俺の長所 SIDE先崎秀平①

「仁部のやつ、真崎に恋してたのか」

「恋って感情かは分からねーがな」

 新津が鋭い目のまま俺に告げる。

「噂話じゃく想ってるらしい」

「へぇ」

 俺は葬式会場の真ん中から少し離れた場所にいる、同じクラスの連中を見つめる。あの中にいる仁部は、本当に自然に学校の空気に溶け込んでいて、とても真崎に想いがある人に思えなかった。真崎のことが好きなら涙の一つくらいあるだろうに。意外と冷血漢か? 

 俺は新津に目配せすると、ゆっくり仁部の方に近づいていった。日常会話っぽく。だが話はしっかり聞き出す。

「よう仁部」

 俺はいつも通り声をかける。

「まさか真崎が死んじまうとはな……」

 今となっては当たり前の事実となってしまったそれを告げると、仁部は表情を一気に暗くし、「ああ」と唸るような声でつぶやいた。やっぱり精神的にきてるのかな。表情はいつも通りだが、目の奥が澱んでいる。

「俺、本当、ショックで……」

 今にも泣き出しそうな、本当に決壊寸前の仁部の言葉に俺も頷く。

「俺もショックだよ」

「新津、お前どうすんだよ」

 仁部は俺の隣にいた新津に訊ねる。

「プロの話、なしになっちまうのか」

「どうだろうな」

 仁部に話を聞くことの方が大事だからか、新津のやつははぐらかした答えをする。俺は一息待ってから口を開いた。

「そういや仁部って前夜祭いたか? 真崎の最後があそこになるなんてな……」

 俺が間接的に……いやほぼ直接的に仁部のアリバイについて訊ねると、仁部は目線を伏せたまま答えた。

「ああ。前夜祭には割と遅い時間までいたよ」

 俺は新津と顔を合わせる。すると、新津が溢れるように口走った。

「何時ぐらいまでだ? 真崎のこと見たのか?」

 よせばいいのに、新津のやつ、出しゃばって尋問みたいに訊きやがる。仁部の表情が強張る。

「そんなこと聞いてどうする?」

 あーあ、もう止まらない感じ? 仕方ねーなぁ。俺は口を開く。

「真崎に何があったか知りたいんだ。ほら、何もしないではいられないから」

 こうなりゃやることはひとつ。手札がバレた以上は腹を割って話す。俺は続けた。

「前夜祭、遅い時間までいたなら何か知らないか。真崎のこと、何でもいい」

 仁部はちょっと考えるような顔になる。妙な、間。何か心当たりがあるな。俺はそれを感じ取る。

「いや、特に思い当たるところはない」

 ダウト。まぁ、どのレベルの嘘かは分からないが。

 しかし新津が不安そうに……そしてせっつくように口を開く。

「本当か。本当に何も心当たりないのか」

 くっそ、新津のやつ、そんなに食いつくなよ必死か? 気持ちは分かるががっつくと引くぞ。男も女もな。

 俺は新津の前に一歩出ると仁部との間に入った。新津の暴走を止める。

「ああ、まぁ、真崎の思い出話はまたしよう。あとさ、写真とか見つけたら真崎のご家族に渡してあげてくれるか。喜ぶよ、きっと」

 俺がそう告げると、仁部は「ああ」と新津を見つめながらつぶやいた。

 ん? と俺は思った。何か心当たりがあるような顔を一瞬だけ見せた仁部。そして新津を見つめる鋭い目。

 ははぁ、こいつの心当たりって、もしかして新津関係のことか? 

 と、俺が勘繰っていた時だった。

「なぁ」

 それはやはり、仁部から新津に向けられた問いだった。

「お前あの晩、何食べた?」



「な、何って……晩飯のことか?」

 仁部が頷くと新津が言い淀む。

「何だっけな。トンカツ?」

「ふうん」

 仁部が意味ありげに頷く。俺はといえば、仁部と新津の間の空気が鋭くなってきたのを感じて、逃げの一手を取りたくて仕方がなかった。分が悪い。このまま聴取を続けると妙に思われる。

