BLな旦那とGLな妻[試作]

夕暮 瑞樹

試作

「…あんたさ、今日のあの客の事どう思ってる訳?」




誰も居なくなった定食屋で、僕の妻である縦嗣叶たてつぐかなえはそうぼやいた。


「あの客って、何時も酒しか頼まず皆に話しかけていくあの女の人?」


「そう。ほんっと迷惑極まりない。」


「あーでも、結構人柄良さそうだったよ?ほら、酔っても僕のおじさんみたいに暴れたりしない。」


「…それはそうだけど?」


けどさぁ、そうなんだけどさぁと叶はコップ一杯に酒を注ぐと、瓶を片手にゴクゴクと喉を鳴らした。


 今話している女の人というのは、数ヶ月前からうちの常連になった方で、何時も同じ時間に、部屋着の様なだらしない格好で店に入ってくる。僕の言った通りお酒しか頼まず、周りに座る他の客に絡んでは転々と机を回っていく。日によって一周する時もあれば一度で終わる事もあり、どちらにせよ必ず一回は席を立つ。此方としてはその時間帯だけ客は減るし、逆にそれ目当てのおじさんや変人に似た様な人が集まってくるし、その人達もお酒しか頼まず、素朴な定食屋の筈が完全に居酒屋の雰囲気に飲み込まれるし。色んな被害が最近目立つ様になってきた。


 しかしその被害の一つに叶がいる。叶は、初めは彼女の悪口ばかり言っていたにも関わらず、次第に悪口に見かけた褒め言葉が増えていき、何時の間にかまだかまだかと彼女の来店を期待している所がある。いざ彼女が来ても、こっそり、ずっと彼女を目で追い、厨房の仕事をサボる事も多々あった。注文が酒しかないからまだマシなんだろうけど、にしても妻のガン見っぷりは如何したらいいものか。


 しかし、「別に構わないんだけれどね」と、毎度ながら僕は妻を許してしまう。何故なら、僕達の関係は一般的な夫婦の概念とは少し異なる、形式的で精神的な関係だからだ。




「だからさ、あぁれはカッコ良過ぎるんだよ、罪だよあれは。」


叶は瓶に余った少量の酒も逃すまいと、コップに瓶を逆さに刺して、水が垂れてくる様子を待ちどうしそうに眺めた。


「アハハ、出た何時もの、あいつかっこよすぎだろ罪?」


「そうだよ。あの顔にあの目つきにあの髪型はヤバいって。しかも今日のあの服見た?猫だよ猫。めちゃ可愛いしめちゃ可愛い。」


「何それ、繰り返してるだけじゃん。」


僕は笑ってこぼしかけた水を慌てて手でカバーすると、その瞬発さを叶が褒めてくれた。




「じゃあさ、逆にあの客はどう思うよ?」


「あの客?ん、あのオムライスケチャップ消費野郎か。」


「そう。よく分かったね。」


「だって李人りひとが何時も目ぇ付けてるから。」


「え嘘、そんなに?」


「うん。そんなに。」


叶は本当だよ、とすぐ側の厨房まで空になった瓶とコップを持って行き、代わりに冷蔵庫からさやえんどうを取って来た。


「あれはね、かなり迷惑だね。」


「うん。僕等一週間に一本の頻度でケチャップ買いに行ってるからね。」


「そうそう。でも、好きなんでしょ?」


「…うん。あいや、好きと言うか、気になってるだけだよ?」


「そりゃそうだ、結局は客なんだから。」


そんなの私だってそうだよと、叶はえんどうをポンポン口に放っていく。


「何が良いの?顔?」


「んー、顔もそうだけど、話し方と声かな。メニュー聞いた時も、何を言ってるか分からないぐらい低い声なのにオムライスにかけるケチャップの量は子供以上っていうギャップ?後、掛けてた眼鏡がオムライスの上に落ちてレンズがケチャップまみれになる様なドジっ子体質?僕あの人のそういう所が好き。」


「へぇ。相変わらず変わってるねぇ。」


「それはお互い様ですね。」


「ハハハ、確かに。」


さやえんどうが無くなり次第、ではそろそろと、僕らは席を立った。店の電気を消し、厨房の後片付けを僕がする。その間に二階で叶がお風呂を炊いて、布団を敷く。




また明日、あの人が来ると良いな。




そう言って僕らは瞼を閉じた。偽の結婚指輪を、枕元に置いて。

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BLな旦那とGLな妻[試作] 夕暮 瑞樹 @nakka557286

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