第13話 願掛け

 ファーロの街は円状に高い壁が作られた要塞都市だ。1000年前の王城跡は広場になっており、時計塔と現在の領主の城が置かれてある。太古の昔から魔物除けの魔法がいくつもかけられており、現在も見張り棟に防御魔法専門の魔術師を配置する念の入れようだった。


「カミルは大丈夫か?」

「ああ。魔王様様だな。多少怠い、という程度だ」


 彼はすでにフードを被る必要がなくなっていた。


「相変わらず凶暴性は出ないのね~この間も防御魔法内に引きこもってたし」


 これは一緒に冒険を続ける上で良いことなのか良くないことなのか判断が出来ない。いつまでも彼を守りながら戦い続けることが出来るだろうか。これからさらに強力な相手が待っている。


「そもそもの気質や願望が影響しているのだろう。強さを望む者はより強さを、昼間を望む私には太陽と共存する力を……君、人間でよかったな」


 いつものように嫌味を持って返されてしまった。だが、


「まあそれほど心配はいらない。混血らしく回復力は高いままだ。多少の怪我なんて自力で治せるさ」


 私の心配もくみ取ってくれていた。


 ファーロに到着後は、いつものようにまずは宿を探す。


(ヴィルドバ山に近いっていうのに、だいぶ落ち着いてるわね……雰囲気は暗いけど)


 相変わらず冒険者の数は多いが、これまでのように有象無象ではなく確実に実力のある者達が集まっていた。

 この街は、魔王復活前まで前世で言うところののような位置づけだったので、宿屋や食事処は多いが、冒険者向けの道具屋や鍛冶屋の数は少ない。


(武器より宝飾品が有名だもんな)


 ヴィルドバ山はあらゆる鉱石が採掘されていた。宝石になるものから、武器に使うミスリル、それに魔道具に必要な魔石まで。


(今となって考えると、ここまで潤沢に出てくるのも魔王が何か関係してるんじゃって疑いたくなるわね)


 だが、王宮にいてもそういう研究や調査をしている話は聞かなった。


「この街では別行動にしましょ。私もちょっと行きたいところがあって」


 ドルド傭兵団と別れた後、すぐにアーロンに提案した。一刻も早くこの場を離れたい。


「そうか……ベルフェン団長に合わせたかったんだが……」

「ま、魔王を倒した後でもいいじゃない! 楽しんできてね!」


 有無を言わさず送り出そうとする。カミルは私と一緒だ。私の血液1瓶で買収した。


(アーロンには悪いけど、絶対にここでベルフェンに会うわけにはいかないのよ)


 カミルはよっぽど私の血が嬉しかったのか珍しく協力的だ。


「積もる話もあるだろう。ヴィルドバ山前の最後の息抜きをしてきたらいい」

「気ぃ使わせて悪いなぁ」


 カミルは親しい者の気配なら個別で場所を感知できた。この街にいる間、絶対にアーロンにら近寄らないようにしなくては。


「じゃあ3日後に!」


 アーロンの残念そうな顔に罪悪感が刺激されるが、思いっきり笑顔を作って手を振った。


(ここまで来て身バレしてたまるか!)


 王女が王宮からいなくなった、という話はここまで一切聞いていない。肝心の賞品があるべき所にないとはとてもじゃないが公表は出来ないのだろう。


「それで。我々はどうするんだい?」

「最後の息抜きでしょ。願掛けに行こ!」


 ファーロには『祈りの泉』と呼ばれる場所がある。中央広場から少し離れた所に噴水のように綺麗に整備され、同じく冒険者の出立ちをした人々が祈りのポーズをしていた。


「必勝祈願よ!」


 お賽銭がわりに銀貨を投げ込んでこれでもかと思念を飛ばす。この泉には女神が宿るとされ、金銀財宝と引き換えに願いを叶えてくれるという伝説があった。なかなか現実的な女神様である。


(魔王を倒して自由を手に入れられますように!!!)


