俺の調査 SIDE先崎秀平⑥
俺と新津は
俺はぼやぼやその話を聞いて、それからひとつ覚悟を決めると、メッセージアプリを立ち上げた。送信相手は、
〈おいゆーじ〉
俺の呼びかけに杉本はすぐ応じた。
〈ホームルーム終わるの待てねぇの?〉
〈緊急案件だ〉
俺はなるべく言葉を選ぶ。
〈お前の好きな相手について〉
しかし杉本はこう返してきた。
〈意味が分からん〉
〈だろうな〉
俺は続ける。
〈自分でも気づかないこと、あると思う〉
これには杉本も少し黙っていた。が、やがてホームルームも終わりに近づいた頃。
〈河っちゃんと奥っちゃんも呼んでいいか〉
〈杉本がいいなら構わない〉
何せ俺の調査は、オフィシャルなもんじゃないからな。
*
そういうわけで、ホームルームが終わりそれぞれが進路選択コースの教室に行く前の、五分程度の時間に。
俺たちは空き教室に集まっていた。まず俺が先に着いて待ち受けていて、その後に河辺、そして奥野と杉本が来た。杉本はすぐさまドアを閉め、窓が開いていないかを確認した。
「どうしたよ」
河辺がつぶやく。
「急に呼び出してよ。んで何で先崎が……」
「なぁ」
奥野が口を開いた。どうもこいつは、勘がいいらしい。
「俺はさ」
開幕早々の重たい空気に俺は目を見張る。奥野は続けた。
「俺はどんな杉っちゃんでも親友でいたいよ」
なぁ? と同意を求められた河辺は、何が何だか分かっていない風だったがすぐに後に続いた。
「当たり前だろ? 俺たち三人で『グレノベ』なんだぜ?」
河辺は続けた。
「むしろ悲しいぜ。何か隠し事してるならよ。いや、言いたくないことなら言わなくていいけど、嫌われないか心配して黙ってたんだとしたら、俺は悲しい」
「だな」
奥野も頷く。
「話してくれよ、杉っちゃん。何で先崎いるのかは知らないけど、杉っちゃんが必要だと思った人が今ここにいるんだろ?」
すると杉本はつい、と天井に目をやると、静かに俺を見た。ぽつりと、つぶやく。
「先崎には見破られた。そうだろ?」
俺は、頷いた。まぁ、厳密には俺じゃなくて令理ちゃんが見抜いたんだが。
「俺は……」
やっぱり覚悟が、いるのだろう。
杉本はすぐには口にしなかった。だがやがて、気持ちを固めたように、口を開く。
「俺は、男が、好きなんだ」
杉本がため息をつくようにつぶやく。
「男が恋愛対象なんだ」
少しの間があった。だが河辺が笑った。
「何だそんなことかよ」
河辺はまぶしい笑顔のまま続けた。
「いいじゃねぇか。人を好きになる。そこに性別なんか関係ねーよ」
「だな」
奥野も続いた。
「実はさ、俺は勘付いてた」
やっぱり奥野は勘がいいらしい。彼は続けて杉本に訊いた。
「言っていいか?」
そして気遣いもできるときた。あっぱれ、俺は黙って三人のことを見つめていた。
杉本がおずおずと頷く。奥野はまるで……いつもステージの上でやっているように、ベースをそっと鳴らすように、話し始めた。
「新津が好きなんだろ?」
杉本は静かにしていた。
「『ギャングエイジ』の新津が好きなんだよな」
「あいつモテるからなー」
と、河辺が笑った。
「俺もあいつになら抱かれてもいいかも」
「河っちゃん」
奥野が河辺をたしなめる。しかし杉本が意を決したように口を開いた。
「確かに俺、さ。新津のこと、好きなんだ。自分でも何でこんな、あれなのか分からないけど……『あれ』って言い方も意味分からないけど、でも好きで……きっと新津、俺のこんな気持ち知ったら気持ち悪く思うよな。そう考えるとまた、余計に辛くて……」
「人を好きな気持ちにキモいも何もないと思うぜ」
河辺が杉本の背中に手をやる。
「新津にだって真っ直ぐ伝えたら分かってくれるんじゃねーかな」
「ほら、フラれたらさ」
奥野が続く。
