第15話 別れ別れ 【第一部 完】

「アーロン! 今は俺達と来るんだ!」


 こっそりアーロンの後をつけていた傭兵団の仲間が腕を引っ張る。色男の顔を真っ赤にする相棒を一目見ようと、彼にリリの元まで案内させるつもりでいたのだ。

 ファーロの中央広場は大混乱になっていた。隠れる場所はなく、上空からは良く見える。街には先陣を切って翼を持つ魔物が入り込んでいた。鋭い嘴を持った大きな怪鳥だ。防御魔法はアッサリと破られ、人間が餌になっている。


「ダメだ! まだリリ達がどこにいるか……」

「ダンピールがいるんだろ!? 生きてりゃお前の居所探して向こうからやってくるさ!」


(生きてりゃ……?)


 真っ青な顔をしたアーロンの目に涙が浮かんでいた。両親と弟を失ったあの日の絶望を思い出し、体の中の一部がスゥっとなくなった感覚がする。


「オイ!!! お前が生きてなきゃリリちゃんが探せねぇぞ!!!」


 団員の怒鳴り声で我に返る。一生懸命頭を左右に振り、悪いイメージを消そうとした。


「悪ぃ!」

「つってもベルフェン団長もいねーからな……お前に期待してるぜ」


 アーロンはベルフェンの右腕だった。『武』に関しては傭兵団の中で2番目に強かったと言ってもいい。


「フーゴさんは!?」

「拠点にいる! とりあえず戻るぞ」


 フーゴは傭兵団の事務方の右腕だ。ベルフェンの幼馴染だけあってか、彼の行動の予測が得意で、信頼も厚い。


 ファーロの街は自慢の魔物除けも防御魔法も破られ、大量の魔物が一気に流れ込んできていた。


「団長は領城でアリア様の護衛を任されたそうです。我々は門内に侵入した魔物の討伐を任されました」


 騒がしい中でも至っていつも通り冷静だ。それが焦る団員達の心を落ち着かせた。


「団長からの伝言が」


 少しもったいぶった態度に団員が身構える。

 

「何が何でも生き残れ、とのことです」

「なんだ。いつものやつじゃねぇか」

「そうです。では皆さん、気を付けて」

 

 ワハハと笑いながら団員達はいつも通りにそれぞれの持ち場へと向かった。この余裕がこの傭兵団の強みでもある。


「アーロン。君は団長の所へ」

「え!?」

「君の今の仲間と一緒にいるそうだ」

「なんで!?」

「さあ? まぁあの団長のこと……上手く偶然を引き当てたんでしょう」


 あちこちから爆音が響き始めた。通常街中では使うことがない、強力な砲弾や魔法を使用しているということだ。


「城壁が崩れた! 来るぞ!!!」


 団員の怒声が拠点まで届く。人々の叫び声も。


(リリ……カミル……)


 今の仲間の顔が思い浮かぶ。だが……、

 

(団長と領城にいるなら大丈夫だ)


 すぐにその考えにいたり、そのまま先ほどの団員達の後を追って走り始めた。


「アーロン!? 領城に呼ばれたろ!?」


 兵団は苦戦していた。予想よりはるかに多い魔物が、それも強化された個体ばかりが、街の中に入ろうと牙を向けている。


「仲間ほっといて安全なとこに行くなんて、リディアナ様の隣に立つ男に相応しくねぇ行動だからな」


(リリの相棒としてもそれはダメだ)


 ニシシと、いつもの少年のような人懐こい笑顔だ。


「ブレねぇな~」

「いやでも、これで生き残れる気がしてきたぞオレは!」

「俺も俺も~!」


 アーロンがやって来たことで士気が上がったのか、なんとか魔物の大群を押し返し始める。

 

(これが終わったら合流すればいい。ただそれだけだ!)


