冬荻祭延期期間 SIDE先崎秀平①

「馬鹿!」

 花純に、怒鳴られる。

 それから何を話したか、花粉症の薬でぼやぼやした頭でのやりとりだったからよく覚えちゃいねーんだが、でもこんなことを、花純は言っていたな。

 ――私がこの事件、調べるから。

 覚悟を決めたみたいな顔で。

 口を一直線に結んで、眉を心配そうに歪めて、心底辛そうな、胸に何か刺さったみたいな顔して……。

 へっ。

 俺はぼやぼやした頭で、それでも鮮明に、思う。

 お前にばっかそんな苦労、かけてられるかよ。



〈よう、先崎容疑者〉

 釈放されてすぐ。

 いや、厳密にはおふくろに警察署まで迎えにきてもらって家に帰り、親父も含めた三者家族会議、三時間たっぷり説教くらってしょんぼりして部屋に帰ってきてからすぐ、俺は銀の字に電話していた。銀島ぎんしま英司えいじ。俺のダチ公にして元新聞部部長、学内の情報通。

「やめろ冗談じゃねー」

 ったくあいつどこから俺に容疑がかかってるのを知ったんだ。もう報道とかされてんのか? 

「えれー目に遭っちまったい」

 電話の向こうで銀の字が「フッ」と笑う。

〈お前が女殺しか。馬がライオン食ったみたいな話だな〉

 それもギャングエイジの真崎ともなれば、な。銀の字はまた電話の向こうで笑う。

〈お前を知ってる人間なら腹の底から笑える案件だよ。一年の頃から親しくて一時期は恋愛関係にあったかのような噂話まである真崎をお前が殺すなんてな〉

「いや、分かんねーぜ? 俺の胸の内にも、女子を酷い目に遭わせたいっつー加虐心が……」

〈どっちかと言うと加虐されたい側だろお前は〉

 よく分かっておいでで。別にいじめられたいわけじゃないけど、無関心よりかはどんな形ででも構ってもらえた方が嬉しい。

〈で、どうするんだ?〉

 電話の向こうで、コポポポ、という音がする。コーヒーでも淹れてんのかな。俺も一服したくなってきた。

〈麻生さんは黙ってないだろう〉

「……まぁな」

 俺は記憶の霧の奥底を覗く。

 困り顔のあいつ。

 辛そうなあいつ。

「なぁ、銀の字」

 それから俺は、銀の字に頼み事をする。



 時宗院生に通学の許可が出たのは事件から二日後、翌週月曜日のことだった。保護者と全校生徒に向けて校長からの説明会が開かれるとのことで、俺はおふくろに連れられて学校へと向かった。一応俺は容疑者ということで、やや厳重な学校入りだった。おかん曰く、俺は「送り迎えを前提に登校の自由を約束された」身らしい。

 さて、朝の全校集会で話された校長の言葉をざっくり要約すると。

 警察の捜査に影響するので詳しいことは報告できない。だが残された生徒の安全は今まで以上に気を配っていく所存。とはいえ、親御さんとしてもお子さんをこのような状況下の学校に預けることは不安だろうから、特例として十日間、出席を取らないという決定をした。この間授業は平常通り行うものの、無理に学校に来る必要はない。オンライン受講も対応する予定なので、時宗院生は無理に登校しなくても家で授業を受けられる。学習が遅れた分は補講も実施する。それでも何らかの家の都合で登校せざるを得ない生徒は、常に家の方向が近い生徒同士集まっての集団登下校、そして校内においては教員の監視下に置かれることを了承すること。