「三人で飯でも食おうぜ! あ、先崎呼ぶ?」
「思い出してくれて嬉しいぜ」
俺は笑顔を浮かべる。
「杉本、いくつか訊きたい」
それから俺は単刀直入に訊ねる。
「真崎のことどう思ってた?」
鋭すぎる質問だったのか、奥野は厳しい目を向け、河辺もギョッとした顔をした。しかし杉本は静かに返してきた。
「どうって、羨ましかったよ。ほら、俺歌いもするじゃん? 新津の隣、俺じゃダメだったかなって……いや、『グレノベ』が不満ってわけじゃないんだ。ただ、『グレノベ』にいなかった別の世界線に、新津の隣が、あるのかなって。俺ならピアノも弾けるし、真崎よりできること、多かったと思うんだよな。だから……」
杉本は強い目で俺を見てきた。
「真崎さえいなけりゃ、と思うことは、あった」
「待て、待てよ」
奥野が手を振って俺と杉本の間に入る。
「どういうつもりでお前が杉っちゃんにこんな質問してんのか知らねーけどよ、俺たち三人、アリバイがあるぜ」
それから奥野はスマホを操作して、ある画面を見せてきた。
「交通系ICカードの利用履歴だ。時間は表示されないけど日付と利用駅は出る。ほらこれ。利用駅のところに
俺はその画面をしっかり目に焼き付けた。間違いねぇ。事件当日。しっかり狭間渋谷とある。
「俺たち六時半には学校を出てる。それからすぐの電車に乗ってる。まだ人がいるうちに学校を離れた。事件がいつあったか知らねーが、人がいるうちは無理だ。だろ?」
河辺も静かに続いた。
「俺たちには無理だ」
「OK」
俺は鼻から息をついた。
「そういう意味では」
しかし杉本が意を決したようにつぶやく。
「俺には真崎殺しの動機がある」
「だな」
俺は頷く。杉本は感情を見せず続けた。
「疑うのもお前の自由だ」
俺は黙っていた。
「でも証明は? 俺が犯人だって証明できるか?」
「さぁな」
俺は窓の外を見た。曇り。いや……ポツポツ降るかな。降りそうな天気ではある。
*
〈五十歩ひゃっほー!〉のメンバーが授業をサボって図書室で自習会を開いてるのは有名な話だった。何せあの長野美遊が目立つ。長い髪にゴテゴテと髪飾りをつけて、誰よりも自分輝いてます! って感じの女の子だからな。
〈グレノベ〉の面々から話を聞いた後、俺は一時間目の授業をサボって図書室のある一階フロアの、地学準備室を目指した。そこに呼び出してあったからだ。
ドアを開ける。すぐに、二年の
「何なんすか、先輩」
「おぅ、刺々しいな」
俺はニヤッと笑ってやり過ごした。すぐにぺっぺちゃんが錦木くんをたしなめた。
「たーくん。静かにして」
「静かになんてしてられないよ、ゆかちゃん」
ぺっぺちゃんのこと「ぺっぺ」以外で呼んでる人初めて見たな。
「だって真崎先輩の件で俺たち呼び出すってどういうことだよ? 俺たちのこと疑ってるってことじゃんか!」
錦木貴彦。こいつは二年生だからサボらせちゃいけない授業をサボらせてる。そりゃ気も立つか。
「んで。何なのさ、しゅーへー」
長野美遊が気怠げに訊いてくる。髪には何と……
「真崎さんのことで話聞きたいって?」
「変なこと話す意味ないからな、美遊」
長野の傍にいた仁部も錦木同様、険しい目でこちらを見ていた。
「第一俺は怪しい奴を知っている。美遊に容疑かけるならそっちを調べてほしいね」
聞き捨てならないセリフに俺は食いついた。仁部が思う怪しい奴。俺はそれに興味があった。
「どいつが怪しいって?」
仁部は口を開いた。
「新津」
その一言に俺は黙った。仁部は続けた。
「あいつ、嘘ついてる」
「嘘?」
俺は首を傾げた。すると仁部は続けた。
「あいつ、事件の夜はトンカツ食ったとか言ってたよな」
うーん。俺は振り返る。そういえば葬式の時にそんな話が出たような気も?
