第12話 言葉より行動

「魔術師は防御魔法を張れ!」

「急げ! 上空にいる魔物はすぐそこまで来ている!」


 最悪のタイミングでカミルが魔物を探知した。あれからオルガは誰とも話さず1人でいた。どうやら落ち込んでいるらしい。流石にマズイ発言をしたとわかっているようだった。


(それどころじゃないってのに後方を気にしなきゃいけないなんて)


 私達が死に物狂いで戦闘準備を進めているのは、人型を除いて1番会いたくない魔物、ドラゴンが迫ってきているからだ。


「飛竜は8体だ! 最近生まれたばかりだろう。体は小さいが素早いぞ!」

「そこまでわかるのか」


 カミルはすでに荷馬車と一緒に防御魔法の中にいた。


「制空権をとられるのは厄介ね……」

「火を吐く個体もいるからな」


 防御しながらファーロまで走り抜けるという選択もあったが、ドルドは留まって倒しきって進む方に決めた。


「頼むぞオルガ」

「……うん」


 頼みの弓兵オルガは明らかにテンションが低い。団員達も不安そうだ。これまでの対飛竜必勝パターンはオルガを中心とした弓兵とマティアス率いる魔術師達による攻撃で撃ち落とした後、地上戦に持ち込む、というものだったからだ。


「羽の音が聞こえる」

「来るぞ」


 飛竜は一直線に商隊の方へと向かってきた。餌が見つかって嬉しいのかギーギーとデカい鳴き声を上げている。


「火が来るぞ!」


 叫んだのはドルド。飛竜のモーションからすぐに見破る。


「おいしょー!!!」


 私は急いで上空に水の壁を作る。水たまりを浮かべるイメージだ。その間にマティアス達が大きな魔法陣を組み、大きな水流弾を発射した。飛竜たちはバラバラに逃げ始める。このまま去ってくれるのが1番なのだが、残念ながらそうはいかない。


「助かりました!」

「こちらこそ!」


 魔術師組は上手く連携できていた。即席の魔法は私が、魔法陣を組み上げ強力な魔法はマティアス達が請け負っていた。

 だが、弓兵組はイマイチだ。


「どいつから狙う!?」


 そうこうしているうちに、飛竜の1体がそのまま突っ込んできた。餌を前に待てなかったらしい。


「オラァ!」


 ドルドとアーロンの2人がそれを難なく仕留める。あの堅い皮膚を持つ飛竜が三枚おろしにされてしまった。


「このくらい我慢のきかない奴らだったら助かるんだが」

 

 攻撃が届かなければどうしようもない。


 飛竜たちは犠牲になった1体から学んだのか、上空をぐるぐる旋回し続けた後、7体全てが急に向きを変えて弓兵達の方へと飛び掛かって来た。

 弓兵達も急いで矢を射るがアッサリとかわされてしまう。バラけながら距離を詰めて狙いにくくしていたのだ。


「オルガ!!!」


 ラルフが間一髪のところでオルガを守るが、飛竜の爪が彼の肩をかすめてしまった。


「ぐっ……」

「ラルフ!」

「俺はいいから早く!!!」


 他にも2名の弓兵が傷を負っている。


「クソ……!」


 オルガは悪態をつきながら、今度は短剣を他の弓兵に掴みかかる飛竜に投げつけた。だが飛竜は怯まない。


(あぁもう! こんな時だっていうのに!!!)


 彼女の弱気が伝わっているのだ。なんとも腹立たしい。こんな時まで自分の心に引っ張られているのだ。


「頭下げろぉぉぉぉ!!!」


 私は精一杯声を張り上げた。ちゃんと届いたようで、オルガは急いでしゃがみ込む。


「うおりゃああぁぁぁ!!!」


 渾身の雷撃弾が飛竜に直撃した。叫び声のような音が響き飛竜は地面に倒れる。その頃には剣士達が弓兵の側に集まり、飛竜の足を何本か切り落とした。


「アンタね!!! 散々人のことお嬢様だなんだ馬鹿にしておいてそりゃないんじゃない!!?」

「な……なによ急に……」

「テメェのメンタルの調子なんて知るかっつー話してんだよ! いいからさっさと撃ち落とせよ!!!」


 がなるように怒鳴り付けた後、カミルの血の入った瓶を投げた。


「ちょっ! 危ない……」

「喧しい! 今すぐ矢ァ撃たんかい!!!」


 私の変わりようにあっけに取られているようだ。

 残念ながら魔法にカミルの血を塗り付けることは出来ない。弓兵に使ってもらうのが今回は1番効果がある。


「やれぇぇぇぇぇ!!! はずしたら許さねぇぞぉぉぉ!!!」

「は、はいぃぃぃ!」


 私の怒号にビビったのか、オルガの矢は一瞬で飛竜の首に刺ささった。ドン、と大きな音を立てて飛竜が落下する。これで流れが変わった。


「今だ! どんどん矢を放て!!!」


 今度はドルドが声を張る。


 飛竜達は矢に触れると即死するとすぐに気が付いたようだ。びゅんびゅん飛んでくる矢に集中して逃げ回る。そしてそこを狙って魔術師が攻撃を飛ばすと、面白いように当たるようになった。


