事件が起こる SIDE先崎秀平
まぁ、冬荻祭って言やぁよ。祭りそのものも最高なんだが。
前夜祭がまたイイんだよなぁーっ!
この夜ばかりは先生たちの警備も薄くなって自由に過ごせる! 束縛からの解放! これが素晴らしいんだわ、また!
前夜祭は学校非公式で行われる。生徒たちが勝手に結束して勝手に遊ぶ。それも夜の学校でだ。最高じゃないか?
「しゅうへー。お前、前夜祭来るー?」
さて、そんな冬荻祭も翌日に迫った、金曜日の放課後。すなわち前夜祭当日。
同じクラスの
「いくー! ゆーじはー?」
俺がそう訊くと、ぐっと親指を立てる裕司。来るってわけね。
裕司が来るってことは
「ねぇ、先崎くん」
と、教室入り口でいきなり女の子に声をかけられた俺は、テンション巨大マックスで返事をする。
「何だい
「ふふ、相変わらずだね先崎くん。ニブちゃんいない?」
「んー、いねーなぁ。トイレじゃない?」
ちなみにニブちゃんこと
「悪いけど呼んできてくれる? 前夜祭前に決起会したくて」
「任せろ美遊ちゃん!」
と、男子トイレに向かって駆け出す俺。たまーに訊かれる。女子にパシリにされる気分はどうなんだ、と。最高に気持ちいいです。
さて、そんな感じで男子トイレに行くとちょうどそこから出てきた男子二人組と鉢合わせた。一人。さっきも話した仁部英美。背が高くて女にモテそう(百九十近くあるらしい)。そしてもう一人。仁部に比べたら頭ひとつ背が低い(つっても俺と同じくらいだが)。俺はそいつに声をかける。
「おっ、新津」
「先崎か」
サイドグラデーション、何だかまるで六本木の真ん中で(つっても六本木がどんなところか俺は知らねーんだけど)やり手のサラリーマンでもやっていそうな髪型をした男子、
そしてよぉ、新津って言ったら、あれよ。
時宗院高校初の快挙!
高校生にしてメジャーデビュー!
音楽業界期待の新星、男女ツーピースバンド〈ギャングエイジ〉の新津良晴って言やぁ、この目の前の伊達男!
「先崎、今年はどっかの手伝いとかしねーの? お前なら何でも楽器こなせるじゃん」
そう、新津に訊かれた俺は答える。
「いーや、今年は最後の文化祭だからな。人のためじゃなく俺のために過ごすって決めたんだ」
すると新津は笑う。
「女でもできたか?」
「にひひ」
俺も笑う。
「前夜祭は?」
そうも訊かれて俺は頷く。
「もちろん参加よ!」
*
「よーし」
冬荻祭、ツリーハウスフェスの本丸御殿。
ツリーハウスの中、一階、大きな木の幹テーブルの周り。
ジュースやお菓子を片手に持った軽音楽部メンバーが集まっている。いや、軽音楽部に限らず、冬荻祭実行委員の委員長や、他ツリーハウスフェスの舞台で活動予定のメンバーがわらわらと集まり、みんなで明日の成功を祈る会を開いていた。
「お前らー!」
グループの中心。
〈ギャングエイジ〉の新津良晴と
「時宗院高校のモットーはぁ?」
「『必死に追えば二兎をも追える』!」
「時宗院生が迷った時はぁ?」
「『自分が一番輝く道を』!」
「俺たち時宗院高校は今年で開校百周年、つまり俺たちは百代目の時宗院生だ!」
「おーっ!」
声が上がる。男女問わず、怒号のような。
「最っ高の祭りにしようぜ。みんな、愛してる」
新津の声で
「ぶちかますぞぉーっ!」
さぁ、そうして。
時宗院高校冬荻祭、その前夜祭が今、始まった。
「私ね、先崎くん」
前夜祭開始からどれだけ時間が経った頃だろうか。日が暮れて、本格的に空の色が沈み始めた、推定六時過ぎのことだった。
ツリーハウス一階テラスで、俺と噂の歌姫、〈ギャングエイジ〉の真崎鈴音はおしゃべりしていた。ここは目の前に櫓が組まれたことで平時の「手すりがないから危ない」という問題が解消され、広々使えるようになっていた。雑談には持ってこい。
真崎は話した。
「一年生の時、私が初めて軽音楽部でライブした時に、一生懸命動いてくれたのが先崎くんだったよね」
そんな理由で、真崎は俺に話しかけてきたのだ。
「あの時があったから今の私がある。だから、ありがとうね。それだけ伝えたくて」
へへ、と笑って、俺はひょいっと、手にしていた錠剤を口に入れる。そしてジンジャーエールで流し込む。花粉症の薬。秋の花粉は春の花粉よりいやらしい気がする。何かこう、鼻がずぴずぴするというか、春より粘度が高い。これ飲むと眠くなるんだよなぁ。平気で十時間以上寝ちまう時もある。
さて、そんな俺の目の前にいる真崎鈴音の魅力は二つ。一つは、長くて綺麗な黒髪。これが歌に乗ってさらさら揺れる様は多くの男子を虜にしてきた。そして二つ目は、美しい声。この声、何つーんだろうなぁ。こう、形容し難いんだが、鈴が転がるような、って言うだろ? 鈴音って名前だけあって本当にそんな感じなんだよなぁ。すげーいい声してる。
身長も俺と同じくらいある。すらっとしてて綺麗なんだよな。Beautiful! 脚も細くてモデルみてーだ。
