私の長所 SIDE麻生花純②

〈現場のどんな情報が知りたい?〉

 電話口。私は銀島くんに訊ねる。

「真崎さんの体の損傷具合とか分からないかな。どのくらいの高さから落ちた怪我かとか、そういう情報」

〈……さすがにそこまでは警察も情報を開示しないと思うぞ。記者クラブにも情報は回っていないはずだ〉

 そう、私が考えた「現場の情報を得る方法」。

 県警記者クラブに出入りできるという銀島くんのお母さんの情報を頼ることだ。彼のお母さんからなら大人の世界の話が聞ける。実際彼もそう言っていた。銀島くんに訊けばもしかしたら、必要な情報が得られるかもしれない。そう思っての電話だった。しかし結局、無駄足だったのかもしれない。

「そっか……」

 私は電話口で項垂れる。

「いくら何でも無理だよね……」

 そう、落胆した私に銀島くんは続けた。

〈ただまぁ、麻生さんに渡せる情報が何もないのかと言われるとそうでもない〉

 私は顔を上げる。

「何? 何を教えてくれるの?」

 すると銀島くんが電話の向こうで声を潜めた。

〈警察はツリーハウスについて調べているらしい〉

「ツリーハウスについて?」

 やぐらについてじゃなくて? 現場は櫓なのに。

「どうして?」

 私がつぶやくと銀島くんが低い声で続けた。

〈さぁ。警察の意図するところは分からないが、ツリーハウスの設計図についてなら早速新聞部に問い合わせがあったぞ〉

 耳寄りの情報すぎて私は思わず立ち上がりそうになる。

「何で新聞部に?」

 私の問いに銀島くんは答えた。

〈ツリーハウスは学生運動の象徴というだけあって、学校公式の建物じゃないからな。学校側に情報は一切ない。代わりに、時宗院高校が創設されて以来百年間続いている我らが新聞部には、かつてツリーハウスの建設に関わった人間が残した設計図がある。六十年代に学生の自治活動を主張するために連続して起こった学生運動があってな。それを率いた菰部こもべ活海かつうみという当時の二年生がツリーハウスの建設の筆頭に立ったんだが……〉

 長くなりそう。でも大事な話だ。

〈菰部は家が建築家の家系で、仲の良い兄がいた。兄は既に建築家として働いていた菰部こもべ活山かつざんという人で、当時はかなり有名な、凄腕の建築家だったらしい。活海は活山に『学生が自主的に活動する際の砦になる建物が欲しい』と願った。で、血気盛んで喧嘩っ早い活山は『弟の頼みならば』と早速時宗院高校傍の楡の木にツリーハウスを建設することにした〉

「えっ、時宗院高校傍って、ツリーハウスの木ってもともと学校の敷地じゃなかったの?」

〈ああ。七十年頃起こった『第三の教育改革』の際、高校標準法の施行と共に学校敷地を延長、その際に楡の木は学校の敷地内に入ることになった。当然ツリーハウスもそれに当たって取り壊しが決定され、この頃連続して時宗院高校学生闘争が起こる〉

「……学生闘争ってそんなに何度も起こってるの?」

〈六十年から八十年にかけて七回起こってる〉

 はぁ、そんなに。時宗院生って当時から派手なんだ……。

〈まぁ、とにかく。楡の木が学校の敷地に取り込まれる際にツリーハウスの取り壊しが決定されたんだが、当時の学生は猛反対。そしてある行動に出た〉

「ある行動?」

〈ツリーハウスを自主的に解体した〉

「えっ、何で?」

〈作戦さ。当時は『波状攻撃』と名付けられた〉

 波状攻撃。……押したり引いたりを繰り返す?

〈まず国から派遣された業者がツリーハウスの解体に来る。その時にはツリーハウスは学生の手によって解体済み。業者も『なぁんだ』と撤収する。で、いざ敷地の拡大となった段で学生たちがもう一度ツリーハウスを建設する。そして立てこもりデモ活動。見かねた学校がまた業者を呼ぶとまた生徒の手でツリーハウスは解体済み。業者撤収。ツリーハウス再建築。デモ。学校が業者派遣。ツリーハウス解体。業者撤収。ツリーハウス再建築。デモ……〉

