冬荻祭延期期間 SIDE先崎秀平②
真崎の葬式。
確か俺の
まず、真崎は両親がいない。小二の頃にバスの事故で死んでしまったらしい。それから伯母の家に預けられて、伯母が経済的な理由で真崎を預かっていられなくなると今度は祖父母の家に。そんで祖父母も歳が歳で思うように真崎の面倒を見切れなくなると、今度はまた仕方なく伯母の家に。で、また伯母が面倒を見切れなくなるとまた祖父母の家に……と、両家を行き来する生活を送っていたそうだ。それでも確か、前に真崎が語っていたことには、「みんなが私を大切にしてくれるから嬉しい」だっけな。実際真崎は愛されていたんだと思う。だって伯母さんも祖父さん祖母さんも決して真崎を諦めなかったんだから。でも、だからだろうか。葬式はもう、それは悲惨だった。
人って、あんな悲しみに沈むんだな。
俺はとにかく怖かった。あの、まるで魂が死んじまったみたいな顔をして人形みたいに呆然としている真崎の伯母さんが。ずっとハンカチに顔を埋めたまま、時々獣みたいな嗚咽を漏らす祖母さんが。きゅっと唇を結び、孫娘の最期をきちんと見送るのだと、まるで戦争にでも行くみたいに険しい顔をしている祖父さんが。人が死ぬと、若い奴が、未来が死ぬとこうなるんだと、俺はありありと見せつけられた。見せつけられていた。俺はおふくろを思った。
――俺が死んだら、母さんもこうなるのか。
改めて、事件が怖くなる。俺がもし、この事件に首を突っ込んだことが理由で、死にはしなくても怪我でもしたら、母さんは、父さんは、いや、それだけじゃない、親戚は、もしかしたら友達なんかも、どう思うんだろうか。俺は俺だけの俺じゃない。生まれて初めて感じた人との繋がりは、あまりに残酷で、俺はただ震えた。
だが、それと同時に。
葬式の後には寿司やら弁当やら何やらが並んだ食事の席が用意されていた。寿司ってめでたい時に食うもんなんじゃねーのか。そうは思いながらも小肌を一つ、口に入れる。酢が利いていて旨い。そういや「寿司食う時は小肌を食え」って話は、それこそ中二の時に死んだ祖父さんが俺に教えてくれたことだったな。俺はもう一口、今度は卵焼きを食うと、考えた。人が死ぬ。それは繋がりが一つ切れてしまうことを意味するんだ。そして世の中は人と人との繋がりだ。網の目みたいに張り巡らされている。その中の一本でも切れちまったら、網は網じゃなくなっちまう。元の網に戻るまで、すごく時間がかかる。そして俺も網の目の構成要素だ。軽んじていい存在じゃない。そう、大切な、糸の一つ。結び目の一つなんだ……。
なら、俺は、もしかしたら。
――真崎が死んで、穴ができた。俺がその穴、塞いでやらにゃな。
*
葬儀の最中、泣いている女の子たちがいた。というより女の子はほぼ全員泣いていた。そのみんなの背中を、俺は摩ってやりたくなったが、しかし俺は一人だった。だから仕方なく、俺は一番近くにいた
藤山ちゃんはバンド〈時宗院ギター女子部〉のリーダーだ。「みんなギターをやりたい」という理由でバンドメンバー全員がギターを弾く「好き!」全開のガールズバンド。美人揃いでライブハウスなんかには数十人規模でファンがいるらしい。ファンの中でも「推し」がいるらしく、俺の統計ではこの藤山美子ちゃんがファン獲得数トップを走っている。実際まんまるで触り心地の良さそうなほっぺは何だか愛嬌たっぷりでかわいらしい。そんな美子ちゃんがその白い頬に涙を伝わせている。何だか俺も、胸がビリビリしてくる。
「はー」
ひとしきり泣いた美子ちゃんは顔を上げる。それからつぶやく。
「ヨッシーサマ、どうするんだろ」
ヨッシーサマっつーのは〈ギャングエイジ〉の作詞作曲担当の新津良晴のこと。〈時宗院ギター女子部〉は全員が〈ギャングエイジ〉の、もっと言えば新津良晴のファンで、みんな非公式のアクキー作ったり新津のイメージカラー(非公式)のギターピックを作ったりと、まぁまぁ強火の推し活動をしている集団だ。そういう訳で、真崎の死はそれはそれで悲しいのだろうが、やはり新津の今後も気になるところなのだろう。