 この『それだけ』がどれだけ大変になるか。もちろんこの時のアーロンは知らない。


◇◇◇


 その日の朝、カミルは珍しく不機嫌だった。私が王女ということをずっと隠していたからだろうか。昨晩は驚き呆れるだけだったが、今更腹が立ってきたのかもしれない。


「ね、眠れなかった?」

「いや、よく眠れたよ。不思議なほど」


 カミル曰く、これほど深い眠りにつくこと自体が珍しいことなのだそうだ。それも衝撃の事実を知ったばかりだと言うのに。


「街中に張り巡らせた魔物除けにせいかもしれないが……嫌な予感が拭えない。1000年生きた勘だがね」


 深刻な表情の彼を見て、私も不安になってくる。


「荷物をまとめておこう。買い出しも念のため早めに」

「そこまで!? でも魔物の気配は感じないんでしょ?」


 この言葉にハッとしたように目も口も開いた。


「……そう! それが違和感の正体だ! ベルフェンの所へ行こう!」


 ベルフェンは昨晩、隣の部屋に泊った。私を捕まえるかどうか彼も迷っているのかもしれない。

 カミルはノックもせずにベルフェンの部屋に突入する。


「今すぐ兵を招集するんだ! とんでもないのが来るぞ!」


 一瞬ただ目を見開くだけだったベルフェンは、理由も聞かずにほんの数秒で身支度をして、


「領城へ行きます。カミル殿はドルドへ今の件お伝え願いたい」

「承知した」

「リディアナ様は私と。……今一緒にいてくださればこの騒動が終わった後、追いかけることはいたしません」


 ヴィルドバ山に近づいたというのに、魔物の気配がしなかった。いくら魔物除けがあるからと言ってもここまでのは変なのだ。


「気配を……それも他の魔物の気配も一緒に消してしまうような強力な魔術を使えるヤツがいます」


 ベルフェンが伝える事実を、ファーロの領主は落ち着いて受け止めていた。いつかこうなる日のことを覚悟していたのだ。

 

(先代も落ち着いた人だったけど、現領主もそれを受け継いだようね)


 私はベルフェン傭兵団の新人として紹介された。現ファーロ領主とは以前この街を訪れた時、それから王宮でも挨拶をかわしたが、チラリとこちらを見ただけだった。特に気づいてはいないようでホッとする。


「見張り棟の人員を増やせ! 非番の者も全員招集するんだ!」

「はっ!」


 早朝だというのに、すみやかに敵を迎え撃つ準備は進められていた。まもなくドルド傭兵団も領城に到着し、私もカミルと合流する。


「アーロンをこちらに呼ぶ手配はした。連携がとれる仲間と一緒の方がいい」


 ベルフェンはそう言っていたが、実際は私の護衛としてアーロンを側に置いておきたいのだ。


――――カーン! カーン! カーン!


 突然けたたましい金の音が領城の中にまで響いた。同時に兵が魔物の大群を確認したと領主に告げる。


「……ベルフェン。悪いが君には別の任務をお願いしたい。そこにいる君の部下とダンピールの彼と一緒に」

「……ご息女の護衛ですね」

「勝手な領主ですまない。君も立場があるというのに」

「なぁに。アイツらなら大丈夫です。俺がいない間、お願いします」


(なに!? どういうつもり!?)


 そういうとベルフェンは急いで兵を呼び寄せた。拠点にいる傭兵団の仲間への指示を出すためだ。

 

