ヤンデレと農家オンライン

門番

ヤンデレからの手紙


1.


 一億手に入れた。


 もちろん円じゃない、ゴールドだ。ゲーム内マネーである。

 早速家を購入。日陰は農家の敵だ。近所の家々に挨拶としてプラチナ品質の野菜を配り歩いた後、防犯モンスターを購入。

 放せば勝手に庭に上がった連中をアイテム袋に変える愛しの子に、俺はポチと名付けた。


 翌日、ベッドから起きるとポチが震えながら懐に飛び込んできた。俺は死んだ。このゲームにペットとそうでないモンスターを区別するシステムなんて存在しない。


 泣きながら自宅に戻るとアイテム袋はすべて消え、代わりに一通の手紙が残されていた。


『黙って貯金を使うなんて許さない。妻に相談すべき』


 自宅は完膚なきまでに破壊されていた。ポチー!



2.


 事の次第をギルドハウスにて報告するも、ただの一人も同情を示さなかった。

 

 さめざめと泣く俺。誤解のないように言っておくと、俺は独身で手紙の主には何も心当たりがない。完全に冤罪で自宅を破壊された俺に対して、メンバーの一人であるルンポッポは言った。


「スライムは煮込みが旨いと聞く」


 何も聞いていなかった。俺は泣いた。


 食べるためにゲームを始めたという彼女は悪食で有名で、何でもかんでも喰らいつく。しかし余所でも噂になっている、ギルドの実に3分の2の貯金が腹に消えたというのは虚偽である。


 アレは食費に消えたのではなく、無差別にモンスターに喰らい掛かり返り討ちにされた彼女の蘇生代に大半が割かれている。要約すると頭のおかしい女だった。


「金。返せぇです」


 次に飛んできたのは慰めの言葉ではなく手斧。ローグの冷凍パスタさんだ。

 幸い直撃はしなかったものの、最高レベルのローグが投げる武器はスキルを使用せずとも、掠っただけで生産職である農家の体力を根こそぎ削り取る。寸での所で踏み留まりふざけた名前の女を睨んだ。


 黒装束のちびっ子はプレイヤー・キル・ペナルティを厭わず暗殺のみでレベルを上げてきた人殺しのプロ。頭を飛ばせばそこそこグロいはずなのに眼に全く躊躇がない、頭のおかしい女だ。


 しかし、金? 何のことか分からないな。家の事なら全て自分で稼いだ金ですしぃ。


 ……そんな時タイミング悪くポケットから借用書が落ちた。5000万ゴールド、担保はノーチラス二丁目ギルドハウス。


 俺は土下座しようとした。が、ローグの身のこなしは早い。蹴りで飛んだ。



3.


 リスポーン地は勝手に変更されていた。一定距離内で効果の発動する、ギルドメンバーのリス地を設定出来るシステムによって。


 各々の得物を手に目を輝かせる仲間達から後ずさろうとするも、後方は狭く硬い岩盤の壁で出来ている事に気付く。

 破壊出来ないブロックはフェアじゃないですぅ。


 命乞いする俺に手斧が飛んできて首が飛んだ。視界が明けても同じ景色が繰り返される。

 戦闘エリアじゃないからルンポッポと違い金は掛からない。のでやりたい放題。


 気に入らないプレイヤーをいち早く引退に追い込む方法を知っているかい? リス狩りだ。今時FPSでもバッドマナーとされている悪習を、彼女らは嬉々として実行する事が出来る。


「そこら辺にしておきましょう。彼の言い分も聞くべきです」


 血濡れに染まった地獄で蜘蛛の糸が垂れてきた。ギルドマスターの師匠はいつだって俺に優しい……。

 言い分を聞くなら殺す前にすべきとかの正論はここでは毒にしかならない。素直に額を地面に擦り付けごめんなさいする。


「最近ずっと怪しい恋文が届くんです。だから誰にも知られず身を隠そうと考えていました」

「はっ」


 パスタさんが笑う。よし、殺そう。

 俺の藁より柔い決意は飛んできた手斧を前に脆くも崩れ去った。


「ふうん……。しかしそれだけで、うちの資金を勝手に持ち出したことは不問に出来兼ねますが……」


 師匠は俺の差し出したここ最近の恋文を一枚一枚丁寧に読み漁り始める。

 

『いつもあなたを見ています』

『今日の全滅はあなたのせいじゃありません』

『ログインが昨日と比べて五分ほど遅かったですね』

『あなたが出品していた装備を買い占めました』

『あなたが出品していた装備を分解して私のと混ぜて人形を作りました。二人の愛の結晶です』

『人形を送りました』

『夏も終わりですね。私の水着を分解してマフラーを編みました。使ってください』

『今月の結婚指輪です。式場で待ってます』

『今月の結婚指輪です。あなたのおうちの前で待ってます』


「……あなたを許しましょう」


 全て読み終えずに師匠が言って、手紙を全て燃やし尽くす。

 高レベルのアークウィザードでありながら問題児を多く抱えるギルド『豊穣の羽』のマスターでもある師匠の言葉は、他の何よりも優先される。彼女が白と言えば黒も白い。


 手斧を掲げていたパスタも大剣を研いでいたルンポッポも人殺しの手を止め、残念そうに肩をすくめる。

 

 残念ながらこのゲームにおいて二人は特異なタイプだ。万一このギルドを追放されでもしたら他に引き取ってくれるところは無いからか師匠に対しては従順である。


 俺だけが師匠の清涼剤として機能していたはずなのに、今回の件でその信用を裏切る様な真似をしてしまった。その事だけが非常に悔やまれる。


「……ところでモケモケさん。あなたが挨拶に回った方々が皆デスペナを受け、持ち家を手放した事についての釈明がまだですが」


 はて何のことだろう? 俺はただ最高品質の生野菜を配り周っただけだが……。純然たる善意100%にしか見えないはず、だ。

 

 仮に俺のユニークスキル『等価交換』について――高品質の作物ほど効果が高くなる代わりにバッドステータスも付与されやすいという情報を知らずに死んだとしても、それは無知故の死だ。


 この世紀末社会において情報不足は死に直結する。新規精鋭ギルド故の見通しの甘さが命取りになったな。


「俺はクビですか?」

「はぁ……。いいえ、あなたの様な人を野放しにする事は出来ません。手紙の件がどうなろうと、今後は勝手な敷地を持つ事を禁じます」


 やったぜ!

 

 豊穣の羽は問題児の集うギルドだ。故に追い出されると経歴だけで余所に受け入れて貰えなくなる。

 とばっちりもいい所だが、今後は己の徳を積む事に勤しみ師匠と俺だけでもまともに扱われるよう努力しよう。


「どの口が言ってるんですか」


 吐き捨てるパスタさんに抱いた殺意は、飛んできた手斧を前に己の頭と共に崩れ去るのだった。

 

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