 ざっくりとまぁ、そんな感じ。

「なぁ母さん」

 全校集会の最中。俺はおふくろに話しかける。

「俺学校行っていい?」

「ダメに決まってるでしょ」

「そう言わないでさぁ」

 学校行かないと事件のこと調べられねーしよぉ。

 とはいえそんなことを言うわけにもいかないので。

「家で母さん一人に監視されてるより学校で先生たち複数の目で見てもらった方が安全だって」

「ダメです」

「母さん仕事どうすんの?」

「休みます」

「十日も?」

「仕方ないでしょう」

「家の収入どうなんの?」

「あなたが心配することじゃありません」

「なぁ母さん、犯人の立場になって考えてもみてよ」

 俺は説得を続ける。

「まず俺は犯人じゃない」

「そうね」

 ここを疑われたら俺はグレる。

「つまり犯人は別にいる」

「そうね」

「ところが容疑は俺にかかってる」

 おふくろは黙る。

「犯人からしたら俺を殺す動機がねーんだよ。俺を生かしておいて、俺が全部の罪引っ被ってくれた方がありがたい。だろ?」

「何もあなたが殺されるリスクのみを懸念してるわけじゃありません。あなたがさらに余計なトラブルに巻き込まれることを心配してるんです」

「今巻き込まれてること以上のトラブルなんてないぜ?」

 まだおふくろは黙ってる。

 が、やがて鼻から息を吐き、つぶやく。

「止めても無駄?」

 俺はニカっと笑う。

「俺は母さんの子だ」

「どうしても学校に行かなきゃいけない理由があるのね?」

「あるね」

 すると母さんは俺の方に向き直った。

「送り迎えをします」

「はい」

「一時間おきに安全を知らせる連絡を入れなさい。一分でも遅れたら強制的に家に監禁します」

「一時間は無理だ。時宗院は一授業七十分制」

「じゃあ授業終わりに確実に連絡を入れなさい」

「はい」

「帰りのホームルームが終わったらまっすぐ校門に来ること。私はそこで待つようにするから」

「あいよ」

「担任の先生にも話を通します」

「OK」

「私が一ミリでも不安に感じたら強制的に……」

「分かった分かった。分かったよ」

「それでも十日間全ての自由は許しません」

 母さんは俺の目をまっすぐ見つめた。

「どんな用事があるのか知らないけど、三日で済ませなさい。それ以上は許しません」

 ちぇっ、ここが妥協点か。

「OK」

 さぁ、そういうわけで。

 俺には三日の猶予が与えられた。

 まぁ、そうだな。これだけありゃ十分さ。



 冬荻祭については当然中止。だがこっちの方は当日のうちに動きがあった。

 冬荻祭実行委員が校長に抗議したのだ。

 まぁ、この日のために滅茶苦茶に働いてきたあいつらが苦情を言いたくなるのも分かる。それに俺たち三年生は最後の文化祭だしな。

 そんなわけで冬荻祭実行委員長、山崎やまさき賢吾けんごが四時間に及ぶ抗議をした結果、冬荻祭名物のツリーハウスフェスだけはどうにか実行する運びとなった。しかし当然ながら現場となったツリーハウス前のやぐらは使えない。だがライブ会場の客席自体はツリーハウス前に作っちまったからどうにも小回りが利かない。仕方なく櫓の前に特設の小さな舞台を作ってそこでライブをすることとなった。まぁ、異例だらけの文化祭というわけだ。

 そういうわけで簡易版冬荻祭は自由出席期間の十日が過ぎた週の終わり、二週間後の土曜日に一日のみ行われることとなった。冬荻祭延期期間……とでもいうべきエアポケットに、俺たち時宗院生は入った。

 さて、俺に残された期間は三日。

 全校集会翌日の火曜日からスタートということになる。金曜日には、家に閉じ込められる予定だ。

 俺は考えた。考えていた。

 全校集会の後、有志で参加できる真崎の葬式があった。俺は当然出席したいとおふくろに申し入れ、こればかりはさすがに難色示されずに通った。

 真崎の家の近くにあるホールで式は行われる予定だった。学校からも、俺んちからも少し距離があるところだ。おふくろが車で送ってくれることになった。

 道中、車の中で、俺は新聞他ネットニュース、各種情報に目を通した。


〈県立高校で生徒が被害に遭う殺人事件発生〉

〈被害者は年内にメジャーデビューを予定していた女子高生ミュージシャン〉

〈所属予定の事務所より哀悼文公開〉


 哀悼文、が気になった俺はギャングエイジが所属する予定だった音楽事務所のページへと飛んだ。そこにはこうあった。


〈弊社所属予定だった真崎鈴音の死亡事件について〉


 そんな見出しの後に、つらつらと大人が好きそうなつまらない言葉が並んでいた。俺はそれをぼんやりと、読むでもなく流すでもなく眺めていた。

 だがこの文言だけは俺の目に留まった。


〈真崎は幼少期に親を亡くし、親戚の家に引き取られ学生生活を送っておりました。彼女に尽力してくださった方々のおかげで、真崎自身は『寂しい思いはしなかった』としていましたが、胸の中に埋まらない場所があったことは事実だろうと思われます。当事務所としましても、そんな真崎の親となり、家族となる覚悟で引き入れようとしていた矢先での事件でした。担当マネージャー含めスタッフ、社員一同、胸が張り裂ける思いです。鈴音ちゃん。あなたの夢を叶えられなくて、私たちはとても辛いです〉


 これ、書かなくてもいい情報な気はするなー。死んだ人間だからってプライバシー垂れ流しにするのはどうかと……。

 俺は、振り返る。

 冬荻祭前夜祭。

 あの時見たこと。

 感じたこと。

 服薬でボヤけた頭の記憶だったが、それでも何かを考える材料には十分だった。色んなものが浮かんでは消えた。冬荻祭に関わった人たち。俺と話してくれた人、俺とふざけてくれた人、綺麗でかわいい女の子、優しく温かい女の子、色んなことを考えた。そして、気づいた。

 あれ? 犯人って、もしかして……?

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