「娘を……どうかよろしくお願いいたします」


 領主は私に深く頭を下げ、彼もまた急いで指揮を執りに戻って行った。


「ふむ。君の事に気が付いていたようだね」

「うまく変装していると思ったのに……自信なくしちゃうな」 


 ファーロ領主の一人娘はまだ7歳。母親はすでに亡い。


「立派な領主だが、やはり娘は可愛いのだろうな」


 カミルは自ら前に立って兵の士気を高める領主が、自分の子だけを特別待遇するのが意外だったようだ。ベルフェンが1人いれば、何百人分の仕事をすることはわかっている。


「街の再興にはファーロの血筋が必要だからね」

「ああ。あの魔物除けか」

「へぇわかるんだ!」

「まぁこれだけ血の気配を感じればねぇ。私の専門と言ってもいいだろう?」


 街を守る魔物除けは、代々のファーロ領主がその血を対価として支払うことで機能していた。


「魔王討伐後のことを考えているのだな」


 少し寂しそうに、そして感心するように頷いていた。


 その娘は私達が部屋へ迎えに行く前に、自ら最低限の荷造りをして侍女と部屋から出てきた。いざとなれば脱出できるようにと服装もきらびやかなドレスではなく、動きやすい兵士のような格好だった。彼女もまた、この日の事は覚悟していたのだ。


「どうかご武運を」


 涙を流しながら別れを告げる侍女の手を取り、


「あなたも」


 恐怖を隠しながら別れの言葉を告げる。気丈に振舞おうとしているのがわかった。


(そりゃあ怖いわよね……)


 私達は城の地下にある、さらに強い結界魔法が張られた部屋での待機となった。


「アリアでございます。わたくしの為に父がご無理申し上げました。足手まといにならないよう努力いたします」


 ただ淡々と、あらかじめ決めていたようなセリフだ。

 柔らかなブルネットの髪の毛をたくし上げ、震えないように我慢している姿がいじらしい。


「城の地下に抜道があるのです。隣の村まで繋がっています」

「……状況を見て使うわけね」


 いざという時の為にベルフェンと打ち合わせを進める。カミルは意外にもアリアを励ますようにダンピールジョークを繰り出したり、彼女の柔らかな緑の瞳を褒めたりしていた。


「ええ。魔物の影響で村の住人はもういないのですが、地下の貯蔵庫に食料はため込んでるので。この街の住人も地上から逃げるのが難しい場合はこの地下道を使うことになると思います」

「上はどうなってるのかしら」


 チラリとカミルの方をみると、頭を横に振っていた。


「脱出の準備を進めた方がいい」


 普通の人間である私達にも爆音が聞こえてくるようになっていた。そして、瓦礫が崩れるような音も。


「あとはアーロンね」


 こんな時なのに、私は真実を告げるのを後回しにできることに安堵していた。


(私がリディアナって話は落ち着いてからでいいでしょ)


 そして、この感情を後に後悔することになるとは、この時もちろんわかっていなかった。


「ねぇ。アーロンは今どの辺?」

「少し待て……えっ!?」


 カミルは眉をひそめた。そして自分の探知能力がおかしくなったのでは? と少し不安気な表情をしたする。2度目は目を瞑って集中して探っていた。


「……門の方へ向かってる」

「えぇぇ!!?」


(だけどアーロンならやりそう……)


 そんなわかりきったこと、なんで考えつかなかったんだろう。アーロンが目の前にいる仲間がピンチだって時に、ぬけぬけと自分だけ守りが固いであろう領城へ向かおうとするだろうか。

 ベルフェンも私と同じ表情をしている。


「アイツらしい……いや、俺も頭が回ってなかったみたいですね」


 少しだけ口元が嬉しそうに上がっている。


「アーロンの気配は離れてても探れそう?」

「村までの距離次第ではわからないな。だが、再度近づけば問題ない。彼は独特な気配があるからな」


 君もだぞ。と何故かムっとされる。


「よし! じゃあ行きましょう!」


 アーロンの元に今すぐ駆け付けたいが、領主に託されたアリアを置いていくなんて、彼は嫌に決まっている。


「何を彫っているのですか?」

「仲間への伝言です」


 私は短剣で地下通路の入り口の壁に伝言を残した。


<アーロン 必ず見つける。安心して待ってなさい。 リリ と カミル>


 アーロンなら必ず見つけて読むだろう。そう信じて私達は地下通路へと足を進めた。


【第一部 完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私は勇者に下賜される我儘王女である~ならば私が勇者になります~ 桃月とと @momomoonmomo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