◆一の一◆彼女と僕、そして。
平凡な毎日。
ありがたくもあれば、全然ありがたくもない。
仕事も恋も全然上手くいかなかった。
ちょっと調子いいとすぐこれだ。
小さな幸せも長続きしない。
人生そんなもんだろうか。
この時もまた、気分が落ち込んでいて仕事へ行く為の通勤途中だった。
通勤に必ず通るこの信号のない十字の交差点。
車が通り過ぎるのを待っていた。
すると、隣に同じように車が通り過ぎるのを待つ人が一人現れた。
僕はチラッと横目で見た。
ちょっと気になった。
最近よく見かける人だった。
朝も夜も、偶然にもよく会う人だった。
だけど、知り合いでもなんでもなかったから、話す機会なんて全然なかった。
しかし、こう何日か見かけるとなると、人っていうのはその人に興味がわいてくる。
どんな仕事をしているのだろう。
この付近に住んでいるのかな?
僕と同じ方向から来たんだろうか。
待つ間、そんなことぼやっと考える。
しかも、結構可愛い女性だった。
仕事も上手くいってなかったから、彼女を見てちょっと元気をもらった。
今日も頑張ろう!
我ながら単純な男だな。
そんなことを考えながら、一人心の中でノリツッコミをしていた。
するとある日、僕と彼女の間にお婆さんがやって来た。
ちょっと距離が遠くなった気がしてがっくりする。
だけど、このお婆さんこそ天使のキューピットだった。
「おはようございます。なかなか車が途切れないねぇ」
僕になのか、それとも彼女になのか、どちらに話かけたのかわからない。
彼女もびっくりした顔をしている。
僕が小さい頃は、ご近所さんと挨拶なんてしょっちゅうだったけど、大人になった今はすっかり時代も変わってしまったようで、挨拶も少なくなってきてしまった。
だけど、せっかくお婆さんが話かけてくれたのだから、答えることにした。
「おはようございます」
「おはようございます」
僕と彼女の声が重なった。
なんて偶然だろうか。
タイミングが全く一緒だった。
ちょっと嬉しくなって、僕はつい彼女に笑顔を向けてしまった。
ニヤけてはいなかっただろうか。
不安になった。
でも彼女は微笑み返してくれた。
「そうですねぇ。この時間帯は通勤ラッシュで車が多いですから」
彼女はそうお婆さんに返事した。
僕も何か話をしよう!
と思ったその時
「あっパトカーだ」
僕はパトカーが目の前で止まったのに気がついた
「なんだろう? 何かあったのかなぁ?」
僕は不思議に思ったことを気づいたらつぶやいていた。
すると彼女は、
「きっと私達の為に止まってくれたのよ! 行きましょう」
そうか、そりゃあそうだな。パトカーなら止まってくれるか。でも、たまにパトカーでも素通りされるから、この警察の方はちゃんと見てくれているんだなと思った。
なるほどと一人彼女に納得しながら、僕は彼女とお婆さんと一緒に横断した。
「お二人さん、ありがとうね。お仕事頑張ってね」
お婆さんは僕と彼女にそうお礼を言って、僕達とは逆の方向に歩いて行った
お婆さんと別れた僕と彼女は、その後同じバスに乗った。それ以降、そこまで話をすることもなく、その場に居合わせるだけの状態が続いたが、数日おきにお婆さんとも交差点で会う機会があり、またお婆さんが気さくに話しかけてくれるので、気づいたら三人居合わせると話を自然とするようになっていた。
とても居心地が良い。
僕はそんなことを考えるようになった。三人でいると、基本お婆さんの話を聞き、僕と彼女はその話に反応するっていうのが通常のパターンだ。
そしてもちろん、彼女と二人きりのときもある。
お婆さんがいなければ彼女と会話が弾まないのが、僕としてはもどかしい。
だけど、とある日にお婆さんに言われた一言が僕の背中を押した。
「人生なんてね、悔しいことばかりよ。それでも人が成功を目指すのは、悔しいと思うことを心のどこかで経験として誇りに思っているからよ」
うんそうだな、話しかけて駄目でもいいじゃないか。お婆さんを通してでも、ここまで距離が少しは近づいたと思う。もう少し、彼女と二人で話がしたい。
僕は意を決して彼女に話しかけた。
「あの、聞いてもいいですか?」
彼女は少し驚いた顔をしたが、いやな顔をせずに言葉を返してくれた。
「はい、何でしょう?」
「いつも同じバスで降りる場所も同じですが、どういったお仕事をされているのですか? いつもお婆さんの話を聞くばかりで、よろしければあなたともお話してみたいなと思いまして」
緊張して早口になった。
変な言い方ではなかったか?