「やれやれぇぇぇ!!!」


 やっと自分達の番だと、落下した飛竜達を剣や斧や槍で応戦する。途中何度か飛竜の口からの火炎弾を捌きながら、1体ずつ確実に討伐していった。


「怪我人はあっち連れてけ~」

「荷はどうだ?」

「ふ……私が守っていたのだ。傷1つないぞ」


 怪我人は多数出たが死者はいない。飛竜8体相手にこれは大勝利と言っていい。カミルはなぜか自分の手柄のような顔をしている。


「ミスリルのナイフ持ってるやつ解体頼むわ」

「おーう今行く」


 飛竜は高く売れる。勝利した今となってはウハウハだ。団員達が持ち運びしやすいように手際よく解体していっている。


「はぁ~疲れた……」


 ドサリと地面に座り込み、果実水をゴクゴクと飲み込む。


「お疲れ。大活躍だったな」

「アーロンもね」

「流石に竜はおっかなかったな~」


 全くそんな風には見えなかった。怯むことなく前に出ていたのを見ている。


「喉痛い」

「そりゃあれだけ檄を飛ばせばな」


 アハハと笑った。彼のこの笑顔も久しぶりだ。


「やっといつものリリになって安心したよ」

「いつもはあそこまで粗ぶったりしてないわよ」


 あえてよあえて! と念を押す。


 じゃり、と足音が聞こえた。


「あ……」


 オリガだ。ものすごく気まずそうな顔をして私達の前に立つ。もちろん、こちらもものすごく気まずい。できればこのまま関わらずファーロでバイバイしたかった……というよりするつもりだった。


「ご、ご、ごごごめんなさい!!!」


 謝罪の角度90度どころか、180度近く頭を下げていた。

 正直、嫌味を交えた謝罪が来るかと思っていたので驚きを隠せない。


「アタシ、どうにかしてた……アーロンが女扱いしてくれて浮かれちゃって……自分がどんどん嫌な奴になっていってるのわかってたんだけど止められなくて……」


 体は折れ曲がったままだ。

 アーロンに視線で確認するが、頭をブンブン振っている。私が合流する前に何かあったのかと思ったのだ。


<なににもしてない! あいさつだけ!>


 口パクで自分の無実を主張してきた。


「まあその……もういいよ……それよりラルフはどう?」


 オルガは今回の戦功に対する報酬を辞退している。かなりの額になるのに自分から言い出した。怪我人の治療費に使うようお願いしていたことも知っている。


(謝罪も反省も言葉にするだけなら簡単なのよね~……今回は行動で示しているし。大目に見てやるか)


 頭上げて、というと涙で潤んだ目をしていた。


「大丈夫……しばらくは安静がいいみたいだけど」

「仲間、大切にしろよ」


 アーロンが優しく声をかけた。


「うん」


 それから言い訳みたいだけど、と今回の自分の行動を振り返っていた。


「ここじゃあ男みたいだって言われるの楽だって思ってたのに……いざ素敵な人が現れた時にどう挽回したらいいかわからなくって」


(だから自称サバサバ女みたいな言動だったのか……)


 慣れない感情に迷走してしまったということらしい。巻き込まれたこちらはたまらないが、今回は王族として上から目線で許しの心を持つことにする。


 それからファーロまで、オルガと関わることはなかった。


「リリはオルガみたいな気持ちにならないか?」

「へ? 扱いが雑だって?」


 アーロンはオルガの話を聞いて、同性である私の事が気になったようだ。


「ならないわね。アーロンからはちゃんと仲間として尊重されてることは感じるし」


 あからさまにホッとした顔になっていた。


「ドルド傭兵団の皆いい人達だったけど……男みたいってはオルガにとって自分を守る盾でもあるけど、枷でもあるのよね」


 男女入り混じるこの世界ではなかなか難しい問題だ。


「もう君は女性に話しかけるのをやめた方がいいかもしれないな」

「えぇ!?」


 荷馬車に揺られながら今回の反省会だ。旅は順調に、そして我々は怪我もなく進むことができた。その上護衛報酬と、討伐報酬も貰える。

 だがしかし、これまでで1番辛い道のりだった。冒険者も人間関係に悩むなんて王宮では学ばない。


「そもそも王女以外に誰とも添い遂げる気はないのだろう? ならばわざわざ女性と接点作る必要もあるまい」


 カミルはなんでもないように言う。そんなことをすれば彼の良さが失われてしまう。なのに、


(それもあり?)


 と思ってしまった。なにしろ挨拶だけで勘違いさせる男だ。


「うーん……でもそんな人間と結婚したいって思ってくれるかな? 俺、次にリディアナ様に会った時に恥ずかしくない人間でいたいんだ」


 ほら、出会いは盗みのせいで逃げてた時だったから……と寂しそうに笑っていた。 


(うわぁぁぁぁアンタの心根はもうしっかりわかりましたっ!)


 まさかそんな理由で人格形成してたとは思いもしなかった。


「リディアナ様、誰にでも同じ態度だったんだ。俺にも、迎えに来た兵にも、その辺にいる平民にも。そういうのに憧れたってのもあるかも」 


(それはただ全員に対して偉そうにしてただけぇー!)


 彼に与えた影響の多さに震えがきそうだ。


「ファーロだ!」


 誰かの嬉しそうな声が聞こえた。

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