三題噺 ポーカー 終末 カッター

N通-

第1話

 ――終末ポーカー。

 

 その噂は、瞬く間に世間を賑わせた。口伝いにはもちろんの事、SNS等でも拡散に次ぐ拡散で知らない若者はいないとまで言われている。しかし――。誰もその実態を知っているものはいなかった。

 

 曰く、そのポーカーの勝者は新世界の王になれる。

 

 曰く、そのポーカーの開催場所は誰にもわからない。

 

 曰く、そのポーカーは真摯なる願いを叶える救済である――。

 

 誰もが好き勝手に噂し、拡散し、そして改変され、また量産される。現代の怪談とも言えそうな勢いで、終末ポーカーの話は多種多様に生産され消費され続けた。

 

 だが、奇妙なことに。

 

 たった一つだけ共通している噂があった。

 

 終末ポーカーへ参加する資格があるのは、現在の人生に絶望している人間だけだ、というものだった。

 

 ここに一人の男がいる。名を誠太と言った。親の期待を背負った名前とは裏腹に、彼に人生はロクでもなかった。正確には、彼の周囲がロクでもなかったと言える。

 親友に美桜という幼馴染の婚約者を奪われ、職場の成績優秀者にやっていないミスを押し付けられ、挙げ句には借金苦で両親が蒸発。そんな境遇にあって、彼がこの世の全てに絶望するには十分だったであろう。

 

「けっ、今日もいい酒がねえな……」


 誠太は毒づきながら、安酒を煽る。ここは天下の往来だが、誠太にとっては天上天下全て地獄だ。警察に厄介になったところでいかまいやしない。そんな凄惨な心持ちで、よろよろと夜のネオン街をうろついていた。

 

 酩酊のあまり、ドッ、と道行く人に肩がぶつかる。

 

「あー、すまんな、兄ちゃん」


 誠太が気の抜けた声音で謝罪をするが、相手は明らかな苛立ちを見せる。


「あ? ナニ抜かしてんだおっさん」


「おい、こいつやっちまおうぜ」


「おっさん、ちょっとツラ貸せや」


 強面の二人組に目をつけられ、面倒なことになったと、誠太は深くため息をついた。不良の二人はそんな誠太を暗がりに引きずり込むと、何の前置きもなしにまずフルスイングで顔面を殴る。

 

「ってー、なんだコイツ、顔めっちゃ硬いでやんの」


「あほ。何素手で相手してんだよ。なあ、おっさん。これ以上痛い目見たくないよなあ?」


 片割れの方が、カッコつけながらバタフライナイフをくるくると振り回して見せつけてくる。威嚇のつもりなのだろう。これがカッターナイフとか可愛らしいものならまた違ったのかもしれないと誠太は思ったが、殺傷能力という点に関してはそう大差ないことに気づき苦笑する。それがいけなかった。

 

「何笑ってんだよおっさん!! 舐めてんのか!?」


 相当に短気であったのか、バタフライナイフを振り回していた方が激高し、ナイフを柄まで誠太の腹にえぐり込んできた。

 

「が――はっ……」


 強烈な熱と痛みが誠太を襲い、口からは鉄臭い血液をぶちまける。


「ば、馬鹿野郎! 何マジで刺してんだてめぇ!」


「うるせえ、こいつが悪いんだ! こいつが馬鹿にするから!」


 不良二人は言い合いながらも、ナイフを捨ててさっさと逃げ出した。

 

 汚い路地裏に残された誠太は、熱く荒い吐息が次第にゆっくりとなっていくのを実感する。

 

「ハッ――ハッ――ハッ……」


 誠太は悟る。この傷では恐らく助かるまいと。体中の熱が脳天から抜けていくように冷えていく。寒い。思わず身を掻き抱くが、それだけでは温まることはかなわなかった。

 

「ああ……俺の人生、何だったんだろうな……?」


 思い返しても、本当にろくでもなかった。両親からは常に暴力を受けて育ったし、折角できた彼女もハイスペックな親友になびいていった。仕事もスケープゴートにされて全く評価もされないどころか、もう首寸前だ。いや、もう首とかもどうでもいいと思える。自分は恐らく、ここで死ぬのだから。

 

「せめて来世は……幸せで……ありたい」


 浅くゆっくりとした呼吸の末に絞り出した声に、目は既にもうろうとしていた。世界が、閉じようとしている。そのまま全身を包む闇に身を任せようとしたその時。


『賭けますか?』


 不意に頭の中に響いた女性の声。誠太は緩慢にキョロキョロと周囲を見渡すが、ゴミが溢れた汚らしいゴミ箱と誰かの吐瀉物ぐらいしか見当たらない。死ぬ寸前の幻聴だろうか、俺もいよいよかと覚悟を決めた時、もう一度その声は響いた。

 

『賭けますか?』


(何を賭けろっていうんだ……もう俺はチップすら持ってねえぞ……)


 誠太が心の中で吐き捨てると、意外にもその声の答えが返ってきた。


『チップはあなたの命。その全てをビッドして新しい生を』


(何だって……?)