「悪い。俺と新津、真崎の伯母さんのところ行くからよ」

 新津の肩を掴んで引っ張る。

「写真の件、見つけたら教えてな。真崎のクラス、みんなで真崎が写ってる写真集めてご家族に贈るそうだ。軽音楽部もそういうのやりてえよな」

「ああ」

 仁部は鋭い目で新津を見つめたまま頷く。

「またな」

 そうして、別れる。


「おいおいおいおい落ち着けよ」

 仁部から離れて。

 俺は新津に説教する。

「あんなにがっついちゃ、しゃべってくれるもんもしゃべってくれなくなる」

「そ、そうか。悪い」

 新津は項垂れる。

「こういうの、どうやったらいいか分からなくて」

「女の子から連絡先聞いたことないのか?」

 俺が茶化して笑うと新津も笑った。

「あるよ。でもお前にゃ敵わないさ」

「警戒されたら終わりってのは分かるよな?」

 俺の言葉に、新津は頷く。

「次から気をつける」

「頼むぜ」

 と、話していた時だった。

「ぶーちゃんと何話してたの?」

 女の子の声……! と振り返ったら大当たり。たいら優花実ゆかみちゃんだ。〈五十歩ひゃっほー!〉のキーボード担当。通称ぺっぺ。

「ぺっぺちゃん」

 ぺっぺちゃんの言った「ぶーちゃん」ってのは察するに「仁部ちゃん」が派生したものだろう。バンド内独自のメンバーの呼び方というのは存在する。

 とろんと垂れた目のぺっぺちゃんはやはり泣いたのか、目がほんのり赤かった。俺は質問に答える。

「真崎の話してたんだよ」

 嘘じゃない。だが俺は少しはぐらかして答えた。するとぺっぺちゃんは真面目な顔になって続けた。

「ちょっと話、いい?」

 俺は新津の顔を見る。

「こいつもいいか?」

 俺が新津を指してそう訊ねるとぺっぺちゃんは少し困った顔をしてから、しかしすぐに「いいよ」と応じてくれた。俺と新津はぺっぺちゃんに連れられて葬式会場の外、廊下の端に向かった。

 市民ホールの暗い廊下の隅っこ。葬式の後だからか余計に暗く感じた。

「で……」

 人が来そうにないのを確認してから。

 ぺっぺちゃんは俺たちに訊いてきた。

「ぶーちゃんに……ううん、仁部くんに真崎さんのどんな話をしてもらってたの?」

 俺は一瞬、考えた。この子はどこまで勘付いているだろう。どこまで察知して、どこまで行動に起こしている人だろう。

 だが、こうして俺たちに話しかけるという積極的な行動を見るに……。

 俺は勝負に出ることにした。

「俺たち、真崎のこと調べててさ」

 俺の告白に、新津がびっくりしたような顔をする。

「ほら、仁部って真崎が好きみたいな噂あったじゃん?」

 と、俺のここまでの一言で全て察したようだった。

 即座に、ぺっぺちゃんが反論してくる。

「仁部くんが好きなのは美遊みゆだよ」

 その一言に俺は目を丸くする。

「美遊って、長野美遊ちゃんか」

 俺の言葉にぺっぺちゃんがうん、と頷く。長野美遊って言やぁ〈五十歩ひゃっほー!〉のボーカルだ。俺は続ける。

「〈五十歩ひゃっほー!〉内で恋愛してんのか」

 ぺっぺちゃんは今度は首を横に張った。

「ううん。仁部くんの片想い……で、私の片想いでもある」

 唐突にぶちこまれた爆弾に俺はまた目を見開く。

「ちょ、ちょっと待て。仁部が美遊ちゃんを好きで、ぺっぺちゃんは……?」

 ぺっぺちゃんは覚悟を決めたように目線を上げた。

「私、仁部くんが好き」

「でもぺっぺちゃんと美遊ちゃんって……」

「うん。入学した時から仲良し。〈五十歩ひゃっほー!〉も私と美遊が結成したし」

 ははぁ、そういう三角関係……。

 つまりあれか。ぺっぺちゃんは親友に好きな人取られてるのか……? 

「美遊ちゃんは誰か好きな人いるのか?」

 反射的に出たその質問は、しかしぺっぺちゃんの何かを揺さぶるのには十分なようだった。一瞬、彼女の頬が揺らぐ。しかしさすが、音大付属を目指したピアノの才女というだけあって感情表現が上手いのか、ぺっぺちゃんは巧妙に表情を隠した。

「それは知らない」

 ダウト。そしてここで嘘をつくということは、だ。

 美遊ちゃんの好きな人がここにいる俺や新津と関係性が薄い人間ならば、ぺっぺちゃんは躊躇わずそいつの名前を口にするだろう。例えば美遊ちゃんが、いつも教室の端でスマホでAV見てる涼川すずかわくんのことが好きなら「涼川らしいよ」くらいのことは言うはずだ(これを『涼川理論』としようか?)。しかしぺっぺちゃんは口をつぐんだ。ということは、だ。

 美遊ちゃんが好きな男はこの場に密な男子。極限を取れば可能性がある。で、だ。

 これは俺の経験談だが、例えばAちゃんという女の子がいたとする。そのAちゃんの好きな男子Bくんが、Aちゃんに向かって「好きな人いるの?」と訊いたら、Aちゃんは「何であんたがそんなこと訊くのよ」という顔をするはずだ。これは関係性が「友達の好きな人」に転化した場合も同様の反応が期待できる。つまりAちゃんの親友Cちゃんが、Bくんから「Aって好きな人いる?」と訊かれたらCちゃんは「さぁ?」と少し刺々しく返すだろう。

 要するに、何が言いたいかというと、だ。

 くだんの美遊ちゃんの好きな人が俺だった場合、俺が「美遊ちゃんの好きな人って誰?」という質問をしたらぺっぺちゃんは「あんただよ」という顔をしただろう。しかしぺっぺちゃんはただ気まずそうに表情を隠しただけで非難の色は見せなかった。察するに、美遊ちゃんの好きな人は俺じゃない。そして先ほどの「この場に密な人間が対象だから口をつぐんだに違いない」という「涼川理論」と総合的に考えれば、だ。

 美遊ちゃんは多分、「この場に密」×「俺じゃない男子」、つまり新津のことが、好きなんだろうな……。

 音楽事務所からも声のかかっている実力派。

 おまけにこのルックス。

 モテないわけがない。実際〈ギタ女〉の連中は軒並み新津にメロメロだし、新津の女子を惹きつける能力は高い。

 なぁるほど、面白くなってきやがったぜ……。

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