俺の調査 SIDE先崎秀平④
「メジャーデビューについてなんだけどさ」
福永莉沙ちゃんが長い髪を揺らしながら訊いてくる。
「ヨッシーサマ的にはどうだったの? 正直なところ聞かせて」
「どうって……」
新津が言葉に困る。俺は眉を上げて訊ねた。
「俺邪魔か?」
まぁ、離れてても聞き耳立てるんだが。
「いや、いいよ。いてくれ」
新津も莉沙ちゃん相手に不利になると思ったのか。あるいは核心に迫る問いを一人で受けるのを避けたかったのか、俺にこの場に残ることを望んだ。
「嬉しかったよ」
新津は真っ直ぐ莉沙ちゃんに応じた。
「鈴音も喜んでた」
ほぉ、そうか。
「鈴音の歌声が世界に届くと思うとな、嬉しかった」
俺は静かにしていた。
「そっか」
莉沙ちゃんが納得いったのかいってないのか分からない頷きをする。
「なら、いいんだけどさ。何かメジャーデビューの告知が真崎さんからあった時、ヨッシーサマ反応鈍かったなって」
俺は莉沙ちゃんを見た。莉沙ちゃんは俺の無遠慮な目線にちょっとたじろいだ。
「ウチ的には、ヨッシーサマあんま喜んでないのかなって思ったから。ほら、メジャーデビューっていいことだけど、反面ビジネスに走ることになるから、やりたい音楽できなくなることもあるじゃん? そういうの気にしてたのかなって。そこに来て真崎さんが死んじゃって、ヨッシーサマの気持ちとしてはどうなんかなーって。これでもウチ、正統派ヨッシーサマファンでいるつもりだからさ。ヨッシーサマが悲しんでると、ウチも悲しいっていうか」
おおー、新津モテモテ。
「でも嬉しかったって言うならOK! ヨッシーサマ、ううん新津くん、これからもウチ、応援してるね!」
「ああ、ありがとう」
新津が俯きながら応じる。
「本当に、ありがとう」
リサリーこと莉沙ちゃん、優しいじゃねぇか。こりゃ上履きまで眩しいいい女にもなるわけだ。
さて、そんなこんなで〈ギタ女〉から離れた俺たちはふらふらと廊下を歩いた。新津が口を開いた。
「鈴木のやつ、何で嘘ついたんだろ」
俺は新津を横目で見る。
「下校したの、七時だって言いそうになってすぐ六時だって言い直したよな。何で……」
「何かまずいことでもあったんじゃねーか?」
俺は適当かます。
「知られたらまずいこととかな」
「その割には隠すの下手じゃないか?」
新津の言葉に俺は頷く。
「だな」
まぁ、確かに。
俺は鈴木令理ちゃんのことを考える。
何かと下手くそだよな。嘘をつくのも、キャラを隠すのも。
*
〈よぉ、姫〉
四時間目の授業中。
俺は鈴木令理ちゃんにメッセージを送っていた。返信はすぐに来た。
〈おま……その呼び方やめろし〉
〈文章上のやり取りだとオタク臭さ出るんだな令理ちゃん〉
〈こっちじゃ繕う意味ないからね……〉
世界史の授業。先生が産業革命の記述問題の解説をしている最中。
俺は鈴木令理ちゃんに揺さぶりをかけていた。一つに、俺が訊きたかったBL関係の、特にこの学年の男子をネタにしたナマモノ系の話を訊けなかったことがある。そしてもう一つに、新津のやつが気にしていたこともある。すなわち「何故下校時刻を言い直したか?」。
〈私が学年の男子ネタにしたことについて訊きたいんでしょ〉
令理ちゃんのアイコンがしゃべる。
〈はいはい、してましたよ。ヨッシーサマはもちろん三組の
〈西田……生物部の?〉
西田、イケメンというか割と
〈そ。いたいけな百沢くんを生物の知識を利用した西田くんがぐちゃぐちゃにするっていうやつ〉
〈男同士じゃなけりゃエロいな〉
〈はーっ、先崎やっぱ分かってない〉
令理ちゃんは続ける。
〈性別の壁乗り越えて楽しめるし、現実からも逃避できるし、やっぱBLは最高って分かんだね〉
〈それを堂々と語るのは腐女子的にどうなんだよ〉
〈もうあんたに隠しても仕方ないでしょ〉
ま、それもそうか。
