私の調査 SIDE麻生花純④

 そういえば秀平っていつ私がプリンが好きなことを知ったのだろう。

 少し考えたが分からなかった。まぁ、あいつのことだから誰かしらから聞いて知ってた、なんてことはありそうだけど……。

 カーテンをめくってベッドのエリアから出ると、デスクの前にいたくーみん先生が振り返った。養護教諭用のデスクは心なしか大きくて、くーみん先生が気にかけている生徒の数を表しているような気がした。

「もう平気?」

 優しい笑顔。私も微笑み返す。

「はい」

「大丈夫そう?」

「はい。何とか」

 先生はまた笑った。

「また何かあったら来て」

「はい」

 私は元気よく返事をした。それから、歩き出す。

「ありがとうございました!」

 よし。

 私は覚悟を決める。

 秀平に気を遣ってもらってばかりなんて嫌だ。絶対嫌だ。

 私だって、やってやる。

 保健室から出ると、私は真っ直ぐ二年生のフロアを目指した。文化祭のこと……冬荻祭のことに誰よりも詳しいのは、冬荻祭実行委員だ。

 そして冬荻祭実行委員は二年生がやることになっている。三年生は主役として出し物や企画に全力を注ぐ。会場の設営や学校側とのやりとりというのは全て二年生の冬荻祭実行委員会が執り行うことになっている。

 今年の冬荻祭実行委員長は……私の記憶が確かならば山崎やまさき賢吾けんごくん。こんな事件があった後だというのに校長先生に四時間も直談判して規模を縮小してでも冬荻祭を実行させようとした、おそらく伝説になるであろう冬荻祭実行委員長だ。彼は確か二年四組。何で私がこんなに詳しいのかというと……。

「うお、花純姉さん?」

「賢吾くん、今ちょっと時間いい?」

 賢吾くんと私とは同じ空手道場に通っていた門弟同士なのだ。市境にある道場には私の住んでいる市からも、賢吾くんの住んでいる市からも生徒が集まっていた。なので賢吾くんの家と私の家とは結構な距離があり、集団登校が重なることはないが、武道の繋がりというのは濃いもので、こうして高校が一緒だとすぐ知られる。実際賢吾くんは入学するなり私のところに挨拶に来た。私も丁寧に彼に挨拶をしたのを覚えている。

 時間的に、二時間目の授業と三時間目の授業の間。休憩時間は十分間。できるだけのことをしなければ。

「冬荻祭のこと知りたいの」

「冬荻祭のこと?」

 賢吾くんは首を傾げる。

「何について知りたいんですか?」

「私、事件について調べてる」

 威力のある言葉だったのか、賢吾くんは目を丸くした。

「そりゃまたどうして?」

「大切な人が巻き込まれた」

 そんな私の、目を見た瞬間。

 賢吾くんも何かを察してくれたのか、強くハッキリした目に……試合の前に集中する時のような目に、変わった。

「俺にできることがあったら何でも言ってください」

やぐらについて知りたいの」

「はい」

 賢吾くんは懐から一冊のメモ帳を取り出した。彼はメモ魔だ。道場でも、師範の言うことは一言一句メモに残す。彼の授業ノートなんか……本当にすごいんだから! 

 そんな賢吾くんのことだから、冬荻祭のことについても些細に何かにまとめていると、そう踏んでのこの訪問だ。賢吾くんは鋭い目をこちらに向けてきた。

「櫓の何について知りたいんでしょう?」

「何でも」

 しかしこれだけでは賢吾くんも困ると思い、私は丁寧に追加した。

「使用された木材、工具、釘の一本まで知りたい。教えて」

「任せてください」

 賢吾くんはパラパラとメモをめくった。

「櫓の建設に当たって協力してくれた建設会社は西大和にしやまと建設。時宗院高校から徒歩十分のところに本社事務所を構えている地元密着型の小規模な会社です。冬荻祭の櫓の建設は例年この企業に手伝ってもらっています」

「櫓って確か生徒が建てるんだよね?」

「はい。なので西大和さんにやってもらうことは作業指導や安全帯の使い方指導、足場の建設などですね。実際の稼働でいうとやぐら建設初日にやってもらう研修と、足場の建設で二日、夏休み中日に実情視察に一日、冬荻祭三日前に視察一日の計五日、出動してもらっています」

「釘とか木材とかの材料も西大和さんから?」

 賢吾くんがメモを確認する。

「はい。釘他器具、それから冬荻祭でツリーハウス壁面にペイントする際に使うペンキなんかも西大和さんから買っています」

「工具は?」

「学校の備品を使ってます。西大和さんのおすすめで五年に一回買い替えてます」

 そんなに頻繁に買い換えてるんだ。となると……。

「今使ってる工具は?」

「今年買い換えたばかりの新品です」

 なるほど。

「櫓の建材、主に木材について知りたい」

「リサイクル木材を使用しています」

 賢吾くんはメモをめくった。

「西大和さんが家屋の立て直しやリフォームの際などに得られた古い木材を磨いたりカットしたりして再び使えるようにした素材を使っています。なので実質タダ同然。費用節約のためですね」

