎに剣を振るった。
「っと」
身を沈めて一閃を避ける。振り抜きざまに切り返す二の太刀を前方に転がって躱し、ユーグと位置を入れ替える。
(切り返しが速い――)
決して軽くはないだろう長剣を、まるで手足の一部のように自在に使いこなしている。
鍛錬を積み、実戦で磨いた剣の技。この男は一流の手練れだ。
「つあっ!」
振り返って体勢を立て直したぎりぎりのところに、ユーグの追撃が来る。
後退しながら紙一重でその切っ先から逃れ、喉を狙って深く踏み込む突きは首を倒すようにねじって避ける。
直後、前へ踏み出す。
伸びきった腕、その手首を掴み、膝で腕を打ち上げる。
骨が折れてもおかしくないほど痛撃を受けて、男はなお手から剣を放さない。その様を見て取ったシドは、今度はユーグの腕をねじりながら、深く踏み込んでいた足を払う。
さすがに苦悶の声を上げて剣を取り落としたユーグを、シドはねじったぶんの勢いを乗せて地面へ投げ落とした。
「ぐふっ……!」
ずだん!――と、籠った音と共に。
背中を撃ち抜く強烈な衝撃に、息を詰まらせる黒衣の冒険者。
シドはすぐさま手を放し、男の手から零れた剣を拾って距離を取った。
深く、息をつく。
倒れたまま、黒衣の冒険者は動かない。
まずいところを打って、息ができなくなってしまっただろうか。そう危惧して近づこうとしたその寸前、掠れた声が呻くのを聞いた。
「は……?」
大きく、息を吐く。
愕然と。仰向けに天を睨んだまま、ユーグは呻く。
「ここまでの……これ程の、差が……!?」
「いや……たぶん、あなたが思っているほどの差はないよ。正直ギリギリだった」
慰めではなく。心の底から、シドは言った。
連撃の速さと精度は言うまでもなく。とりわけ、交差直後の一閃と最後の突きの鋭さは、目を瞠るものがあった。
あのふたつは紛れもなく、彼にとって必殺を期した技だったはずだ。シドがそれらを躱しきれたのは、ほんとうに紙一重の差だった。
だが、その素直な評は――彼の心に、怒りの火を投げ入れてしまったようだった。
「ふ、ざ――けるなぁッ!」
転がって起き上がりざま、ユーグの手元から『何か』が飛来する。
――手投剣。刃の艶を落として捕捉を困難にした
「――おおおおおおっ!」
猛然たる吶喊。跳躍から、矢のように鋭い蹴りが飛ぶ。
シドはとっさに剣を
後方へ跳びながら、とっさに剣を握る力を緩めて衝撃を殺す――それでも衝撃を受けきれず、シドの手から剣を零れ落ちた。
ユーグは着地と同時に落ちた剣を拾い上げ、シドと対峙する。
「背中の剣を抜け、シド・バレンス。さもなくば――このままでは終わらせん!」
憎悪にも似た怒りを込めて、男は唸る。
その言葉は、『この戦いを』という意味ではないだろう。
たとえこの戦いが終わってた後も、ただでは終わらせない――《湖畔の宿り木》亭に、ミレイナとターニャの親子に危害を加え続けてやるという宣言だ。
――苦々しく奥歯をかみしめながら、シドは自身の失敗を悟る。
怪我をさせずに帰そうと考えるあまり、却って相手の
ああ、そうだろう。武器を向けておきながら、素手の相手に制圧されたとあっては、荒事商売の冒険者として一切の面目が立たない。彼らは笑いものも同然だ。
(ああ……まったく、俺はこんなことばかりだ。こんな調子だから、いつもいつも上手くやれないんだろうな)
――致し方ない。
ひとつ息をついて、覚悟を決める。
「誓ってくれるか。俺が剣を抜けば、宿にも街にも、あの親子にも手を出さないと」
「ああ……誓ってやるとも。貴様が勝ったらな」
「……そうか。なら仕方ない」
――こんなやりとりなど、つまらない茶番だ。
それを分かったうえで、
深く、深く、鉛のように重い溜息をついて。
背に負った剣を、シドはずらりと引き抜いた。
鈍く重い、鋼の輝きを宿したそれは、剣身の鍔元に握りとなるリカッソを備えた、長大な両手剣だった。
「いい剣じゃないか。
「ひとから貰ったものだ。来歴は知らない――聞きそびれた」
「そうかい」
ユーグの唇に笑みが浮かぶ。そして、
「――いざ、勝負!」
裂帛の咆哮と共に。石畳を蹴り、隼のように猛襲する黒衣の冒険者。
身の丈ほどもある剣を大上段に構えたシドは微動だにすることなく、細く研ぎ澄ました呼気を吐く。
「うおおおおおおお――――――――――っ!!」
――シドの、間合いに入る。
その、瞬間。
「――ふっ!」
颶風が奔った。
剣の煌めきが、まるで閃光のように――あるいは夜を駆ける流星のように、一瞬の光をまとって鋭く落ちた。
剣の先端が、陽の輝きを返して高々と宙を舞う。
──その半ばで切り落とされた、自身の剣を前に。
ユーグ・フェットは目を見開き、そして自身の足元――片膝をつくような姿勢で
まるで、そうした形に掘り抜かれた石像のごとき、厳然たる
――からん、からん――
乾いた音を立てて。折り飛ばされた剣の半分が、石畳の街路へ落ちた。
「……無銘とはいえ、
そう、ひとりごちながら。ユーグはその面に、うっすらと自嘲の笑みを広げた。
振り下ろされた瞬間、ユーグは本能的に脚を止め、振り下ろされる刃を自身の剣で受けていた。
真っ向から振り下ろされたシドの斬撃は、附与魔術で強度と切れ味を強化していたはずのユーグの剣を、易々と叩き折った。
それだけならいい。所詮は剣の差と、まだ己を慰めることもできたかもしれない。だが、シドが振り抜いた大剣は、街の石畳には寸毫たりともその切っ先を触れさせることなく――大きく張り出した
街に、のみならず、無論ユーグに対しても。シドはその大剣を、寸毫たりとも触れさせなかった。
その――ただ一度の、振り下ろしに。
それをなすために、果たしてどれほどの力と技――鍛錬が求められるであろうことか。
ユーグ・フェットは自嘲に口の端をゆがめ、ひどくさっぱりした心地で目を閉じる。『悔しい』という反感すら、その面には一片も浮かぶことなく、
「参った」
自分の手に残ったもう半分をその場に落として。
ユーグは両手を挙げた。
「――完敗だ」
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