「あれ、嘘だ。俺は見たんだ」
仁部の表情は険しかった。
「あいつ、マックにいた。乗り越え塀の向こう側のマックに。多分勉強してたんだと思う。ペンとノートに向かってた」
「何時頃だ」
俺が訊くと仁部は答えた。
「七時から八時」
俺は黙った。なるほど、晩飯時。
「あいつは一時間いた。俺は見てた」
その言葉に錦木くんが続いた。
「あっ、それ、マックのことなら、俺たちいましたよね! そのマック! 八時くらいまで!」
「ああ」
錦木くんの助太刀が嬉しかったのか、仁部は強い目をした。
「俺たちもマックで飯食って
「黙って」
唐突に長野美遊が口を開いた。しかし彼女はそう口にしただけですぐに押し黙ってしまった。
俺は静かに告げた。
「俺は知ってる」
本当はこういうこと、したくはないんだが。
「長野、お前新津のこと……」
でもやっぱり、俺は弱い男なんだ。
肝心なところをボカしてしまう。
「新津のこと?」
長野は眉を吊り上げる。が、やがてすぐにつまらなさそうに、「ああ、好きだよ」とつぶやいた。仁部がいきりたつ。
「美遊! 余計なこと話すことない!」
「ニブちゃんは黙ってて」
どうやら長野は、俺が覚悟を決めてきていることに気づいているらしい。
俺と同じくらい意志の籠った目で、俺を見てきた。
「先崎。あんたが真崎さんのこと調べたがるの分かるよ」
長野は一息入れてから続ける。
「あの子あんたのこと、好きだったからね」
らしいな、と軽く応えるつもりが、何故か重たい息になって出てしまった。本当に、俺らしくない。
長野がフラフラと両手を振る。すると仁部がすかさず口を挟む。
「湿布いるか?」
「後で」
長野は女王様よろしく仁部をあしらう。
「私が事件直前に真崎さんとおしゃべりしてたことが気になるんでしょ、先崎」
「ああ」やっぱり俺の声は萎れていた。
「教えてくれるか」
「別に。とりとめもないこと話してたよ。覚えてないくらいどうでもいいこと」
「うそ」
いきなり口を挟んできたのはぺっぺちゃんだった。俺は彼女に目をやった。
「新津くんのこと話してた」
突然の、裏切りに思えたのだろう。
長野は目を白黒させて……怒りとも戸惑いとも見える顔で、ぺっぺちゃんを見た。垂れ目困り顔のぺっぺちゃんは、断罪するように続けた。
「新津くんのこと好きじゃないなら譲れって恐喝してた」
「ちょっとゆかちゃん」
錦木くんが制してくる。だがぺっぺちゃんは止まらない。
「『正直、あんたが新津くんのこと好きなら、私につけ入る隙はない。だから大人しくニブちゃんとでも付き合うよ。あいつウチのこと好きみてーだし』。あなたそんなこと、真崎さんに言ってたよね?」
ぺっぺちゃんが一歩前に出る。仁部が複雑な表情をした。
「あなた何なの? 自分の恋心は大事なのに人のは弄んでいいとでも思ってるの? ニブちゃんに失礼じゃない? 何よ、本命がダメだったらオマケでもつかんでおいてやるか、そんな気持ちなの? それってサイアク。最悪だと思わない?」
ぺっぺちゃんは、これまで見たこともないくらい険しい顔をして続けた。
「真崎さんにも、『新津くんが好きじゃないなら私に譲ってほしい、もし好きなら私はさっさと仁部に乗り換えるから今ここで気持ち教えろ』なんてよく言えたよね? ニブちゃんの気持ちも、真崎さんの気持ちも、それから……私のだって……」
そういやぁ。
ぺっぺちゃんは、仁部が好きなんだったっけな。
長野はしばらく呆然としていた。が、やがて口を開いた。
「意味分かんない」
目を伏せてはいたが、どこか怒りに震えた表情だった。
「あんたら全員意味分かんない。何よ、高校時代だけ三年間、楽しくやってやろうってのに」
どん、と長野はぺっぺちゃんの肩をどついた。
「どけよ」
それから長野は、荒々しい足取りで地学準備室を出ていった。
*
〈麻生さんだが、保健室に行かせた。体調が悪そうだった〉
二時間目の授業中。
〈五十歩ひゃっほー!〉の泥沼騒ぎから抜け出してきた俺は、銀島のやつからそんな連絡を受けた。何だか久しぶりに花純の名前を見た気がして、俺はもうほとんど泣きそうだった。
〈見舞いに行ってやれ。聞くところによると、麻生さんはプリンが好きらしい〉
〈どこで聞いたよその情報〉
〈企業秘密だ〉
銀の字は、いつでも銀の字らしいな。
俺は学校を抜け出すと、真っ直ぐ藤山本町の駅を目指した。駅前にあるミニスーパー「カワカ」に、激安のプリンが売っていることを知っていたからだ。
スーパーに向かってフラフラ歩く。途中、トイレに行きたくなって駅のトイレを使った。駅のトイレと言っても、藤山本町の駅トイレはこの数週間男子トイレだけ壊れているとかで仮設トイレが設置されていて、そこを使うしかないのだが。
改札の横。駅から出た後に続く通路の途中に設置されているからか、男性はトイレ側を通れるが女性は通れない。図らずも通路の左右で男女が別れることになっている。
トイレの中。薄暗い箱の中は気持ちをさらに陰鬱にさせた。それからトイレを出て、何となはなしに目線を真横に流した時だった。
衝立が見えた。それは俺の身長くらいあって、どうもトイレの中に人が入ったかどうか分からなくする、プライバシー保護の目的があるようだった。衝立の向こうはそのまま通路が続いていて、改札まで行ける。衝立を通り過ぎるまではその男性がトイレに行ったか改札をくぐったかは分からない。
そして、俺は気づく。
そうか。
これなら、もしかして。
あの不自然な動きにも、説明がつくんじゃないか?
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