俺の調査 SIDE先崎秀平③
鈴木令理ちゃんかぁ。
緑ちゃんの証言を受け授業中、俺は考える。
鈴木令理ちゃんって言やぁ一年の頃二年の男子一人と三年の男子二人をほぼ同時期(冬荻祭直後)に振ったとかいう伝説の年上キラーじゃねぇか。低身長でロリっぽいところあって好きな人にはブッ刺さりそう。俺? 俺はまぁほら、綺麗なお姉さん系が好きとは言えやはりかわいさも捨てがたく幼さの中にクールなところも持ち合わせた上に新たに腐女子というオタク要素まで判明した令理ちゃんは割と好みっていうかむしろウフフ好き……。
「お前さっきから何ニヤニヤしてんだ?」
昼休み。俺の隣でBLTサンドイッチを頬張りながら新津が訊いてくる。俺は奴の手元を見て思う。
「何か暗号みてえだな……」
「何が?」
「俺の隣でお前が『BL』Tサンドイッチってさ……もう一人必要になるが……」
「さっきから何の話してる?」
「何ってほら、令理ちゃんさ」
俺は無理矢理話を繋げる。
「新津、令理ちゃんって何組か知ってる?」
「三組じゃねーかな」
また、BLTサンドイッチを一口。
「〈ギタ女〉のメンバーは五人中四人が三組だからな」
さすが〈時宗院ギター女子部〉からモテてるだけあって、詳しいな。
「お前が行ったら大変なことになりそうか?」
お前〈ギタ女〉からモテるもんなぁ。俺がそう訊くと新津は恥ずかしそうに口を尖らせてサンドイッチを飲み込んだ。
「知るかよ」
モテる男は、辛いねぇ。
*
さて、手早く昼飯を済ませた俺たちは急ぎ足で三組へと向かった。教室の入り口。俺と新津がひょっこり顔を出すとすぐさまドアの近くにいた女の子が「リサリー、新津くーん」と声を上げた。リサリーってのは〈ギタ女〉一番の高身長にしてファッション雑誌で読者モデルまでやってるクールビューティ、
「うっそまじ?」
教室の端。窓のすぐ傍から声が上がる。
「ヨッシーサマ? うわー、何、ウチに会いにきてくれた感じ?」
長い髪をたらんとサイドに流した超絶美少女がすたすたとこっちにやってくる。何かこう、上履きまで眩しい感じ。踏まれたい奴とかいそう。
「はぁ? ヨッシーサマがそんなエコヒーキするわけないじゃんね。あーたの勘違いだしー」
と、教室の真ん中辺りからやってきたのは今日もバチバチド派手メイクの
その隣で静かに手を振っているのが
そしてその、椿ちゃんの前に座っていた子が。
問題の女子。高めのツインテールでムスッとこっちを見ている、童顔ロリの鈴木令理ちゃんだ。
「……隣に先崎がいるのが不穏」
令理ちゃんがそうつぶやくのが聞こえた。何を隠そう、令理ちゃんは「女子に優しくジェントルに」を掲げる俺に、氷よりも冷たい態度を取る女の子「アンチ先崎ガール」の一員なのである。何でも理由は「中学の時私を手ひどく振った男に似てるから」。そんな男忘れさせてやるよ……。
「今日は令理ちゃんに用があってよぉ」
俺がそう告げると「やっぱり。令理、これで口説きに来たの何回目?」と椿ちゃんが笑った。令理ちゃんがつぶやく。
「……七回目」
しっかり覚えてる辺り俺のことそんな悪く思ってないんじゃね?
「ってか先崎は別にどうでもいいし。ヨッシーサマでしょ」
「そのヨッシーサマも令理ちゃんに用があんのよ」
俺が笑うと〈ギタ女〉の面々が「私も!」「ウチも!」「あーしも!」と続いた。「ヨッシーサマは〈ギタ女〉みんなのもんじゃんね」と晴火ちゃんが新津の腕を取る。いいなー。晴火ちゃん結構胸あるから肘とかに当たってるんだろうなー。
「んで? れーりに用って何?」
晴火ちゃんが新津の顔を覗き込む。新津がつぶやく。
「いや、俺もよく分かってねーんだけど先崎の奴が……」
「実は真崎のこと調べててよ」
俺はいきなり切り札を切った。辺りが一瞬、しんとなる。
「令理ちゃんと話がしてーんだわ」
俺が黙って真っ直ぐ令理ちゃんを見つめていると、やがて彼女はツインテールをふわっと揺すって「手短にね」と口にした。
「〈ギタ女〉の他の子もいていいの?」
「縄文時代の後の話して良けりゃな」
縄文時代の後→弥生時代→やよいじだい→やおい、ってことなんだが通じるか? まぁ、そういう言葉遊び好きそうなところあるし通じるだろうなぁと思っていたら令理ちゃんはすぐさま顔を赤らめて「ごめん、みんな少しの間ヨッシーサマ借りる」とだけ告げた。何だかんだ俺たち以心伝心だよな令理ちゃん?