そんな真崎に褒められて、俺は頰が緩むのを隠しきれない。思わずニヤニヤしたまま頭を掻く。しかしまぁ、そんな風におちゃらけた後に、俺は本音を伝える。
「初めて会った時のこと、覚えてるか?」
「ん?」と真崎は首を傾げる。
「俺たち一年の頃同じクラスだったよな。
「そうだね」
真崎が優しく微笑む。吊り目だがハッキリとした二重の彼女はどこか、綺麗な蛇というか、美しい狐というか、そんなものを連想させた。
「クラス内で自己紹介する時、担任の
真崎がくすっと笑う。
「そうだね」
「あの時俺にこそっと『私将来の夢があるんだけど、そんなこと言ったらおかしく思われないかな』って相談したよな」
「うん」
「俺が『おかしくなんかねぇよ、何になりたいかドカーンとぶちかましてやれ』って言ったらさ、真崎、みんなの前で『私は歌手になりたい』って堂々と言ったよな」
「うん、ハッキリ覚えてる。昨日のことみたい」
真崎の目に熱が籠った気がした。
「先崎くんのおかげで私、三年間駆け抜けられたの。辛い時も苦しい時も『あの初めての時のこと』があったから乗り越えられた。すっごく感謝してる。いつか、あなたのために歌うね」
今度は俺が笑う番だった。
「そりゃすげぇや」
「もう、何ならこの冬荻祭で先崎くんのために一曲捧げたいくらい!」
真崎が顎を引き色っぽく笑う。いい顔するようになったなぁ。
「すずねー!」
と、ツリーハウスの中から声が飛んできた。頭上からの声。振り返ると屋根の穴に被せられている庇が開いていた。あそこから声が届いたとすれば、二階のロフトからだ。
「ちょっと話あるからこっち来てー!」
この声、美遊ちゃんだな。〈五十歩ひゃっほー!〉のボーカル。歌う奴らは声がハッキリ通って気持ちいいもんだぜ。
と、真崎と一緒になって頭上を見上げていた俺にも声がかかった。ツリーハウスの中、今度は一階室内から。冬荻祭ツリーハウスフェス唯一の個人出演、〈遠吠〉の
「しゅうへー、お前今日『てっぺん越え』してくー?」
「それ最近厳しいんじゃなかったか?」
てっぺん越え、とは、読んで字の如く時計のてっぺん、つまり夜十二時を越える行為のことで、前夜祭の勢いのままツリーハウスに泊まり込んで翌朝の冬荻祭に一番乗りを果たす行為である。言っちゃあれだが校則的にも市の条例的にも完全アウト。だって未成年が家に帰らないんだもん。バレたら警察もん。まぁ、「冬荻祭の前に友達んちに泊まる」なんて、親への言い訳はできるけどさぁ。
「へへ、俺残る予定!」
神余が笑う。俺は訊き返す。
「女子でもいんのかー?」
「どうだろうなぁ?」
神余のあの感じ、女子がいるんだろうな。
仕方ねぇ。俺は残る決意をする。女の子に事があっちゃ、いけねぇからな。
*
目が覚めたのは、肌寒かったからだ。
記憶を振り返ると、神余と一年女子二人とでツリーハウスに残っていたところまでは覚えている。みんなが帰る中ひっそり四人、ロフトに残ることにしてそれから……あれ? どうしたんだっけ?
ロフトに置かれていたビーズクッションから顔を持ち上げる。ほとんど埋もれるようにして寝てた。体のあちこちが痛い。
えーっと。
周りを見渡す。
外が明るい。
てことは、朝だ。やべーな。しっかりてっぺん越えしちまった。
でも神余は、いない。
一年女子もだ。
ロフトから一階を見下ろした。あいつらはいない。となると三階か? 俺はロフトから続く梯子を上って三階バルコニーを見た。顔だけ覗かせて確認する。誰もいない……。
じゃあ
そう思って俺はゆっくり梯子を降りる。一階フロアに着いてすぐ。足場がギシッと大きな音を立てた。俺はふと床面に触れる。
まーた誰かが建材弄ったのか。ツリーハウスは生徒が好き勝手に改造できるから、多分、冬荻祭直前に誰かが手を加えたのだろう。日常茶飯事と言えば日常茶飯事。壁に大きな黒板が設置されて、二週間後に撤去されたこととかあったし。
まぁそんなことはいいや。俺は櫓の方に向かう。
と、声はその時聞こえてきた。
何だか懐かしい気がする声だった。
聞きたい声でもある気がした。
くすぐったい声でもあった。
それは、こうつぶやいていた。
「だっ、誰か……」
俺は「んー?」と応じた。
そうして目に、飛び込んでくる。
地面に投げつけられたトマトみたいに。
後頭部で赤い血が爆ぜている。
虚ろな目。手には楽譜。死んでいるのは……明らかだった。少なくともそんな風には見えた。
そして、そう。
倒れている女の子に、俺は見覚えが、あった。
「ギャングエイジの……?」
俺は倒れていた女の子……真崎鈴音を見てそうつぶやいた。それから、状況が整理できず、つぶやく。
「なんじゃこりゃあ?」
しかし、この時俺は、まだ知らなかった。
自分がとんでもなく不利な状況にいることを……。
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