「古い木材なんだ」

「中には結構年季の入ってるものもあります。ただ一応規格なんかも決まってて」

 詳細知りたいですか? と聞かれたので、私は頷いた。賢吾くんが続ける。

「五メートル×〇・八メートル木材を五十、二メートル×〇・五メートル木材を二十。それぞれ家屋の素材として十年ほど使われていた素材だそうです。五メートル素材は櫓床面に、二メートル素材は櫓の支柱や登壇時の足場などに使っています。他には一メートル×〇・三メートル木材が二百前後。これは材木屋からタダで仕入れたとのことで時宗院にもタダでくれました。こちらはほぼ新品同然。櫓各所の補強材として利用してます」

 なるほど。

 私が教えてもらった情報を全て頭の中に叩き込んでいると、賢吾くんがメモからはたと目を離してこちらに向き直った。

「建材置き場とか見たいですか? 使ってない木材なんかがあると思います。実際に櫓に使われる予定だったものが置かれているので、櫓のイメージをつかみたいなら使えるかもです」

 私はすぐさま飛びつく。

「お願いしていい?」



 建材置き場は部室棟のすぐ横にあった。置き場、の名の通り、部室棟の真裏壁面に無理やりトタン屋根をつけて雨を避けられるようにしただけの簡素なものだった。ペンキまみれの板や荒削りな木材、それに屋根の横に無理やり設置したようなロッカーの中には工具も入っていた。

「建材置き場と言っても実質ここに来れば櫓建設に関わる大体のものは手に入るようになっていて……」

 賢吾くんは続ける。

「ここに置いてないのはペンキくらいですかね。十何年か前に一度、ここにペンキを置いていたら全て固まってしまって使い物にならなくなった事件があって以来、別の場所に」

「それはどこ?」

「第二体育館二階の倉庫です」

 私はロッカーの中の工具を見た。

「うわ、ペンキだらけ」

 五つ並んだ工具のうちの一つの箱が青いペンキで染まっていた。

「工具箱の中身をペンキ缶に落とした奴がいまして」

 賢吾くんも眉を顰める。

「救出するの大変だったみたいで」

 うえー、考えただけで大変そう。

「しかもこの工具、櫓建設の際に使う重要な工具ばかり集めてたボックスで……」

 賢吾くんはため息をつく。

「大変だったみたいです」

「重要な工具って?」

 私が訊くと賢吾くんが答えた。

「櫓各所の釘止めに使う工具みたいです。土台を組んだりする時は木材にジョイントをつけてそれをスパナで回して固定して、って感じなので、釘打ち作業は櫓建設作業の後半に取り掛かるんです。仕上げみたいなものですね。もうほとんど打ち終わっていた後だったのが救いだったみたいですが……何せ釘から玄翁ハンマーまで青いペンキまみれで。櫓のステージ面を作る時だったので『裏側から止めちゃえばバレないだろう』と踏んだみたいですが」

 賢吾くんは面倒くさそうにロッカーを見る。

「まぁ、生徒がやってることなんでミスも多く」

「賢吾くん的に一番大きなミスって何?」

 私の問いに賢吾くんは笑った。

「板の発注ミスですかね。注文した板の数じゃ櫓の最上部、床の面が組めなくて」

「それってどうなったの?」

「一応櫓建設期間中に間に合いました。櫓床面は大量に板を使うこともありリサイクル木材じゃないととても予算が足りないのですが、偶然にも取り壊しになった家があって木材が大量に出たんです。危なかった」

「じゃあ、いつも通りリサイクル木材で櫓組めたんだ」

「ええ」

 賢吾くんが頷いた。私は続ける。

「これは何?」

 と、ロッカー傍にあったリヤカーのようなものを指す。賢吾くんは答える。

「作業効率化のためのプチ運搬車ですね。これに木材を載せて引っ張れば一人でもたくさんの木材を運搬できるって感じです」

 薄汚れた小さなリヤカー。なるほどこれなら櫓の上でも使えそうだ。

「ツリーハウス解体に反対する学生運動? の時から使われてた運搬車で、元々はツリーハウスの建材を入れて運ぶものだったみたいですよ。これがあれば一人で大量の木材を運べるから、後は床や壁の張り替え作業だけなので少人数どころか一人いたら最低限の仕事なこなせるようになるみたいです。建材の運搬が一番人手がいりますからね。そこさえクリアすればいい、みたいな」

「これ、ここに置かれっぱなしってことは……」

「工具も、それからこの運搬車もいつでも誰でも使えますね。実際運搬車に乗って遊んでるバカいますし」

 なるほど。私は頷く。

「ありがとう、賢吾くん」

 すると彼は胸を張った。

「先輩のお役に立てて嬉しいです!」

「今度お礼するね」

 すると賢吾くんは顔の前で手を振った。

「いいんです。俺、人の役に立つの嬉しいんで!」

 この子、やっぱりいい子だな。

「先輩、大切な人が巻き込まれたって言ってましたよね」

 と、賢吾くんが眩しい笑顔を向けてくる。

「きっとそいつ、大丈夫です! 先輩が力を貸してくれれば百人力!」

 私は何だか、照れ臭くなって笑った。

「ありがとう」

 それから、思う。

 一発逆転の手がかりが、あるとしたら……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る