第7話 料理屋

「んふぅ、おひしい」

 何とか舞踏会を終えたその夜、アリアは約束通り舞踏会に出された料理を堪能していた。傍ら、トイは食事どころではないようだだった。今日一日が何事もなく終わったことへの安堵から、先ほどからふう、だの、はあ、だのため息ばかりだ。

「王子さま、召し上がらないのですか?」

「ああ、わたしの分も食べるといい」

「いいんです!? こんなにおいしいのに」

 カリカリに焼いたパンにバターを塗って、上に乗せられたレバーのパテは丁寧に血抜きされている。牛乳の代わりに生クリームを使って、ニンニクと玉ねぎの風味が美味い。

 カルパッチョは牛肉ではなく馬肉を使っている。馬肉と野菜を白ワインビネガーと塩という至ってシンプルな味付けでマリネしているだけに、素材の味が重要だ。この馬肉を探し出すために、コック長のキースはほうぼうを試食して回ったそうだ。

 自家製のフランスパンは焼き立てではないものの、ふわふわパリパリで食感まで美味しい。

 そのフランスパンを薄く切って、オーブンでじっくり低温で焼いて、アイシングを塗り付けたラスクは、食事にもデザートにもなる。

 フランボワーズのムースは、アリアの店と同じ仕入れ先の果物を使った。これはキースの計らいだ。少しでも楽しかったころの味を食べてほしい。

 どの料理もキースの心を感じることができ、アリアは幸せでいっぱいだった。

「ところで王子さま。この城の一角に料理屋を構えること、キースさんたちには話してるんですか?」

「ああ。喜んで手伝うと言っていた」

「そうですか。うーん、それなら」

 小料理屋 磯、は、世界各国の料理を再現して提供してきた。しかし、そうなると仕入れの材料費がかさんで、そこをどうにかできないか、アリアはいつもやりくりに苦戦していた。

 今回、新たに新規オープンとするのなら、料理のジャンルをひとつに絞ってもいいだろう。

 そもそも、世界各国の料理を出していたのは、客がどこまで世界の料理を受け入れてくれるか試している部分はあった。そのうえで、一番人気だった国が、

「磯、って名前。ヒノモトにある言葉なんです。だから、私がまた、磯を開くときは、ヒノモトの料理専門のお店にしたいのですが」

「ヒノモトの」

「はい。……ヒノモトの料理は癖がなく、また、肉も食す環境ゆえか、こちらの調味料とも合わせやすいことが多々あります。キースさんのキイチゴのソースなんかがいい例です」

 トイはここにきてようやく疲れた顔が明るくなる。アリアは料理の話をしているときが一番生き生きしている。そのアリアを見ると、トイまで元気がもらえるのだ。

「そうか。ヒノモト……城の一角に開くというアドバンテージは十分に生かせるだろう。城に作るのだから、下手なものは出さぬだろう、と貴族は考えるはずだ」

「はい。でも、平民には敷居が高いかもしれないですね」

 そうなのだ。この城の一角に料理屋を作れば、貴族は寄り付くだろう。半面、平民は入りにくくなってしまう。

「そうだな。先日ソナタが言っていた、前の小料理屋に張り紙をしてオープンを知らせる件だが。懸念はあるが、許可しよう」

「え! 本当ですか!」

 アリアがトイにずいっと迫る。この娘は本当に、自分を異性として見ていないらしい。

 トイが困惑すると、「申し訳ありません」とアリアが距離を取った。

「私、料理のことになると興奮してしまい」

「良い。だが、一つだけ約束してくれ」

「はい。なんでしょう」

「今後ソナタは、ひとりでの行動は慎んでくれないか。ソナタを狙う輩は大勢いる。だから、城に店を構えても、護衛は最低一人はつけるし、買い出しなんてもってのほかだ」

 うええ、とアリアが嫌そうな顔をする。しかし、現状仕方のないことなのだ。

 舞踏会で大々的にアリアの存在を知らせた以上、顔も割れた。だったら、アリアを暗殺する輩も現れるだろう。それだけはなんとしても避けなければ。命より大事な自分の妃だ。

「それから、ソナタとの約束も……検討している」

「やくそく……?」

「万人に優しくせよとの――」

「え、本当ですか!?」

 ぱっと顔を明るくして、アリアがトイの手を握った。いきなりのことにトイが固まっている。アリアは「すごいです、えらいです」とトイをほめちぎっている。

 かあっと顔が熱くなる。別に、子供じゃあるまいし。

 なのに、トイはうれしくて仕方がない。アリアがこんなに喜んでくれるのなら、苦手な人間関係も善処しようと思えるくらいには。

「ああ、お店の完成が楽しみですね。お店のお客さんの第一号は、王子さまにお願いしてもよろしいでしょうか」

「む? わたしでいいのか?」

「もちろんですよ。むしろ、王子さま意外に考えられません。やっぱり、一番最初は一番大事な方に召し上がっていただきたいものですからね!」

 ぱっとトイから手を離して、アリアがはにかむように笑った。

「大事な方」

 何度も繰り返して、かみしめる。大事、なのか。もっとてっきり、自分はアリアにとって単なる飾りの夫だとか、そういう立ち位置だと思っていた。なのになんだ、この気持ちは。

 アリアがトイに抱く気持ちが親愛なのかなんなのか、トイにはわかりかねたが、多少無理をしてでもアリアに再び料理人の道を歩ませることにしたのは、あながち悪いことばかりでもなさそうだ。

 そしてこのトイの判断が、のちのトイやアリアの地位を盤石にすることになるなど、誰も知る由がなかった。

 アリアの料理は革新的に、徐々に平民のみならず、貴族たちをも巻き込んで、この国の食習慣、ひいては健康への概念を覆すことになるのである。



ーーーーーーーー

第一章完

コンテスト用なので今回はここまでです。

お読みいただきありがとうございました。

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突然押しかけてきた王子さまの妃になって、気づいたら溺愛されていました〜なお、城の一角で料理屋を開いていいそうです〜 空岡 @sai_shikimiya

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