『あなたは終末ポーカーの参加権を得ました。賭けますか?』


 これも幻聴かと思いながらも、どうせもう助からない命。最期に盛大なギャンブルをかまして終わるのもいいかと、誠太は強く思った。

 

(賭けるぞ、俺の命)


『あなたの命はビッドされました。さあ、終末ポーカーの始まりです。』


「え……?」


 誠太が目を開けると、そこは真っ白な空間だった。自分の目の前中空に5枚のカードが並んでいる。それぞれの絵柄はよく見慣れたトランプのものではなく、短文で何かが書かれている。“破滅、再生、共生、勝利、逆転”とあった。

 

「何だこりゃ……? っていうか、俺、声が出てる?」


 不思議に思って、誠太は自分が刺されたはずの場所を思わずまさぐる。しかし、そこには傷どころか服の破れさえなかった。全くの無傷。先程までの事が夢だったのかと思ってしまうが、今現在の状況の方がよほど夢と言うに近いだろう。

 

「なんだかわからんが、終末ポーカーって言ってたか……色んな噂がある、あれのことか?」


 流石に世に絶望していた誠太でも、世間を騒がせている噂ぐらいは拾っていた。そして、今がその噂に触れているのだとしたら。誠太はゾワッと全身が総毛立つのを感じた。

 

 なにかに見られている――。

 

 それも、自分が蟻にでもなったような、とてつもない存在感の何かに。

 

「お、おいおい。これでポーカーしろってか? 意味がわからんぞ?」


『さあ、ドローしますか?』


「ドロ―ったって、何を捨てれば……」


 誠太は考える。この中で明らかにヤバそうなのは破滅だ。次いで不要そうなのは共生だろうか。しかし、それは本当に捨ててしまっても構わないものなのだろうか?

 しばし考えを巡らせていたが、誠太はふっと口元を緩ませた。元々最低最悪の人生だったんだ、これ以上わるくなることがあるのか? と。そこで、誠太は賭けに出た。


「共生、再生を捨ててドローする」


『受理されました』


 そして目の前には、新たなカードが現れる。それには、反転、倍増と書かれていた。

 

『ストレートが揃っています。レイズしますか?』


「へ、全く検討もつかねえしこれでいいや」


『かしこまりました。……親は共生、破滅のツーペアです。あなたの勝ちです』


「それでどうなるってんだい?」


 薄ら笑いを浮かべながら、誠太が問いかける。

 

『あなたの人生は、破滅、反転、倍増、逆転、勝利、です。これより、それらが実行されます』


「何だっていうんだ……何か、眠くなってきた……そろそろ、寝る……か……」


 抗いがたい眠りについた誠太は、深く深く、まったくの夢を見ないほどに深く眠りに落ちていく。どこか遠くに産声が聞こえた気がした。

 



「ねね、誠太」


「何だよ、美桜」


「知ってる? 終末ポーカーって」


 初めて聞くはずの言葉なのに、誠太の心臓がドクンと跳ねた。

 

「……なんだい、それ」


「何でも、本当のどん底にいる人間を助けてくれるかもしれないんだって」


「かもしれないって……?」


「そこはほら、ポーカーだからギャンブルみたいなもんじゃないの?」


「そんなんに頼らなくても、俺は美桜と堅実に生きていくさ」


「あは、そんなこと言ってもー。ホント私達ラブラブだね!」


「そうだな……」


 人格者の両親に育てられ、幼馴染の美桜と恋人になれたこの学生時代。俺は何も不満をいだいていなかった。しかしふと、自分のほんとうの人生はこうだったろうか?と思う気持ちが湧いてくる。

 

「もー、可愛いかわいい彼女がいるのにどこ見てるの!」


「悪い悪い、これで許してくれ」


 誠太は美桜と口づけを交わす。

 

 今が幸せなのは、ひょっとしたら前世の俺の努力の証なのかもしれないな。

 

 そんな益体もないことを思いながら、俺は幸せを噛み締めていた。

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