第14話 正体
「あー……俺の所に王女の捜索依頼が来てるんですよ」
ベルフェンは元近衛兵隊長。元の職場とは円満退社だったこともあり、王宮絡みの依頼を受けることも多々あった。
「貴方信用されてるものねー」
不貞腐れるような態度になってしまう。怒られるのがわかっていて開き直る思春期の子供のようだ、と我ながら呆れるが……ベルフェンは苦笑するだけだ。
「ねぇ……何でこれだけ変装してるのにわかるのよ」
「俺の場合は気配で判断してるんですよ」
「なにそれ! そんなのあり!?」
「まあカミル殿のように精度は高くないし、遠くまでは無理なんですが」
どうやらベルフェンにはカミルと似た能力があるらしい。今回も、懐かしい気配を感じて知り合いでもいるのかとあの店を訪れたのだ。その懐かしが、まさか
(どうりでどんだけ逃げても捕まるわけだ……)
カミルに機動力と武力が伴ったらベルフェンのようになるのだろう。
私達が泊っている宿屋の部屋の中で、カミルは信じられない者を見る目をしていた。
「君が王女? この国も終わりだな。こんな礼儀もマナーもない粗雑な者が王族として暮らしているとは。王宮の教育はどうなっているんだ」
「礼儀とマナーだけじゃ魔王は倒せないでしょ!」
「む。それは確かにそうだ」
「そこは素直に認めるんかい!」
カミルもまだ混乱しているようだ。私の事を王族とは気づけても王女だとは流石に考えてはいなかった。
「王宮は大騒動でしょうね」
「私を捕まえて送り返す?」
「どうしましょうか。昔よりは骨が折れそうだ」
何故だか嬉しそうに笑っている。
(なに!? 捕まえるのなんて余裕ってこと!?)
私の眉間のしわから読み取ったのか話をそらし始めた。
「いやぁ俺はリディアナ様が大人しく魔王討伐の褒賞になるとは思ってはなかったんで、陛下も思い切ったことをなさるなぁと思ってたんです」
おそらく他の家臣達もやっぱりな、と思ってますよ。と教えてくれた。
「追っ手もまさかここまで早くリディアナ様が旅を進めているとは想定してないでしょうね」
「追っ手がいるの!?」
「そりゃあいますよ! 貴女様は大事な大事な褒賞品です。それにつられてどれだけの冒険者が命を懸けているか……アーロンもそうです」
「うっ」
もう駄目だ。真正面から指摘されて罪悪感で頭がいっぱいになる。今すぐ私の頭をかち割りたい。
「……次に会ったらちゃんと言うわ。アーロン、ショックを受けるわね……」
アーロンの言うような理想の王女様に私はなれなかった。
「それはそうだな」
「うぅ……そんなことない! って慰めてよぉ……」
「それは厳しい話だな」
カミルは容赦がない。でもそれが今は実は有難い。私を痛めつける人が必要だ。
「王女様が理想と違うからとショックを受けたとしても、それはアーロンが勝手に膨らました想像のせいです。気になさる必要はありません」
アーロンが理想のリディアナ像を作り上げていたことはベルフェンも知っていた。何度もその理想を修正しようとしたが上手くいかなかった、とも話してくれた。困った困ったという顔つきで。
(今となってはもうちょっと頑張って訂正してほしかったわ!)
「アイツ、リディアナ様と会った時に恥ずかしくない人間でありたいってのが人生の道標になってたんですよ。悲惨な幼少期を過ごしたからか、助けてくれた貴女がよっぽど大切な存在だったんでしょうね」
「……ずっと一緒に旅してきたけど、彼ほど相棒として誇らしい相手はいないわ」
これは本当の話だ。理想通りの
「それ、アイツに言ってやってください」
ベルフェンは優しかった。王宮にいた時から私が生きにくいと感じていたことを知っていたからかもしれない。
「……アーロン、グレちゃったらどうしよう~~~」
裏切られたと思うに違いない。
「それはアイツが決めることです。貴女は受け入れるしかない」
サクっと言われてしまった。私はただ頷くことしかできない。
◇◇◇
「朝には団長戻ると思うからよ~」
「いやーしかし、冒険者っぽくなったな」
「そうか?」
アーロンはベルフェン傭兵団の仲間達とワイワイ酒を呑み交わしている。こういった騒がしいのも久しぶりだ。
「アーロンが女を仲間にするなんて意外だな」
「相手の女はお前にぞっこんなのか?」
「2番目でもいいって?」
彼らはもちろんアーロンがリディアナに惚れているのを知っている。
「リリは俺に男として全く興味がないんだ!」
「……それを嬉しそうに言う余裕のあるお前が羨ましいぜ……」
苦々しそうな顔をした団員達が次々と酒を呑み干した。
「で、どんな女なんだ?」
「リリっていってさ。貴族の出なのに、平民も貴族もダンピールも関係ないって感じなんだ。気さくで芯が強くてカッコイイんだよ。あ、もちろん美人だぞ」
自分の大好きな仲間の話をするのは楽しいようだ。惜しみなくウキウキと自慢をする。
「か~!!! なんだよ惚気じゃん!」
団員の1人は頭を後ろにそらして羨ましがる。
「なんかそれって……お前から聞いてたリディアナ様像と似てるな」
「え?」
「実はリディアナ様本人だったりして」
「ハハ! まさか……」