いきなり失礼だったかな。
そもそもただの赤の他人に話しかけてほしくなかったかな。ただよく居合わせるっていうだけなのに。
頭の中で様々な考えがよぎった。
少し沈黙の間があった。
いつもお婆さんの話に受け答えする彼女を見ていると、きっと優しくて頑張り屋さんなんだろうなと、いつも思っていた。だからそんな彼女を困らせてしまっただろうか。
僕は一気に不安になった。
そして彼女は、僕の目をじっと見てきた。
「えぇ、そうですね。少しくらいならいいかもしれない」
彼女はニコッと笑った。
僕はその笑顔を見た瞬間、嬉しくてついガッツポーズをした。しかし、すぐに冷静になった自分もいて、恥ずかしくなり手を引っ込めた。
すると彼女はクスッと笑った。
それをきっかけに僕達は、会う度に様々な話をした。
始めはバスに乗るまでの間の少し。
次第に話が盛り上がっていくと、バスを降りてからも数分だが話をするようになった。
気づいたらお婆さんのいるときでも、自分達の話の続きをしたりもして、お婆さんはいつもにっこり聞いてくれていた。
「昔から知り合いだったかのように、あなた達二人はとても良いテンポで会話をするのね。よかったわね」
少し照れくさかった。
僕は彼女に夢中だった
僕は少しずつ、彼女との距離を縮められている気がした。
少しケンカっぽくなる時もあったが、次の日また会えばそんなこと気にせずに自然に仲直り出来た。
僕と彼女は、同い年だとわかった
お互い知らなかったのは学校が違ったからだ。彼女は高校卒業と同時に、家族と今の家に引っ越してきたらしい。
残念ながら、僕の家とは少し距離があったけど。
でも、それでも近所に変わりはない。それだけで嬉しく感じた。
しかしそんな喜びも束の間、彼女の仕事のシフトが不規則な為、しばらく会えない日々が続いた。
彼女に会えないと僕はどうも仕事が上手くいかない。
彼女は僕に不思議な力をくれる。
やる気と元気、勇気をもらえる気がした。
それに、実は彼女とはどこかで会ったことがある気がするのだ。
僕は気がついたら、彼女のことばかり考えていた。
こんなに会えない日々が続くなら、携帯の番号を聞いておくんだった。
なぜこんなに会っていたのに、聞かなかったんだろう。
毎日会えるという勝手な安心からか、全然頭になかった。
今更後悔した。
もう彼女に会えなかったらどうしよう。
不安と後悔が僕を支配した。
そんな日々が続くある日、この日は少し家を出るのが遅くなった。
急がなければ!
そうして急ぎ足で歩いていると、彼女をようやく見かけた。
僕は嬉しくなって走った。
やっと会えた。
だけどまた彼女も走っていた。
何か急いでいる感じだ。
もしかしたらもうバスが来るのか?
だとしたら僕も急がないと!
そうして僕も走った。
交差点を渡りきった所で、バスが通り過ぎ、彼女ももう少しで間に合うというところで僕は彼女に追いついた。
「おはよう」
だけど、僕が話かけた直後にバスが行ってしまった。
彼女は驚いた顔をした後、僕に怒った顔をした。
僕はびっくりした。
「バスが行ってしまったじゃない‼ どうして話かけたの! 仕事に遅れてしまうわ」
彼女が怒るのはごもっともだ。
「ごめん。久々に会えたから、挨拶したくて」
「はぁ~」
怒るのは無理もない。僕は嫌われてしまったかもしれないと思い、申し訳なさと不安に一気に襲われた。
僕は自分の都合の良い彼女しか見えていなかった。
バスなどどうでも良かった。
運転手さんナイス!とさえ思った。
なぜなら、バスに乗り遅れてくれた方が、その分彼女とたくさん話が出来る。
そんな風にさえ心の奥で思っていた
僕は自分のことしか考えていなかった。
彼女からしたら、僕だけでなくバスの運転手さんにも腹が立っただろう。
僕は彼女を怒らせてしまった。
一方なぜだか今日の彼女は最初からイラついているようにも見えた。
「話かけてくれるのは嬉しいわ。だけど、もう少し周りの状況も見て!」
どうしよう……。
せっかく久々に会えたのに、こんなことになってしまった。
「ごめん、君に会えたことが本当に嬉しくて、君のこと考えずに話かけた。本当にごめん」
謝ることしか出来なかった。
会えない日々が続く前は、バスに乗ると隣の席に座ることが出来るまでになっていた。
周りの乗客に迷惑がかかるからと、小声で話を再開していた。
しかし、その日はバラバラの席に座り、会話もなく、降りた後も挨拶することなく別れた。
今までのどんなことよりも、僕は後悔した。
なぜなら、彼女を怒らせてしまっただけでなく、迷惑をかけた。さらに僕は彼女と距離をおいたまま、自分の気持ちも伝えず、二度と会えなくなってしまう、そんな気がしたからだ。
会話のない日々が続いた。
寂しかった。
だけど、いつものように話かけることが出来ない。
そんなある日、またあの時のように彼女は急いで走っていた。
今日はまだバスが来るまで時間があるのに。
なぜだか僕の足も自然と速くなる。
僕は何か嫌な予感がした。
彼女はいつも以上に焦っている様子だった。
その日はいつにも増して車の通りが多かった。
イラつく彼女。
仕事で何かあったんだろうか?
彼女に追いついたとき、ちょうど車の通りがやんだ。
彼女は走ってバス停に向かおうとする。
だけどその時だった。
脇道からスピードを出した車が突っ込んで来たのだ。
僕は真っ青になって、彼女の元に走った。
危ない!
彼女が危ない!
僕は彼女を助けるのに必死で、道路に飛び出した。
キキーィン
大きな音が辺りに響き渡る。
そこから僕の意識はどこかに飛ばされるような感覚になった。
僕はいったいどうなったんだろう?
彼女は無事なのか?
頭がぼんやりする中、僕は夢を見ているようだった……。
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