◆一の二◆彼女と僕、ここが。
いつもの信号のない交差点。
いつものように通勤途中の僕。
僕は車が通り過ぎるのを待っていた。
何があったんだろうか。
思い出せない。
いつものように会社に行き、仕事して帰宅する。
そんな変わらない毎日。
何かが足りない。
何か物足りない。
僕はここで誰かと話をしていなかっただろうか?
毎日毎日、僕に元気の出る笑顔を、その誰かが見せてくれていた。
そんな気がする。
また今日も仕事。
最近はなぜだか仕事が苦にならない。
仕事しかすることがないせいだろうか。
今まで僕は、何をして過ごしていたんだろう?
何を思って仕事していたんだろう?
最近は物忘れが酷くなってしまったのか……。
そんなこと考えながら、また交差点で立ち止まる。
あれっ?
今日は車がいないなぁ。
横断歩道を渡り、バス停に向かおうとしたら、僕がいた向かい側で一人、女性が立っている。
何か叫んでいる。
上手く聞こえない。
横断歩道を渡って聞きに行こうとした。
すると女性はさらに声を強め
「ダメ!! そこで止まってて!」
と叫んだ。
僕はびっくりして立ち止まる。
なぜだ?
聞こえないから行こうとしているのに、ここから聞けというのか?
でも、あの女性はどこかで見たことがある。
そう思った瞬間、なぜか涙が溢れてきた。
なぜ、僕は泣いているんだろう。
なぜ、あの女性を見ると、胸が締め付けられるんだろう。
もっと近くに、もっと近くに行きたい。
あっ・・・
その瞬間、ある映像が頭に浮かんで来た。
僕は涙をとめることが出来なかった・・・
彼女の笑顔。
彼女の怒った顔。
彼女の悲しそうな顔。
彼女のびっくりした顔。
そして、彼女の泣いている顔。
ん?
彼女は泣いている……?
あーそうか……
僕は思い出した。
僕の心は彼女でいっぱいだったんだ。
彼女に出会ったことで、苦でしかなかった仕事も、上手くいくようになり、何もしなくても、彼女のこと考えるだけで、僕は幸せになれた。
そして今、彼女は泣いている。
泣きながら、僕に何かを伝えようとしてくれている。
「動かないで! 私が行くからそこにいて‼」
ここにいろ?
僕は指示に従った方がいいと思い、歩道でそのまま立ち止まった。
そして彼女はまた叫んだ。
「そのままそこにいてね! バスに乗ってはダメよ。その先に進んではダメ」
バスに乗れなければ会社にいけない。
すると仕事にも行けない。
ずっとこうしている訳にはいかないのに、今日の彼女は休みなのか?
あぁ、僕にも会社を休んでほしいのか?
それはさすがにないか。
今の状況を理解しようとすればする程、ますますよく分からなくなった。
僕に今出来ること、君がこちらに来てくれるというので待つだけだ。
そしたらまた君と話しが出来る。
すると、彼女は泣き始めた。
泣きながら横断歩道を渡ろうとする。
ただ必死に僕に何かを感じとってほしい、そう言いながら。
僕は彼女が来るのを待った。
しかし、異変を察知した。
次の瞬間、またある映像が頭に浮かぶ。
急いでいる彼女。
脇には急ブレーキをかける車。
あっ、ぶつかる!
僕は全てを思い出した。
そして今の状況はどういうことか、理解しようと努めた。
僕は彼女を助けられなかったのか。
それで彼女は泣いている?
自分の人生も終わってしまったのか?
僕を天国へ連れて行かない為に、必死にどうしたらいいか考えてくれているのだろうか。
仲直り出来ないまま、僕達はバラバラになってしまうのか?
少なからずとも彼女の気持ちがひしひしと伝わってくる気がする。
僕は生き残ってしまったのか?
彼女は先に行ってしまったから、まだ息のある僕に生きるよう訴えているのか?
だとしたら、何てことだ。
だとしたら、ここは天国へ続く道か?
だとしたら、彼女とはもう会えなくなるのか?