別の団員が何気なくいった言葉がアーロンの脳内を駆け巡る。
アーロンはリディアナの姿をハッキリとは覚えていなかった。自分の手を引いて前を走る、彼女の長い銀髪が風に流れる後ろ姿が何より印象に残っている。
(いや、やっぱり違う。リリは黒髪だし、瞳の色だって……)
だけどなぜか胸がざわつき始めた。王女の外観は他から聞いたイメージから出来ているところも多い。
そもそも、自分が女性を相棒として選ぶこと自体信じられないことだ。これまで散々トラブルになってきたのに、あの時は何故かリリを放っておけなかった。強さだけで選べば、王都にはまだゴロゴロと相棒の候補者はいたのだから。
「おっとどうした~? 実はリリちゃんのこと好きになっちゃってたりして?」
「はぁ!? 何言ってんだよ!」
何やら考え込み始めたアーロンを仲間達はおちょくる。思ったよりもアーロンが本気で慌て始めたのを見て、さらに面白くなったようだ。
「王女様なんて雲の上の存在だしな~身近な美人に惹かれるのはわかる」
「しかも中身は憧れのリディアナ様に似てるんだろ? そりゃあしかたないって」
「相棒に恋心か……うーん青春だな」
「ち、違うって言ってるだろ!」
顔を真っ赤にして一生懸命否定した。こんな反応を見たことがない仲間達は表面上はニヤついているが、内心驚いている。これまでどんな浮いた話が合っても軽くかわすだけだったのだから。
「お、おおおお俺はリディアナ様一筋だって知ってるだろ!」
だが今は彼女の名前を出しているのに、相棒のリリの顔が思い浮かんでしまう。
(違う違う! こいつらが変なこと言って意識しちまってるだけだ!)
そう思い込んで自分を納得させるしかなかった。
結局その晩、相棒リリと結婚する夢まで見たアーロンは、次に彼女と会った時どんな顔をすればいいのかわからないと頭を抱えた。
(リリとの旅は楽しい……大切に思ってることも嘘じゃない。だけど俺はリディアナ様の隣に立つためにここまでやってきたんだ……)
これまで王女に対する自分の気持ちを一度も疑ったことはない。なのに昨日から何度も記憶の中のリディアナとリリが重なって見えてしまう。それがどちらの女性に対しても裏切りのように感じてアーロンは苦しくなってしまう。
傭兵団に所属していた時はベルフェンと同じように、近衛兵として王宮に召し抱えられる可能性に賭けていた。だから剣の腕だけではなく、最低限の礼儀作法も学んだ。だがそれよりずっと大きなチャンスがアーロンには訪れたのだ。
『魔王復活に感謝してるなんて、不謹慎だし、最低だ……』
多くの人が恐怖し、犠牲になっているというのに、そのおかげで長年憧れていた相手と……到底結ばれることなど出来ない相手を自分の力で手にする可能性が出てきた。
あまりにもリリがアーロンのことをいい人間だなんて言うので、自分の持つ後ろ暗い罪悪感を伝えたのだ。だが、リリはなんだそりゃ? という顔をした。
『そんなの思ってる人いっぱいいるって! こういう時に儲かる人もいるし、ほら武器屋とか休む暇ないっていうでしょ? 私からぼったくった道具屋だって、店舗大きくしてたって別の冒険者から聞いたし……そもそも私だってアーロンと同じだ理由で魔王討伐目指してるんだけど!?』
リリといるとアーロンは厳しい旅の中だと言うのに、心がホッとすることが度々あった。自分の悩みを言葉で楽にしてくれることもあったが、自分では上手く解決できなかった事柄も彼女が前に立って片付けてくれた。……主に女性関係だが。彼が女性に絡まれている時も威圧感を持って登場し、彼に矛先が向かないようにうまく追い払っていた。こんな風に守られたのはリディアナの時以来だった。
(この気持ちって、なんて名前なんだろ……)
家族愛、友愛、恋愛……どれもしっくりこない。
「なんだぁ? 酒が残ってんのか~?」
「ん……そうかも」
「この街を出たらゆっくり寝れることなんてないからな。しっかり休んでけよ」
目覚めると、かつての仲間達は武器の状態確認や日々の訓練を始めていた。ベルフェンは昨晩戻らなかったが、おそらく領主の所に世話になっているか、ドルドの所へ寄っているのだろうという話だった。
「なんだ? 出かけるのか? 団長そろそろ帰ると思うぞ」
「明日の買い出しの下見に行っとく。クルミが置いてる店ってどの辺だ? リリが好きなんだよ」
「中央広場の常設市が1番種類があるぞ」
「ありがとよ」
ふーんリリちゃんがねぇという団員の声が聞こえてドキッとする。
(でもリリだって俺が好きな燻製肉絶対に買ってくれるし……)
お互いにお互いの喜ぶ顔が見たいのだ。そういう関係が出来上がっていた。
時々道を聞きながら広場を目指す。ファーロは王都よりも区画が整備されており散策しやすかった。
――カーン! カーン! カーン!
突然けたたましい金の音がファーロの街中に響き始める。そして上空にまで防御魔法の魔法陣の明かりが照らした。
敵襲だ。それもとても強力な魔物が来たのは間違いない。
(リリ!)
アーロンはただひたすら彼女を探して走り始めた。
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