私の調査 SIDE麻生花純⑥

 私の立てた仮説。

 多分、そこまで間違ってない。少なくとも理論上は成立する。後は証拠。証拠さえあれば……。

 私は再び双眼鏡を覗く。諦めない。じっと、辛抱強く観察を続けていればきっと何か……。探し続けていれば何か、つかめるはず……!

 私は懸命に観察する。

 見つめ続ける。

 そして、見つける。

 舞台裏の板、そこに小さな穴がいくつかあった。ちょうど釘が打ち付けられていたであろうところだ……青い何かが、付いてる? 

 だが、それは青い釘ではなかった。だって釘の頭がない。あるのは穴だけ。多分、釘が抜かれた跡だ。青い塗料はその周りに付着している。どちらかというと釘の打たれていたであろう場所の周りに青いペンキがちょっとだけ付着したような感じだ。あれ? 何でだ? 釘も玄翁ハンマーも、青いペンキの中に落ちて青くなったはず。いや、あの穴の周りの青い跡は、青の釘を打ったから付いたのではなく、釘を引き抜く時にハンマーに付いていたペンキが付着したような跡で……?

 そして、気づく。

 穴。やぐらの構造に比べて数が少ないし場所もズレている気がする。

 私は使い終わった双眼鏡を手に、部活棟の倶楽部倉庫へ向かう。ありがとうございましたと小さくつぶやいて双眼鏡を天文部の段ボール箱に返すと、それから賢吾くんに教わった建材置き場を目指した。部室棟すぐ横。木材がそのまま放置され、すぐ傍にあるロッカーには工具が入っている。

 ロッカーのドアを、静かに開ける。青いペンキまみれの工具箱。私はその持ち手をハンカチで包んで持ち上げると、そっと運び出した。

 それから、スマホを取り出して警察に電話をかけた。対応してくれた警察官に、以前私の事情聴取をしてくれた女性警官の名を告げる。電話口に出てきた女性警官。その静かな声に告げる。

「事件の手がかりになりそうなものを見つけました」

 私は続ける。

「引き取ってもらえますか?」



 迎えに来てくれたパトカーに乗って警察署に向かう。最初、学校に警察が来たことで校内は少し騒然となったけど、校長の棚木たなぎ先生がやってきてその場を制した。野次馬の生徒、教師たちが静かになる。それから、工具箱を持って立ち尽くす私に訊いてくる。

「警察のお役に立てることなのですね」

 私は強く頷いた。

「はい」

 校長先生は丁寧に続けた。

「誰かのためになることですね」

「はい」

 それから校長はそっと、消え入りそうな声で告げた。

「時宗院の生徒として、そして私と同じいち市民として、あなたの行動を尊敬します」

 先生は、私と違って静かに頷いた。

「しっかりやってきなさい」



 連れていかれた警察署、取調室で私は私が調べたことを全て話した。それから工具箱を渡す。

「事件の後、この中の工具には誰も触れていないはずです。やぐらは規制線が張られ、触れなかったから。不用意に触る人はいないはずです。そして多分、犯人の立場から見ても、この工具から証拠を消す理由はない……と考えるはず」

 さらに続ける。

「昨今の警察の科学捜査技術は大きく発展していると聞きます」

 女性警官は黙って私の発言を聞いていた。

まで分かるそうですね」

「……厳密に言うならば、最新の指紋です」

 女性警官は厳かに続けた。

「指についた油脂が押されたスタンプが指紋です。油分の成分は人によって違うため、ある人Aが触った後に別の人Bが触った場合、油分の層ができます。これを検討すれば最後に触った人が分かる」