僕は交差点の彼女を見つめた。
彼女はまだ泣いている。
これが最後だとしたら……
気がつくと僕の涙は止まっていた。
僕は彼女を待つのをやめ、交差点の横断歩道を戻り始めた。
そう、彼女の元へ行く。
そして、渡りきる前に彼女と向かい合い、彼女の手を引っ張り、思いっきり抱きしめた。
僕は彼女に
「好きだ」
と告げた。
僕は今までの想い、全てを伝えるかのように彼女を抱きしめた。
またある映像が浮かぶ。
彼女は僕を見下ろしている。
それも泣いているのか、喜んでいるのか、よくわからない状態で。
しかし、今までの映像とはどこか違う。
どこか現実味がある。
妙にリアルに感じる。
僕の手には、優しい温かなぬくもり、離したくても離れない、可愛い彼女の手。
次の瞬間、僕は病院のベッドに寝ていた。
なんだか長い夢を見ていたようだ。
「気がついたわ!」
「俺先生呼んでくる!」
「ねぇわかる? 私がわかる?」
泣きはらした後というような顔している彼女だ。
僕は頷いた。
しかし上手く声が出ない。
体を起こそうとしても、いつもより体が重いし痛い。
「あっ、まだダメよ! そのままゆっくりしてて! 今、弟さんが先生を呼びに行っているわ」
起き上がろうとする僕を彼女が制す。
なんだか状況がよく飲み込めない。
彼女は生きているのか?
僕は彼女を死なせて生きているのではないのか?
今の状況だと彼女の方が元気で、むしろ自分の方が死にかけていた感じだ。
かすれた声で
「僕は……?」
彼女は微笑んだ。
「あなたが私を助けてくれたのよ。だからおかげで私は元気なの。ほら、擦りむいただけ」
そう言って腕を見せる彼女。
「でも、そのせいであなたがこんな目にあってしまった。ごめんなさい」
僕は彼女を助けることが出来ていたのか。
そうなのか。
僕は安堵した。
ゆっくりかすれる声で僕は話した。
「ううん、良かった。君が無事で本当に良かった」
すると彼女は、
「今話す時じゃないかもしれない。だけど聞いてくれる?」
僕は
「いいよ」
と微笑んで見せた。
「私、自分のことで精一杯だったの。仕事ね、県外に転勤になるかもしれなくて。でもそしたら、あなたと離れてしまう。そうなるとすごく寂しく感じて……。でも仕事は断れない。でもあなたと私、恋人でもなんでもないわ。だったら別に転勤になってもいいじゃないかって。でも、この朝の距離感がすごく心地良くて、あなたから離れたくなくて、そう色々考えていたら頭いっぱいになっちゃって。家でも早く決めろだのってうるさく言われて、そうしているうちにイライラしちゃって。あなたに八つ当たりして、周り見えていなくて。そしたらあなたをこんな目に合わせてしまった……」
自分を攻め続ける彼女を、僕は繋いでいた手を離し、彼女の涙をふき、彼女の口に人差し指を当て、話しを止めた。
「そんなに自分を攻めないで。僕だって自分のことでいっぱいだったよ。君の気持ち、ちゃんと考えてあげられていなかったと思う。気付いてあげられなくてごめん。眠っているときも、その前からずっと思っていたんだけど、僕ははっきりさせなくちゃいけない。いいかい? 聞いてくれる?」
彼女は黙って頷く
「僕は君が好きだ、大好きだ。君と会えなくなるのは本当に辛い。出会って一年も立っていないけど、この数ヶ月、とても濃い時間を過ごしたと思っている。この感情が一時の感情じゃないって、はっきりわかる。こんな気持ちは初めてだよ。僕には君が必要だ。お互いダメな部分を補っていきたい。そばにいてくれる?」
彼女から一粒二粒と、涙が溢れた。
「うん、ずっと一緒にいる。私もあなたが好き。出会ってからずっと気持ちが大きくなっていくのを感じてた。一時の感情じゃないって、私もはっきり言える」
僕は彼女の涙をまたふいた。
やっと、やっと言えた。
「ねぇ? ところで聞きたいことがあるんだ」
「ん、何?」
僕は今度こそと、あの後悔した日々を思い出しながら、彼女に聞いた。
「電話番号とメルアド、教えてくれないかい?」
彼女は一瞬驚いた顔したが、次の瞬間にはもう笑顔になっていた。
「フフフ、本当ね! 私もう知ってると思ってた。携帯見ていい?」
まだ上手く体を動かせない僕の代わりに、彼女は番号を登録してくれた。
僕は嬉しくなって、もう一度彼女の手を握った。
本当は彼女にキスしたいくらいだ。
だけど今は無理だ。
ちょっと悔しい。
そんな僕の気持ちを察したのか、彼女は僕の隣に寝そべるようにして、少し照れながら顔をくっつけてきた。
「記念に写真撮ろう!」
僕が返事する間もなく、彼女はシャッターを押す。
「フフフ、前向かなきゃ! でもこれはこれで嬉しいからとっておく」
彼女は嬉しそうにカメラの画面を見せてきた。
そこには前を向いて笑顔の彼女と、驚いた顔をして彼女を見つめる僕が映っていた。
「なんだよそれ! もっとマシな写真にして!」
「いいの! これでいい」
そんなたわいもない会話が出来ること、僕は嬉しかった。
嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
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