晴火ちゃんが「ぬけがけダメだしー!」と声を上げたが即座に莉沙ちゃんが長い髪を揺らして「晴火ちゃん」と制した。ん? こういう配慮が行き届いているってことは令理ちゃんの趣味もバレてそうだが……まぁ、女の子同士の空気感ってのもあるよな。
「わりーな。ちょっと男子二人で令理ちゃんもてなしてくるわ」
そう笑ってから令理ちゃんを俺と新津の間に挟んで連れていく。廊下の角。ロッカーの傍でヒソヒソ話す。
「何であんたが知ってるわけ?」
令理ちゃんが険しい目でこちらを見てくる。俺にだけ聞こえるような小さい声。
「誰が情報流した?」
「企業秘密だ」
俺がニヤッと笑うと令理ちゃんは不機嫌そうに「やっぱあんた嫌い」とそっぽを向いた。新津が口を開いた。
「お前が話を聞きたがるってことは、この子が真崎の件に絡んでるんだよな」
俺に向けての言葉だ。だが俺はこいつにも笑顔で返した。
「さぁな。まだ分からねー」
とりあえず、と俺は新津に向き直った。
「まずお前から令理ちゃんに訊きたいことは?」
「えっ、俺?」
新津は口を開ける。
「えっ、何だろう」
それから少し考えるような顔になってから、つぶやいた。
「前夜祭には?」
いたかどうか、を訊いているのだろう。
令理ちゃんが首を傾げた。
「いたけど?」
「何時まで残ってた?」
「えーっと確かしち……」
と、言いかけて令理ちゃんの顔色が変わった。
「六時」
短く、告げる。
しかしさすがにこの
「何で言い直した?」
「言い直してないよ。ちょっと間違えただけ」
「間違えたって?」
「塾が七時からあったの。その時間と間違えた」
時宗院生は文化祭準備の後に塾に行って勉強。そして家に帰っても夜遅くまで勉強。翌朝も明ける前から勉強。そして昼間は学校で文化祭準備をエンジョイ……というのがデフォルトになっている。ひでえ奴は睡眠時間五時間を切る。俺? 七時間寝てますけど? 成長期だからよォ。
まぁ、そんなこともあって令理ちゃんの「塾が七時から」は特に問題ない、というか当たり障りない回答。
「真崎のこと嫌ってる女子とかいなかったか?」
新津が続ける。俺は黙って奴の尋問を聞いていた。
「真崎のこと妬んでた奴とか、そういう……」
「そんなこと言ったら〈ギタ女〉はみんな真崎さんのこと妬んでたよ」
爆弾投下。
「みんな多かれ少なかれ『ヨッシーサマから離れろ』くらいは思ってたと思う。だって、作詞作曲ヨッシーサマでしょ? ほとんどヨッシーサマがバンド作ってるようなもんじゃん。歌うのなんて誰でもいい、何なら私らの中の誰かでも良かったわけでしょ?」
「そんなことない!」
新津が激しく否定した。
「そんなことねーよ。何だよそれ」
「……ごめん、言い過ぎた」
大人な対応をしたのは令理ちゃんだった。
「まぁでも現実面、今言ったことのようなのを思ってる人多いと思う。〈ギタ女〉に限らず軽音部の女子なら少しは思ったはず」
「女子だけか?」
俺がそうつぶやくと令理ちゃんはキッと俺を睨んで「あんた後で覚えてなね」と返してきた。
「俺が令理ちゃんのこと忘れるわけねーだろ」
とりあえず、と俺は令理ちゃんに向き直った。
「軽音部の女子ならある程度真崎に対して動機を持つってことだな?」
俺の問いに令理ちゃんは頷く。
「まぁね。でも問題はあんな殺し方、女子にはできないってことだよね。突き飛ばしたんでしょ?」
令理ちゃん、ニュースちゃんとは見てないんだな。突き飛ばしの線は疑われはしたが棄却されてる。そのことは報道でも言われてる。
しかし、令理ちゃん。「殺した」ってことについて躊躇いもなく言及するんだな。いいな、気に入った。
「後でLINEしようぜ。今度デートしようや。熱く恋愛について語ろうぜ」
俺がそうつぶやいて指で空中に「BL」と描くと(もちろん令理ちゃんから読みやすく反転させて描いたぜ)令理ちゃんはムッと口を結んで「呪い殺してやる」と告げた。
「そんなに想ってくれるなんて俺は嬉しいよ」
「あーっ! あんた何でそうなるわけ? 頭の中真っピンクか」
令理ちゃんが踵を返すと新津が俺に訊いてきた。「お前何であんな嫌われてるの?」
「乙女心にゃ色々あんのさ」
そうつぶやいたところで、俺たちは話しかけられた。
「あのさ、しゅーへー。それとヨッシーサマ」
横からひょいっと現れた女の子。たらんと垂れた長い髪。
福永莉沙が声をかけてきた。どうやって抜け出してきたのか知らないが、一人だ。
「ちょっと話聞いてもいい? 誰にも内緒、ウチもしゃべらないようにするからさ」
彼女は小さな声でこう訊いてきた。
「メジャーデビュー、ヨッシーサマ的にはどうだった?」
〈ギタ女〉ってなかなか攻めてるんだな。
俺は密かにそう思った。
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