 それをカミルは少し意外そうにこちらを見ていた。


「銀貨とは張り込んだな」

「何と言っても相手は魔王だから」


 ぐっとこぶしに力を込めた。


「ならば大金貨くらい必要なのでは?」

「そうはしなくなったあたり、私の成長を感じない?」


 今後はしばらく収入は見込めない。ヴィルドバ山まで大きな街は残っていないどころか、小さな村や街が無事かもわからないのだから。


「君が神を信じているとはね」

「困った時の神頼みってやつよ」


 この世界には魔法があるし、私は転生者だ。世の中に神のような存在がいたって少しも不思議ではない。


「それに君、この街に来たことがあるんだね」

「ずいぶん前に1度だけね」


 私が他の街とは違い迷わずここまで辿り着き、泉での作法を誰にも聞かずに実行したのを見て確信したようだ。


「うーむ。やはり君は王族に近い家柄なんだな」

「え!!?」


 予想もしていなかった指摘だ。大袈裟に驚いてしまった。これまでカミルは私の出自になど少しも興味はなさそうだったのに。


(アーロンがいない時でよかった……)


「王族は伝統的にこの街を訪れると聞くし。君の血を飲んで思い出したよ。私は以前この味に似た血を飲んだことがある……300年近く前だろうか……とある王族を助けた報酬としてもらってね」


 これまで血は少量しか渡していなかったが、今回1瓶渡したことが仇になってしまった。しっかり味わった結果、記憶を思い起こしてしまったのだ。


(300年前なんてほぼ他人じゃん! なんでわかんの!?)


「ベルフェンという男、君と面識があるのだろう。だから私を買収してまで避けているのか」

「ぐっ」


 ベルフェンが以前王宮に勤めていたことはカミルも知っている。あっという間に私の魂胆がバレてしまった。


「しかし、仲間甲斐がないな。アーロンに王女のことを教えてあげてもよさそうなもんだが……はっ! まさか!」


 ドキッと私の心臓が大きく震えた。私の正体がカミルに知られたら彼はどうするだろうか、全く予想がつかない。


「君、まさかアーロンに惚れてるんじゃあ……」

「ちがーう!!!」


 とんでもない方に勘違いされてしまった。腹立たしいが、今回はしかたない。真実を知られるよりマシだ。


「彼の魅了の力は日に日に高まっているからな。君といえど油断は禁物だぞ」

「なにそれ……」


 確かにアーロンのモテっぷりはすごい。


「愛する王女の隣に立つにふさわしい人間であろうと努力できる男だ。ここまで実力があってもそれを少しも鼻にかけることもない。そりゃあ誰でも彼の側にいたがるだろう」

「うーん。言語にすると確かにすごい男ね」


(話を聞いただけなら絶対ソイツ裏がある! って思っちゃうな)


 なりたい自分になる為の努力ができる男アーロン。仕舞い込んでいた私の罪悪感がまた表に出始める。


 今日の夕飯は宿屋の近くの飲み屋街へ繰り出した。以前来た時にはもちろん行けなかった場所だ。  


「アーロンは?」

「かなり距離があるな。おそらくこことは反対側の門の近くだろう。ベルフェン傭兵団が拠点があると言っていたあたりだ」

「よしよし」


 これで安心して食事をとることが出来る。


「人の驕りだと思って……遠慮ってもんがないの?」

「弱味を握られたのだから諦めたまえ」

「んが~~~! ムカつく!」


 カミルは次々とお替りをしていた。相変わらず良く食べるダンピールである。私はいつもより少しだけ値の張る果実酒を呑んでいた。今後しばらくお預けだ。

 店内はざわざわと騒がしい。だいたいの冒険者がここからヴィルドバ山までのルートを相談しあったり、手持ちの武器や道具を吟味したりと話し込んでいる。


「……顔を隠すんだ」

「へ?」


 急にカミルが真顔になって身に着けていたフードを私に被せる。


「何!?」

「シィ! ……君が避けている男が来たぞ」

「ハァ!?」


(まさかアーロンが!? ついさっきずっと遠くにいるって……!)