「そ、そんなに簡単に何度も建設できるの?」

〈ここで菰部こもべ活山かつざんの趣向が活きてくる〉

 銀島くんはどこか誇らしげだった。

〈活山は『学生でも手軽に建てられるように』と、ツリーハウスの土台を大きく十七のパーツに分けた。十七のパーツさえしっかり固定されていれば、後は自由に建て増ししたり縮小したりできるように。十七のパーツさえあれば後は床、壁、天井、屋根、どこをどう弄っても『最低限砦として機能する』ようにした。時宗院高校敷地拡大の際、学生たちはこれを逆手に取り『十七のパーツを楡の木に残す&隠す』ことで『残りのパーツを撤去してもまたすぐツリーハウスを建設できる』ようにした。これで『バラす、直す』のサイクルを実行し、学校側にツリーハウスの残存を飲み込ませた〉

「じゃあ、今のツリーハウスが生徒たちの自由にカスタマイズできるのって……」

〈菰部活山のおかげだ。十七のパーツさえ固定されていれば、後は自由にできる。自由自主性自治、三つの『自』を求める時宗院生らしい造りだと、生徒たちからは評判が良かったそうだ〉

「楡の木そのものを伐採する話はなかったの?」

 私が訊くと銀島くんは電話口で笑った。

〈その話も聞きたいか?〉

 と、私は危険を察知した。

「長くなるよね。やめとく」

〈話を戻すが……〉

 銀島くんの声は僅かに高揚していた。

〈そのツリーハウスの設計図、見たくないか〉

「……見れるの?」

 私が訊くと銀島くんは、悪そうに囁いた。

〈俺は写しの電子版を持っている〉



 そうして銀島くんから送られてきたツリーハウス設計図の電子版は、とても見にくいものだった。鉛筆で書かれた設計図を無理矢理PDFに落とし込んでいるから線が消えたり掠れたりしている。だがいくつかの情報は読み取れた。以下、簡単にまとめる。


 一、上階の増設ができるように、ツリーハウスの柱となる楡の木の幹にはいくつかのジョイントが埋め込まれてあり、ここに上の階の土台を作れば簡単に建て増しできるようになっている。とは言え、活山さんは三階建て以上にする気はなかったのだろう。ジョイントを埋め込める口そのものが三階建て分の高さしかない。また、木の幹の特性上上に行くほど細く頼りなくなるので、ジョイント口のある場所を延長をすることはできない(禁じる旨設計図に書かれている)。


 二、壁面床面は割と自由が利く。一番傷みやすいところだからだろうか、床材壁材のパーツの交換も簡単、その気になれば男子生徒が一人か二人程度いれば手早く交換できる。


 三、ツリーハウス奥行きは十メートル、横幅は五メートル程度。これらよりさらに増設できるよう、十七のパーツの内六つはツリーハウス外側に設置されている。この六つを起点にさらに数メートルの増設が可能らしい。


 四、バルコニーやテラスの構想は建設当初はなかった。いつ頃の増設かは分からないがツリーハウスの中でもバルコニーとテラス(と、誰かがバルコニーから飛び込んで開けた二階屋根の穴)は後期のもの。


 五、ツリーハウスは楡の木の上部にもさらに増築できるよう、十七のパーツに追加できる十個のパーツがあった。つまりツリーハウスはもともと二棟の建築が予定されていた。これらの追加パーツは行方不明だが今も時宗院高校のどこかにあるとされている。


 一通りノートに情報をまとめると、私はため息をついた。思ったよりツリーハウスの設計が細かいし大規模だ。さすが菰部活山さんと言ったところか。

 そして警察は、このツリーハウスに興味を持っている。私なりにその理由を考える。

 やはり真崎さんの死因は高所からの落下だと考えているのだろう。現場近くにある「高いところ」と言ったらツリーハウスと楡の木しかない。ただし楡の木の枝はツリーハウスの二階部分から生い茂っており、その辺りの枝でさえ細くて貧弱。とても人が乗ることはできない。足場となるのはやはりツリーハウスだろう。ここまでは私の考えと一緒だ。つまり私の答案も大人の考えるものとそこまで離れていないことになる。

 うーん、でも。

 大人たちと近い場所を歩いているからと言って、それが必ずしも正解に近いとは言えない。もしかしたら私も大人も真実から遠い場所にいる可能性だってある。一体どうすれば……。

 悩む。

 悩む。

 しかもそもそも、ツリーハウス最上階の高さから落としても櫓の床面には着地しない。前にも算出したが、マンションぐらいの高さがあるところから突き飛ばさない限り楡の木がある地点から落とした真崎さんが櫓に着地することはないのだ。ということは、ツリーハウスに注目すること自体間違いかもしれない。そもそもツリーハウスの床面自体が人の落下に耐えられるか怪しい。屋根に穴を開けた先輩がいる以上、バルコニー程度からの落下にならツリーハウスの床面は耐えられるとして……。

 ……待てよ。

 私はある可能性を思いつく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る