03.「お前はクビだ、追放だ」との宣言は、今日びの流行りであるらしい


「え?」


 おめえにやる仕事はねえ。

 その、切って捨てるような物言いに、シドがぽかんと呆けてしまう、その間に、


「ちょっと待てよ親父、なに言ってんだ、いきなり!」


 横から割って入ったのは、《諸王立冒険者連盟機構》ミッドレイ支部長ドルセンの息子である、ヨハンだった。

 今年二十歳になる、ドルセンにとっては遅くに授かった一人息子。太鼓腹で仏頂面の父親とは似ても似つかない、痩身の爽やかな青年である。


「おかえりなさいシドさん。すみません、親父が失礼なこと言って……親父、謝れよ。なに考えてんだ身内の冒険者に向かって」


「シド。おめえ、冒険者の階位クラスを上げるってんでウェステルセンまで行ったはずだな? 宣言通り、ちゃんと階位は上げてきたか。ええ?」


「あ、いや……それは」


 ははは、と誤魔化し笑う声にも力が欠けてしまう。

 敢えて答えるまでもなく、胸に留めたくすんだ銀の紋章エンブレムを見れば一目瞭然のことである。


「おめえよ、冒険者になって何年だ」


「ええと、二十……年、くらい。だっけ?」


「二十二年だ。銀階位シルバーに上がってからは二十年。同じ年に生まれた一人息子ヨハンが、今年結婚するってくれえの年月だ」


「え。ヨハン、結婚するのか!? そいつはめでたいな、おめでとう!!」


「あ、ありがとうございます……」


 頬を赤くしてはにかむヨハン。純朴な青年の肩をばしばし叩いて、シドは祝福する。


「そっかぁ……あのちいさかったヨハンがとうとう結婚かぁ。で、相手は? どこの誰と結婚するんだ?」


「ターニャです……シドさんもよくご存じの」


「ターニャとか! ちいさいころはヨハにいヨハ兄っていっつもきみの後をついてまわってたあの子が!? そっかぁ、あのターニャがお嫁さんかぁ……早いもんだなぁ……!」


「まだ、宿のほうには帰ってないんですよね? 早く顔を見せてあげてください。シドさん帰ってきたって知ったら、ターニャもミレイナさんも喜びます」


「ああ、すぐに帰る! あの子にも結婚のお祝いを言ってやらなきゃ!」


「今は、その話はどうでもいい」


 不細工な猫を思わせる仏頂面をいっそう不機嫌にして、ドルセンが唸った。


「シド、おめえな。いっちょまえの冒険者になってから二十年、ひとっつも階位クラスが上がってねえってのに、何とも思わねえのか? 赤ん坊だったウチの息子ヨハンが結婚までしようってくれえの時間だぞ。おめえ一体何やってたんだ。ええ?」


「それは……」


「親父!」


 ヨハンが怒鳴った。

 ばん、と両手でカウンターを叩き、父親に詰め寄る。


「何って、そんなの親父が一番よく知ってるだろ!? シドさんはこの街の冒険者として」


「黙ってろヨハン。おめえの意見なんざ聞いてねえ」


「な」


 鼻白む息子をじろりと睨み上げて黙らせ、ドルセンはあらためてシドと向かい合う。


「なあ、シド。おめえが手前てめえ階位クラスを上げるっつぅてこの街を出てった時ぁよ、俺ぁそれはもう感心したもんだ。おめえにもようやく、いっぱしの冒険者らしい、いっぱしの男らしい気概ができたんだってよぉ」


 はぁ――――っ、と深くため息をつき、ドルセンはかぶりを振る。


「それが、どうだ? 一年と何か月かぶりで戻ってきたと思ったら、てめえはなんにも変わってねえじゃねえか。金とは言わずともせめて水銀階位マーキュリー紋章エンブレムくれえはつけてくるかと思いきや、相変わらずのくすんだ銀オクシダイズド・シルバーだ。おれぁ情けねえったらありゃしねえ」


「いい加減にしろよ親父! さっきからいったい何様のつもりで」


「ヨハン」


 激昂する青年を、今度はシドが止めた。


「いいから。おやっさんは何も間違ったことは言ってない」


「シドさん、そんな――」


「おう、よおく分かってんじゃねえか。今のこの街にゃ、てめえより階位クラスが上の冒険者はいくらでもいる。実績もねえやる気もねえ、《くすんだ銀オクシダイズド・シルバー》に任せるくらいなら、そのぶんの仕事はそいつらか――でなけりゃ、てめえよかちっとは気概のある、将来有望な新人どもにやらせる。以上だ」


 しん――と。鉛のように重さを増した空気に、その場が低く静まり返る中。

 ふん、と鼻を鳴らし、ドルセンは言った。


「気概も実績もねえ冒険者なんざ、うちにはもう必要ねえ。シド、おめえはクビだ」


「親父!?」


 愕然とする息子の方へは見向きもせず、ドルセンはにんまりと厭味ったらしい笑みを広げる。


「知ってっか。今日日きょうび、都会じゃそういうのが流行りなんだとよ。気概も実績もねえ無能は放り出して、組織の質を向上ってぇ理屈だとよ。つー訳でお前はクビだ、追放だ」


「聞いたことないぞ親父、そんなの! いったいどこの流行りだよ、それはっ!!」


「そういう訳で、お前の籍は今日を限りに抹消だ。情けと思って資格は取り上げずに残しといてやっから、冒険者の仕事は他所へ行って探しな」


「……分かったよ、ドルセン。今まで世話になった」


「ちょ――シドさん!?」


 あまりにも素直に冷遇を受け入れ、踵を返してしまうシドに、むしろ横で聞いていたヨハンの方が焦る。


「待ってくださいよ! くっそ……親父は後でハナシつけるからな、そこにいろよ! 逃げんなよ!?」


 連盟支部を後にするシド。

 ヨハンは父親に向けて憤然と言い捨て、シドの後を追った。



「シドさんっ――シドさん待ってください! シドさんってば!!」


 裏返った悲鳴になる、その寸前の声をあげながら追いかけてくるヨハンに。

 シドはさすがに放置もできず、脚を止めて振り返った。


「ヨハン。さすがに往来で大声は迷惑」


「お説教は後で聞きますから。てか、親父の言うことなんかうっちゃっといてください、いくら何でもあんまりだ!」


「いや……まあ」


 ははは、と力のない声で笑う。


「でも、ほら。ドルセンのおやっさんが言うことは間違ってないからさ。確かに、後輩に仕事をやらせてきちんと実績と経験を積ませた方が、ゆくゆく支部のためにも、この街ミッドレイのためにもなるだろうし」


「それは、そうかもしれませんけど……!」


「俺は俺で、身の振り方を考えるからさ」


 ぽん、と肩を叩く手を悄然と見下ろして。

 だが、ヨハンはキッと眉を吊り上げた。


「だからって! ここで『そうですかお達者で』ってあなたを放り出したら、僕はターニャにどうその話をすりゃいいんです!? 彼女にも、ミレイナさんにも、この先二度と顔向けできなくなっちまいますよ、僕はっ!」


「あ。いや、それは……その、なんというか」


「お願いですから、おかしなこと考えないでくださいね? あの頑固爺が何考えてんだか知りませんけど、親父には僕からきちんと言い聞かせてやりますから。

 、僕は、僕達はちゃんと知ってんですから――だからそれまでは、大人しく宿で待っててくださいよ。いいですね!?」


「ヨハン、それはその……うぅん……」


 今や、シドに対しても憤然と。鼻息荒く引き返してゆく青年の背中を見送って。

 シドは他にどうしようもなく、気まずい心地で頭を掻いた。

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