俺は質問を続ける。
〈新津とよくカップル組まされてる男子っているよな、やっぱ。仁部と杉本あたりか?〉
ふっかけてみる。これらの知識は前以て銀の字から仕入れていた情報だ。
〈ちょっ、おま……どこまで知ってんの?〉
令理ちゃんが困惑したような返信を送ってくる。
〈新津の貞操が怪しいところまで〉
鎌かけついでに適当なコメントを返しておくと、令理ちゃんがカードを切ってきた。
〈そうなんだよね、杉本くんのヨッシーサマ見る目やばいよね〉
綺麗に釣れた……! 俺は適当に相槌を打つ。
〈やばいよな〉
〈うん。恋する男子って感じ〉
なるほどな? 俺たち男子から見たら気づかないことも、恋の道に明るい女子なら気づくこともあるってか。
〈杉本くん当人に自覚あるかはさておき彼はゲイ寄りだと思う。実際浮いた話聞かないし。おかしくない? 私三年間で杉本くんに告った女子四人知ってるよ?〉
〈そんないたのか〉
〈まぁ、モテるからね。そういうモテ男が男子の方に惹かれてるってのがまたいいんだけどさ〉
〈その辺のリアルがBLに持ち込まれるのってどうなのよ〉
俺が訊くと令理ちゃんは答えた。
〈アリっちゃアリ。そこから妄想膨らむし。何なら何もなくてもいいんだけど、あったらあったで夢が広がるってゆーか〉
〈仁部が新津と組まされてるのは?〉
俺が質問を続けると令理ちゃんは即答した。
〈そりゃ仁部くん長野美遊ちゃんが好きだし〉
やっぱこういうのは女子の共通認識としてあるのかもな。
〈で、美遊ちゃんがヨッシーサマ好きなのもよく知られてるし。あの女ムカつかない? あからさまにヨッシーサマに色目使うじゃん。この前とかもヨッシーサマが音楽室にいると分かるやスカート短くしてシャツのボタンも緩めてさ。上目遣いとかマジキモい〉
うおーっ、マジか。新津と一緒にいたらそんなおこぼれスケベあんのね。こりゃしばらく手放せねーな。
〈美遊ちゃんがヨッシーサマ好きだから、恋敵になるヨッシーサマのこと仁部くんは嫌ってんの。そんな仁部くんが逆にヨッシーサマの手に落ちていくのがまたたまらねーんだわ〉
〈なるほどな〉
仁部については何となく分かったな。杉本についてもっと訊くか。俺はそっちに話の舵を切る。
〈杉本が新津のこと好きなら、いつも新津の隣にいる真崎のこと、杉本が疎ましく思ってもおかしくないよな?〉
杉本には真崎殺しの動機があるよな? という質問だ。これの返信には少しかかった。
〈何それ、杉本くんが真崎さん殺したって言いたいの?〉
俺はすぐ返す。
〈そりゃねーけどよ〉
〈まぁ、男子の力ならあり得るかもね。少なくとも女子が殺したよりは説得力あるわ〉
〈そうだよな〉
〈杉本くんの話聞きたかったら『グレノベ』の他のメンバーに声かけるといいよ〉
令理ちゃんは続けてきた。
〈私一回
本当に妄想たくましいよなぁー。まぁ俺もクラスの
〈OK、ありがとう〉
しかし俺は続ける。
〈最後に一ついいか?〉
〈何?〉
〈ブラのサイズは?〉
〈ぶっ殺すぞ〉
〈シンデレラバストだもんな〉
〈てめー覚えてろ〉
〈うそうそ。下校時刻偽ったのはどうしてだ?〉
これにも返信には長い間を要した。やがて、五分近く経ち、こりゃ直接話を聞いた方がよかったか? なんて思いだした頃になって、返信は来た。
〈『ギタ女』のみんな、前夜祭は七時に帰った〉
だよな。やっぱり六時は嘘だ。俺は続きを待つ。
〈で、
藤山本町、は時宗院高校近くの駅だ。歩いて七〜八分。電車通学の生徒の中にはこの駅を使う人もいる。
〈ヨッシーサマがいたんだ〉
ん? と俺は思った。そんなことって……?
〈ヨッシーサマが藤山本町の駅にいたんだ。男子トイレに入るところ。みんなでそこを目撃した〉
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