「真崎の分も音楽やってくれるさ」
俺はつぶやく。
すると美子ちゃんが、俺の顔を見てきた。
「しゅーへー。もしできるならヨッシーサマの傍にいてあげてくれる?」
俺が美子ちゃんを見つめ返すと、彼女は続けた。
「あたしら女子がくっついてるとさ、余計な噂立って、ヨッシーサマも心休まらないと思う。しゅーへーなら男子だし、友情ってことにできる。……てかヨッシーサマと仲良いよね?」
俺は頷く。
「あいつらの初ライブでギター弾いたのは俺だぜ?」
すると美子ちゃんが、涙に濡れた頬を拭う。
「じゃあ、この後ヨッシーサマに話しかけてあげて」
さぁ、そういうわけで。
寿司を食って腹を膨らませた俺は緑茶を一口飲んでから、食事会場端にいる新津の方へと歩いていった。新津の奴、箸を持ったまま固まっていた。
「よう」
俺は声をかけた。新津が顔を上げる。俺はその、ぽかんとした顔に続けて告げた。
「話したかったぜ」
「……ホントかよ」
「別に嘘じゃない」
それから少し、沈黙が流れた。息苦しい沈黙だ。しかし俺は、すぐにそれを破った。
「これからお前、どうするんだ?」
すると新津は答えた。
「さぁ、どうなるんだろうな」
「プロになるっつー話は?」
俺の問いに、新津は唇を噛む。
「分からねぇ」
「何も分からねぇな……まぁ、俺もだが」
俺はため息をついた。
「俺なんか現場にいたってのに。真崎のこと……」
と、言いかけた俺の言葉に、今度は新津が食いついた。
「現場にいたっての、マジなのか?」
「マジもマジ。大マジ」
「……何か見なかったのかよ」
しかし俺は応じる。
「さぁな。お生憎様」
俺が新津の顔を見ていると、あいつは急に口を開いた。
「なぁ、さ」
「何だ?」
俺は訊き返す。すると新津は、意を決したような顔で続けた。
「なぁ、俺と手を組まねぇか?」
あまりのことに、俺はぽかんとする。手を組め。新津と?
しかし新津は続けた。
「俺は、この事件を調べるつもりだ……調べるつもりなんだ。その、真崎の……無念を晴らしたい。先崎、お前も事件については気になるだろう? どうだ、俺と組まないか」
「へぇ」俺はつぶやいた。「探偵ごっこか」
「……お前にそう言われると何かムカつくな」
新津は笑う。
それからあいつは、俺の肩をぽんと叩いた。
「頼むよ。お前なら頼めそうなんだ」
俺は少し考えてから、頷く。
「まぁ、悪くないかもな」
新津はまた笑った。
「よし。コンビ組もうぜ。真崎の無念を晴らしたい俺。事件について知りたいお前」
「……俺がいつ事件について知りたいなんて言った?」
しかし新津は俺の目を見た。
「お前、そういう顔してるぜ?」
*
しかしまぁ、調べると言っても。そして、俺個人が調べると覚悟しても。
何から調べていいか分からないというのが現状だった。まぁ、俺一人なら手当たり次第に、とも行けるが相棒がいるともなれば当てずっぽうはできない。それに俺には時間がない。おふくろと約束した期間は三日。まぁ、今日この葬式を入れても三日と数時間といったところだろう。この期間に解決しないといけない。だから俺は、知恵を絞った。
「えーと、こういう時は……」
葬式が終わり、皆三々五々帰り支度を始めた頃。
一日だって無駄にできない俺は辺りを見渡す。それから、つぶやく。
「誰かに話でも聞くか」
「誰かって?」
新津が訊いてくる。極論お前でもいいんだけどよぉ、それはまぁ、一旦置いておいて。
「真崎に気がある奴、知らねーか?」
「真崎に気がある奴」
新津は笑う。
「そりゃいるさ」
あいつはそれから、ふと振り返って俺のクラスの人間が固まってる場所に目をやった。
「あいつ」
それから新津が示したその先。
仁部
「〈五十歩ひゃっほー!〉のか」
俺も笑った。新津と一緒に。
「こりゃ面白くなってきたな」
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