 批判的な目でチラリとカミルを見ると、口パクで何度も何かを伝えようとしている。


(べ……る……ふぇ……ん……ベルフェン!!?)


 なんで彼がここに!? とパニックになりそうなのをぐっとこらえる。早く、早くこの店を出なくては。

 カミルは入口で挨拶をかわす冒険者達の声を聞いていたのだ。そしてここ最近頻繁に聞く男の名前を確認した。


「おう団長! ご苦労さん」

「マスター! エールを1杯頼む」


 私達のテーブル近くのカウンター席に1人で座った。がっしりとした体格で、顎鬚を撫でながら店主と軽口をたたきあっている。


(うわぁぁぁぁ! ベ、ベルフェンだ……!!!)


「そういえばドルド傭兵団が到着したぞ」

「予定より早かったな!」

「なんでも商隊が良い冒険者を雇ったらしくってな。上手く魔物を回避して……しかも飛竜を何体か持ち込んでたなぁ……やっと魔王を倒せる人材がここまできたか」


 嬉しそうに店主は話を続けていた。最近は店の中も雰囲気が暗いそうだ。ここから旅立った冒険者は1人も戻ってきていない。


「そんじゃあ後で挨拶しに治療院経由で戻るとするかな。今日は領主の護衛で疲れちまったよ~やっぱりお偉いさんと一緒は気を使うこと多くってなぁ」

「元近衛兵が言うことかよ」


 ケタケタと楽しそうに話している。そのすきにそっと席を立つ……可能な限り目立たないように。なのに……!


「お! あんた達もう帰るのかい! また来てくれよな!」


(ギャー!!!)


 声を出すことも避けたい私の代わりに、カミルが礼儀正しく答えてくれた。


「ああ。舌も腹も満たされたよ。ありがとう」


 なのに……なのに……っ!

 

「ん? アンタ、ダンピールか?」


 ベルフェンは相変わらず目ざとい。一瞬でカミルの正体を見破った。


「えぇ! じゃあアンタ達がドルド傭兵団と一緒にこの街に来た冒険者か!」


 店主はこれまた嬉しそうだ。どうやら冒険者の中にダンピールがいるという情報はあらかじめ持っていたが、あえて話に出さなかったようだ。ダンピールにいい印象を持たない客もいることをわかっているのだろう。

 他の冒険者達もチラチラとこちらを見ていた。ベルフェンはしまった……という顔をしている。下手な騒ぎになれば私達に迷惑がかかることがわかっている。


「すまん。急に声をかけたりして……」


 シュンと体を小さくして謝って来た。それを見て店主も同様にやってしまった、という顔になっている。


「なにかまわないさ。別に隠してなどいないのだから」


 では。と、再度立ち去ろうとするが、


「いいや、どうか1杯奢らせてくれ!」


 などと、有難迷惑な申し出をしてくる事態になってしまった。


(ヒィ! 勘弁してよっ! よし……こうなったら!)


「私はこれで失礼するわ。貴方、ゆっくりしてきて」

「あ……ああ。ではそうしよう」


 これまで出したことのない無駄に高い声を出した。頭をペコリと下げ、急いで出口へと向かう。なのに……!


「テメェ! 覚悟はできてるんだろうな!?」

「おぅ! 白黒はっきりつけてやらぁ!!!」


 酔っぱらった末に出口の前で取っ組みあいを始じめた冒険者達に行く手を阻まれてしまった。


(んもぉぉぉぉ!!!)


 この時、私は運命を受け入れた。どうやっても逃げられないようだ……。


「おいこらヤメねぇか!!!」


 喧嘩を仲裁したベルフェンが振り返った瞬間、私の顔をみた。そして案の定……、


「えぇ!? えぇぇぇぇぇえぇ!!? リディア……」

「わぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 急いで人差し指を唇に当てる。それ以上ベルフェンが言葉を続けないように。

 

(なんでここまで変装しているのにわかるんだ、この男!)


 私はガックリと肩を落とすしかなかった。 

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