 ただ問題は……。

 と、警官が続ける。

「警察の指紋データベースに容疑者の指紋があるか、です。なければ照合できない」

「それについては問題ないと思います」

 私は続けた。

「本件の捜査にかこつけて採取すればいいと思います。私が提唱したい容疑者は、事件に濃厚な接点があります。断れば逆に、それが容疑を強める結果になるかと」

「……その濃厚な接点を持つ人、というのは先崎くん?」

 女性警官が首を傾げる。だが私はハッキリ否定した。

「いいえ」

「そういえば、あなたにとって彼は特別な人だったよね」

 彼女の目線は静かで穏やかだった。続け様に訊いてきた。

「彼を救えるのね」

「ええ」

 私は断言した。

「必ず」

「最新の指紋を見れば誰が犯人か分かるのね」

「ええ」

 それから私はまたお願いをした。

「ついでに調べてほしいことがあるのですが……」



 警察から解放されてすぐ。

 私は学校近くのマクドナルドに行った。一つに、ただシンプルにお腹が空いていたこと。そしてもう一つに、確認したいことがあった。

 それは、学校の周りのこと。

 時宗院高校は公立高校。私立ほどの設備は望めないとはいえ、最低限のものはあるはずだ。それは例えば、防犯設備。機械警備、振動センサー、そして……。

 監視カメラ。

 少なくとも校門のところに一台あるのは分かっている。それははじめに私の容疑を晴らす材料となったのだから。でも校門に一台だけ? ううん、もっとあるはず。例えば裏門。部活棟の近くにある裏手の門、そこにもあるはずだ。さらに自転車の窃盗を防ぐために駐輪場、そして外部からの侵入を監視するために、学校の周りをぐるり一周しているフェンスなんかにもあるはずである。

 そう、フェンス。

 例えば、野球部の活動場所を囲う場所。あそこは意外と侵入できる場所が多い。球が外に行くのを防ぐために一部のフェンスは高く作られているが、その分脇は甘くところどころ金網や塀が低いところがある。あそこを学校が見落とすとは思えない。そこに監視カメラを置くはず。

 そして、そう、その塀が低くなっている場所は、私のいるマクドナルドの正面にもある。

 道を挟んだ向こう側、学校の前を通る道に面した塀は高さ二メートル程と低い。ここからなら侵入できる。そしてここからの侵入を想定してカメラを置くはず。

 立ち寄ったマクドナルド、窓際の、道路に面した席に座る。ポテトとオレンジジュース、それらが乗ったトレイを置いて、確認する。

 フェンス横、二メートル程度の塀。

 あった……!

 小さな箱型の監視カメラが一台! よし、これなら! 



「秀平?」

 マクドナルドから、私は電話をかける。彼はすぐ出た。

〈どうした?〉

「私、分かったかも」

 すると秀平は静かになった。

 それから少しして、声がした。

〈じゃあ、決着つけないとな〉

「秀平は当て、あるの?」

 私の問いに秀平は答えた。

〈あるよ〉

「証明できる?」

 彼はまた、間を置いた。

〈できると思う〉

 秀平にしては弱気だった。あいつなら、調子に乗ってヘラヘラと「できらぁ、任せとけ」くらい言いそうなのに。

「何かあった?」

 私は不安になる。

 声が震える。心臓が嫌な音を立てる。

 これだけ頑張ったのに、まだ足りないのか。

 まだやらなきゃいけないことがあるのか。

 するとスマホから妙な音がした。それから、私が耳からスマホを離すと、画面にあいつの顔が映った。寂しそうな顔、悲しそうな顔。彼がビデオ通話に切り替えたのだ。

〈よぉ、花純〉

 嫌だったらカメラ起動しなくていいからよ。秀平はそう断ってから続けた。

〈俺が花純に、心配かけたかよ〉

 私は黙って画面の中の秀平を見つめる。そして答えた。

「そりゃ心配したわよ。よりにもよって何であんなところに……心配しないわけないじゃない! まったくあなたって人はいつも無茶苦茶で勝手で、トラブルメーカーなんだから……!」

〈わーったわーった。お説教はやめろよ。気が滅入る〉

 でもあいつは萎れていた。何でだろう、こっちの気持ちも削げる。

〈悪かったな、本当に〉

 それは静かな謝罪だった。

 が、彼はやがて続けた。

〈でも感謝してるぜ。俺は花純がいたから最後まで頑張れたんだ。本当に、感謝してる。ありがとう〉

 それからあいつは四角い箱の中で、眩しいぐらいにハッキリと、笑った。

〈これから大変なヤマに当たらないとだからヨォ〉

 ここら先は、あいつらしかった。

〈頼りにしてるぜ、相棒〉

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